第30話 前世と現世の夢



見つかってしまった!


「ひっ!」


 鋭い相貌に、思わず引きつった声がもれる。しかしデュランは慌てた様子で倒れた私を抱き上げてくれた。


「ヴァレンティナ! 大丈夫ですか! 転んだのですか?!」


 いつもと変わらぬ対応にポカンとしていると「すぐに医師を呼んでこい」と言い出すので今度は私のほうが慌てて撤回させた。ただ尻もちをついただけで医師を呼ばれるなんて恥ずかしい!


デュランは怪我がないことを念入りに確認すると、私を床に下ろした。自身は膝をつき私と視線を合わせてくれる。


「どうかしましたか? ここへは一人で来られたんですか?」


「はい。その、お忙しいと聞いたので……」


「もしかして、俺の顔を見にいらしてくれたんですか?」


本当は手伝いができないかと思って来たのだが、ここは頷いておく。

デュランは蜂蜜色の瞳を一瞬キラリとさせて、申し訳なさそうに頭を垂れた。


「片付けなければならない書類がありまして……昨日も今日も約束をやぶってしまい、すみません」


勝手に来たことを咎められるかと思ったが、逆に謝られてしまった。なんだか心苦しくなってしまう。


「いえ、あの、お邪魔してすみませんでした。もう帰ります」


「……そうですか」


デュランは執事に私を送るよう命じる。執事に先導され、来たばかりの廊下を引き返す。

せっかくここまで来たのに、このまま帰ってしまっていいのだろうか? このままではいけない気がして足を止め振り返った。デュランは忙しいにも関わらず見送ってくれるようで、笑って手を振ってくれた。私は思いきって口を開く。


「あのっ! 明日も来ていいですか?」


迷惑がられるかもしれない。そう思ったが、デュランは私の発言に驚いたような顔をして、やがて嬉しそうに微笑んでくれた。


「はい! お待ちしております!」




***


「お嬢様、ありがとうございます」


部屋に戻る途中、執事にお礼を言われた。何に対するお礼なのか分からず、きょとんとしていると、執事は目尻に浮かぶシワを寄せて微笑んだ。


「お嬢様が会いに来てくださったことで、しばらく掛かると思われていたお仕事も、当主様は瞬く間に終わらせてしまうことでしょう」


柱のように積まれた書類の束を思い出し、そんなバカな……と思った。けれど、私を見つめる嬉しそうな執事の視線に、なんだかくすぐったい気持ちになってくる。


「でも、迷惑じゃないかな」


「いいえ、そのようなことは決してございません。先ほどもお嬢様が来てくださり、当主様はとても喜んでおられましたよ」


「……そうかな」


よりいっそう照れ臭くなってきて、私は下を向いて部屋までの廊下を歩いた。





*****


その日の夜、私は前世の夢を見た。


ベッドに横たわり、原因の分からない苦しみにひたすら耐え続ける夢だった。


前世の私の両親は、幼い頃からずっと入院続きだった私の為に、仕事場と病院を往復する毎日を送っていた。自宅でゆっくりする時間もなかったと思う。


不満も言わず頑張ってくれていた両親に、私は何も返せなかった。ずっとベッドの上にいて負担を負わせ続けただけ。家事を手伝ったり、一緒に買い物に行ったり。そんなたわいないことさえ、何一つできなかった。


せめて、元気になることが最初の親孝行だと思っていたのに、それさえできずに両親よりも早く死んでしまった。


それがどれだけ心苦しくて、悔しかったか。


調子が悪い日は体中が痛くて起き上がることさえできない。そんな日は早めに仕事を終わらせた父か母、どちらかが必ず側についてくれていた。

苦しさと悲しさと申し訳なさで涙ぐむ私の手を握って、両親がいつも繰り返し伝えてくれた言葉があった。


『        』


今でもその優しい声をよく覚えている。





 いつの間にか場面は切り替わり、前世の病室から現世のブランシェット邸に変わっていた。相変わらず私はベッドの上にいて、熱に浮かされ唸っている。両腕にはイバラのツルが巻き付き、青い薔薇の花がいくつも咲いていた。


全身に青い薔薇が広がり、ベッドから起き上がれなくなった頃の夢だった。


この時の記憶は曖昧で、覚えていることは少ない。


『姉さん……姉さん……』


側では男の子が泣いていた。幼い頃のカーティスだ。その小さな手は、青い薔薇に恐れることなく私の手を握ってくれている。ブライアンは私を気味悪そうに見つめ、使用人たちも私の青い薔薇を畏れ、極力触れようとしなかったのに。


『約束するから……』


涙を流しながらカーティスが語りかけてくれている。なんて言っていたんだっけ? 思い出せない。


確かこの時の私は、カーティスの言葉よりも自分の中で渦巻く既視感のほうに意識が向いていたのだ。


《前にもこんなことがあった気がする》


ボウッとする頭でそんなことを考えていた。それがいつ、どこで、どんなふうだったのかは、やはり思い出せない。



夢はそこで唐突に終わりを迎えた。




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