第16話 最悪の展開


 1ヶ月の寝たきり状態から目覚めて数日が過ぎた。その間も私はベハティ邸で変わらぬ待遇を受けていた。


 みんな真摯的な態度と、心からの笑顔で私に接してくれる。


――とある人物が話題にのぼった時を除いては。






「昨日はよくお眠りになられましたか?」


 部屋にいてばかりでは身体に良くないと、今日はテラス席から見える庭園の景色をぼうっと眺めていた。

 心配そうな表情を浮かべたレベッカに尋ねられ、私は笑って頷く。


 嘘だ。


 本当は昨日も一昨日も悪夢にうなされて飛び起き、そこから一睡もできていなかった。


 暗闇の中にいると、まるで閉じ込められているような錯覚を覚えて恐ろしくなる。小さな灯りを手元に置き、窓際で夜明けがくるのをひたすら待つ日々が続いていた。


 そのことに気付いているのだろうか。何か言いたげな表情を向けられ、気丈な態度を指摘される前に先に話題を変えることにした。


「公爵様ってどんな人?」


 その質問に一瞬レベッカの顔色が変わる。当主の話になるとみんな決まって焦ったような態度を見せるのだ。使用人たちが私に対して共通の隠し事を持っているのは明らかだった。


 レベッカは少し考えるように間をあけた。


「当主様は……お仕事中は周りに対して厳しい一面が目立ちますが、私ども使用人にもねぎらいの言葉をかけてくださる、とても優しい方ですよ」


 無難な言葉を選んで並べたような返答に、私は内心苦笑する。


 ベハティは獰猛な戦闘好きの家門だと貴族の間では有名だった。戦争となれば真っ先に先陣をきってくれる頼もしい存在ではあるけれど、関わるのは恐ろしい。そんな存在なのだ。


 そのことを知っているのか、私を怖がらせないようにレベッカはあえてオブラートに包んだ回答をしてくれたようだ。


 私はどうしたものかと、思い悩む。


 眠れぬ夜、真っ暗闇の中、ただ膝を抱えて夜明けを待っていたわけではない。公爵邸で感じ続ける奇妙な違和感の正体とその意味を、私はずっと考えていた。


 私がここで目覚めた、理由。

 エドガーが私に手出ししてこない、理由。

 手厚い待遇の、理由。


 それから、私に用意された部屋は、私くらいの年齢の女の子が使うような部屋にピンポイントで整えられていた。


 家具も買いそろえたばかりの新品だった。この屋敷に同年代の少女がいないことはすでに確認している。私が公爵令嬢だからだとしても、この待遇には違和感を覚えた。


 私の為にここまでする、理由。


 そのすべての答えとなりうる、最悪の展開。


「……ふぅ」


 私は悩んだが、今後の対策を考えるためにもここではっきりさせておく必要があると判断し、意を決して口を開く。


「レベッカ。これから私がする質問に、正直に答えて欲しいの」


 私の静かな言葉に、レベッカは何かを悟ったように側でひざまずくと真っ直ぐな瞳を向けた。


「……はい。嘘偽りなくお答えすることをお約束いたします」


 心臓が緊張でドキドキとうるさく鳴り響く。けれど確認しておかなければならない。私の考えが間違っているならそれでいい。笑い話にしてしまえばいいだけだ。


「公爵様は、私の本当のお父様……なの?」


 どこから確認していこうか迷ったけれど、私は簡潔に一番知りたいことだけを尋ねた。


 レベッカは一度唇を引き結び、少しだけ泣きそうな顔をした。


「はい……お嬢様はこのベハティ公爵家の当主であるデュラン・ベハティの実の娘です」


 気が遠くなる。


「混乱されるとのことで黙っているよう言われていたのですが、ご自身で気付いてしまわれるなんて、やはり当主様に似てご聡明なのですね!」


 瞳を涙で輝かせながらレベッカはそのまま喋り続けていたが、私の意識は遠く召されそうになっていた。


 ああ、聞きたくなかった……。けれど聞いてしまった……。


 目覚めてからまだほんの数日だというのに、衝撃的な事実がいくつも浮上してくるなんて――。




 ブランシェットにいた頃、後継者候補について大人たちが話し合っているのを小耳に挟んだことがあった。


"ベハティ家の当主は妻子を亡くされてからいくらか経つが、もう妻を娶るつもりはないのだろうか"

"子供の墓を建てた様子はないから、実際はご存命なのではないか?"


 たしかそんな会話だったと思う。

 他にもいくつか意見が聞こえてきたが、事実を知る者は誰もいなかった――。




 まさか私がその子供だったなんて、誰が予想できただろうか。


 最悪の答えに行き着いてしまった。問題の多さに頭を抱えていると、レベッカから更なる爆弾を落とされる。


「実は、近日中に当主様がお戻りになられるそうです。その際にはお嬢様と会って話をされたいとのことです」


 父と娘、感動の再会……!

 なんてことにはならない! 絶対ならない!


 青ざめる私に、レベッカはベハティ公爵が目覚めない私をとても心配していたこと、すぐにでも会いたがっていたことを話してくれたがとても信じられなかった。


 実際、その翌日にデュラン・ベハティは屋敷に戻ってきたが、数日経っても一向に私に会おうとはしなかった。


 レベッカは「きっとお忙しいのだと思います」と気まずそうに言っていたが、そもそも寝たきりの娘を置いて何日もどこに行っていたというのか。



 いよいよ最悪の考えが現実のものとなってきたぞ!



 私はソファに座り、考えを整理する。


「私がデュランの娘であることが事実なら、彼は幼子の私を捨てたということ……」


 つまり、邪魔な存在だったわけだ。

 そんな私がひょっこり戻ってきた。


『6年前の過去から跳んできた。しかもブランシェット公爵家の公女(仮)として』なんて突飛な事情を抱えて。正直扱いに困っているのではないだろうか。


 無関心過ぎて忘れているだけならまだいい。今は公女(仮)という肩書きがあるため、手を出せないでいるだけかもしれない。もし疎ましく思われているのだとしたら、彼の気分次第では消される可能性もなくはない。


 それに妻子を亡くした、という話が事実なら妻の死は私が産まれたことが原因なのかもしれない。仮にそうだとしたら、私を捨てた理由になる。デュランはきっと私の顔など見たくもなかったはずだから。生かして捨てたのはせめてもの情けだったのだろうか。


 そうして周りには私が死んだという噂が出回ったのだろう。


「うーん……」


 ここまで考えてみたけれど、結局すべては憶測にすぎない。会ったことのない私には、実際デュランがどんな人物なのか分からないのだから。


 ただ、私の憶測が真実なら悲しいとは思う。母はすでに亡くなり、実の父親からも疎まれていたなんて、我ながら不運な境遇に生まれ落ちたものだと思う。

 唯一、健康に恵まれたと思っていたこの体は貴族の生まれとしては貧弱なようだし……。


「……はっ! だめだ、だめだ!」


 私は俯きかけていた頭を持ち上げ頬を叩く。しんみりしている場合ではない。


「それでも今、私は生きてるじゃない!」


 当初の「1に長生き2に長生き」という目標は変わらない!

 ひとまず今大事なのは、今後自分がどのように扱われることになるのか、だ。


「つまり、ブランシェットに居た時と対して変わらない状況なんだよね……ん、いや! 待って!」


 ブランシェットとベハティ、双方から疎まれている現状、以前よりも死亡確率が上がっているんじゃない? エドガーが私を認識しているかは分からないけど、恐らく排除したいと考えるだろう。


「詰んだかもしれない……」


 私はソファの上で打ちひしがれる。


 不安な現状に、私の胃はキリキリと痛んだ。





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