第20話 処刑の危機?!1
自身が公爵邸の当主、デュラン・ベハティだと知られた途端、男の人は護衛騎士を引きずってどこかに行ってしまった。
呆然と立ちすくんでいた私を、やがて慌てた様子のレベッカが迎えに来てくれた。私の無事を確認すると、デュランから伝言を預かっていると嬉しそうな笑顔を浮かべて言う。
「明日、当主様がお嬢様とお会いになられるそうです!」
その言葉に私は戦慄した。
私と会う?! なんで? なんのために?
偶然にも顔を合わせたことで関心を持たれてしまったのだろうか。しばらく様子を見て楽しみ、飽きたらまた捨てるつもりなのかもしれない。
いや、それならまだいい。
私は先ほどデュランから滲み出ていた、殺気めいたオーラを思い出す。気に入らないことがあれば即処刑、なんてことになったらと考えるとブルリと身体が震えた。
私は改めて決意する。
よし、逃げよう!
その日の夜。
私は「おやすみなさいませ」とレベッカが部屋の扉を閉めた瞬間、よーい、ドン!の合図で寝間着から軽装へ着替える。
逃亡資金にと、心の中で謝罪しながら装飾品をいくつか拝借した。目立たないように黒いローブをはおり、フードを深めに被って顔を隠したら準備完了だ。
バルコニーに出て外を確認する。僅かだが雲の隙間から月が見えた。身を隠すには大敵な月明かりだが、真っ暗闇の中ではまだ恐怖で動けなくなる可能性もあったので有り難い。
右手の青い薔薇を見る。テオの話ではもう体に影響はないとのことだが、魔法を使うのはあれ以来初めてだ。少し緊張する。
「ふぅ……」
私は一度深呼吸して、昔幼いカーティスと楽しんだ夜の空中散歩を思い出す。ゆっくりと一歩を踏み出すと、その足は宙を踏みしめた。
よし、大丈夫。
そのまま手すりを乗り越え、木よりも屋敷の屋根よりも高く駆け上がる。
右手を確認するがイバラのツルが伸びる様子も、薔薇の花が熱をおびる感覚もない。私はホッと息をついた。
遠くに視線を向ければ、街灯りがまたたいて見える。
『上にも下にも星があるように見えますね』
そう言って夜の街と空の星を指差す幼いカーティスの笑顔を思い出し、自然と笑みが浮かんだ。
ここを出て落ち着いたらカーティスにも会いに行こう。
「公爵邸を出たら、まずは街で地図を手に入れなくちゃ」
それからブランシェットへ戻って孤児院の様子を見に行きたい。万が一に備えて変装して行動したほうがいいよね。どんな姿がいいかな。
そんなことを考えながら飛行していると、ようやく公爵邸の敷地内外を隔てる太く高い塀が見えた。
出られる! そう思った瞬間、見えない何かにぶつかって弾かれた。
「あいたっ!」
ゴツン、と額に何かが当たった。地味に痛い。いったい何に当たったのだろう?注意深く目を凝らせば薄い膜のようなものが見えた。
これは……結界? しまった!
「誰だ!」
「上に誰かいるぞ!」
浅はかだった自分の行動に気付くのと同時、下にいる護衛に見つかってしまった。
どうしよう! 捕まったら、即死刑?!
幾度となく想像してきた、頭と胴体が離ればなれになる光景が脳裏に浮かび、私は心の中で悲鳴をあげた。
「何やってんだ」
不意に私の腕を誰かが掴んだ。
瞬きの間に、抜け出してきたばかりの自分の部屋へ舞い戻っていた。側にはずっと姿を現さなかったテオが当たり前のように立っている。私が騎士たちに捕まらないよう部屋まで連れてきてくれたようだ。
テオは悪い顔をして笑う。
「夜遊びしたいならもっとうまくやれよ」
自分は遊び慣れてますよ、といったその表情はなんだ! まだ子供だというのに、いったい今までどんなヤンチャをしてきたんだ。
私はムッと唇を尖らせる。
「そう思うなら、せめてどこかの街まで送っていってよ!」
「無茶言うな」
ビシリ、とデコピンされた。さっきぶつけたばかりのおでこになんてことしてくれる!私は額を撫でながらジト目でテオを睨む。
「なんで今現れたの? 呼んでも出て来てくれなかったくせに!」
「タイミング良い時にしか現れてないだろ。それに俺はお前の犬じゃない」
「それは……確かにそのとおりだけど」
あのままあそこでもたついていたら、今頃は矢でも射られていたかもしれない。私は溜め息をつく。
「まさか、出られないよう結界が張られてたなんて思わなかった。普通は侵入を防ぐ目的で使うでしょ?」
「魔法を使ってなければ引っかからず出られたかもな」
「屋敷の周りには護衛がいるじゃない!」
普通に門から歩いて出ていくなんてできない。移動魔法を使ったとしても、私の力量ではあの結界に弾かれるかすぐに気付かれてしまっただろう。
そもそも移動魔法は、また時間ごと飛び越えてしまいそうで使うのが怖かった。これ以上、浦島太郎にはなりたくない。
「ん?」
外から騎士たちの声が聞こえてきた。窓からソッと様子を確認すると、灯りがチラホラ見える。どうやら護衛の騎士たちが辺りを捜索しているようだ。これでは今日中に公爵邸から脱出することは叶わないだろう。
私は逃亡が失敗に終わってしまったことに絶望する。明日のデュランとの面会を考えると胃が痛んだ。
「もう逃げられない……」
とりあえず明日はできる限り、デュランの機嫌を損ねないようにしなければ。
私の様子を見てテオは不思議そうに首を傾げる。
「お前、ここから逃げようとしてたわけ? なんで?」
「なんでって……ここにいたら、殺されるかもしれないし」
「はぁ? 誰に?」
「……ベハティ公爵」
答えれば心の底からわけ分からん、という顔をされた。
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