第21話 処刑の危機?!2
「なんで公爵がお前を殺すんだよ」
「殺されないにしても、どうせ私はすぐここから追い出されるだろうし」
「なんで?」
なんで、なんでとうるさいな!
それはこっちの台詞だ!
今度会ったら私が質問攻めにする予定だったのに!
私は何度目か分からない溜め息をつく。
「……私は一度捨てられてるの。そんな私の事を公爵が娘として迎えるわけない。それに、今はただ気まぐれで生かされてるだけかもしれない。いつ殺されたっておかしくないんだよ」
「はぁ?」
あのなぁ、とテオは片手で頭を抱えながら盛大に息を吐きだす。言いたい不満を山ほど抱えているが、どれから投げ付けてやろうか考えているようだった。
「お前が眠れない時、メイドがお茶を用意しただろ」
いきなりなんの話?
確かに、いい茶葉が手に入ったと言ってレベッカが意気揚々と紅茶を入れてくれたことがあった。その時飲んだお茶はとても良い香りで、美味しくて何度もおかわりした。
「あの茶葉は公爵の指示で俺が持ってきたやつだ。滅多に出回らない特別な代物で、1グラム金貨一枚はするな」
「いっ……?!」
ありえない! 私ガブガブ飲んじゃったよ?!
「こっちではまだ咲いてない花をわざわざ摘みに行かされもしたな」
とても良い香りなのでお部屋に飾りましょうか、とレベッカが花を生けて寝具の近くに飾ってくれた。確かあれはラベンダーだった。
そういえば、ラベンダーはあの時期ベハティではまだ咲かないはず。気候の暖かいサイラスならまだしも。
……まさか花の為だけに、テオにサイラスまで摘みに行かせたというのか。
「それからバラの庭園。一掃する予定だったけどお前の一言で取りやめたって聞いたぞ」
「それは、私も本人から直接聞いたけど……。そもそも、なんで一掃するなんてことになったの?」
テオは私の右手の青い薔薇を指し示す。
どうやらレベッカとの散歩中、私がバラの生垣を気にしたことが発端らしい。
そういえば、数ある花の庭園の中でも広く設けられたバラ園が気になって足を止めた。
あの時は「花が咲いたら中を歩いてみたいなぁ、でもその時までここにいられるのかなぁ、処分されたりしないよね?」なんて自分の身を案じていたっけ。
それがレベッカの目には、私がバラを怖がっているようにでも見えたのだろうか。
報告を受け、デュランはブルーローズが原因で私がバラに対してトラウマを抱いているのでは、と思ったようだ。だからバラが視界に入らないように庭園を潰すことにした、と。
「お前が不安に感じる要素を取り除こうとしたんだろうな。この公爵邸でお前が暮らしやすいように。他にも、まぁ、いろいろあるけど……。公爵はお前の為にここまで配慮してるんだ。殺されるわけがないだろ」
デュランが? 私の為に?
話を聞いてもまだ信じられない。疑り深い私に、テオはさらに続ける。
「お前、今日公爵に会ったんだろ? どんな奴だった? お前の事、どうこうしそうな奴に見えたか?」
「それは……」
出会い頭、ぶつかってしまった私に、デュランは怒ることもなく抱き上げてくれた。加減を間違えて驚かせたことに対して謝罪してくれた。
『お嬢さんはこの屋敷で不満に感じていることはありませんか?』
あれは私を思ってかけてくれた言葉だった。うわべだけの台詞ではないことが、ブランシェット邸にいた私にはよく分かる。
『お嬢さんはベハティ家でただ一人の大切なご令嬢ですよ』
なら、あの言葉も本心なのだろうか。去り際こそ恐怖で震えたが、庭園を歩いた際の私に対する公爵の態度や発言、眼差しはすべて優しいものだった。
「でも、それじゃあなんで私を捨てたの? 1ヶ月も眠ったままの私を置いてどこに行ってたの? 屋敷に戻って来てもずっと会いに来なかったのはどうして?」
「それは明日、直接本人の口から聞け」
突き放されたような物言いに感じて、私はぐっと唇を噛む。
押し黙る私にテオは少し焦った様子を見せた。私の顔を覗き見たり「あー……」とか「その、」とか呟いて頭を掻いていたが、やがて面倒臭そうに「分かったよ!」と声をあげた。
「万が一、お前が公爵に殺されそうになったとしても必ず俺が護ってやる」
青い眼差しが私を真っ直ぐ見つめる。その真剣な表情に思わずドキリとした。
「だから怖くないだろ」
まさかテオがそんなことを言ってくれるとは思わなかった。どうしてここまでしてくれるんだろう? デュランの命令だから? それとも何か他に理由があるの?
頷きを返そうとした時、重なるように声が割って入ってきた。
「その心配にはおよびません」
振り返れば、いつの間に来訪していたのか、ドアの前に立つカーティスの姿があった。
「カーティス!」
軽く一礼して部屋に入って来ると私の前に立ち、テオを見下ろす。
「姉さんは俺が護りますので、貴方のお手を煩わせるようなことはありません」
その言葉にテオが嘲笑う。
「お前が? 瞬殺されるのがオチだろ」
「どうでしょう? 一矢報いるくらいはできるかもしれませんよ」
何やら二人の間でバチバチと火花が散っている。前にも思ったけれど、やはりこの二人、仲があまりよろしくないようだ。
「頭飛ばされて終わりだな」
「一撃防ぐくらいできます。急所への攻撃は基礎中の基礎ですから」
「お前の薄っぺらな障壁なんか秒で貫かれるぞ」
「試したわけでもないのによくそんな出鱈目を言えますね」
息も尽かせぬ言葉の応酬。二人の間から滲み出る険悪なオーラがどんどんどす黒くなっていく。
私は冷や汗を浮かべながら、この空気をどうにかしようとカーティスの袖を引っ張り会話の中断を試みた。
「カーティス、来てくれてたんだね。会えて嬉しいよ」
カーティスは私を振り返り、嬉しそうな笑顔を見せてくれる。
「はい、俺も嬉しいです。しばらくはこちらに滞在できると思います」
しかし、すぐに眼差しは窓の外へ向いた。
「実は先ほど、屋敷に不審者が現れたようなのです」
その言葉に私はギクリとする。
「俺は姉さんの無事を確認しに来ました。念のため今夜は部屋の前に見張りを置くそうです」
「へ、へぇー!そうなんだぁ、不審者!怖いなぁ……!」
私の見事な大根役者ぶりにテオが笑っているのが見える。
このやろう!笑うんじゃない!
「それじゃあ、俺は戻るぞ」
そう言って、テオは億劫そうに部屋を出て行った。扉を使うところを初めて見たかもしれない。いつもそうしてくれたらいいのに。
「……あの方と、ずいぶん仲がよろしいのですね」
「えっ?」
仲が良い? そんなふうに見えるのだろうか。
確かに、テオと知り合ったのは一ヶ月ほど前で、顔を合わせて話をしたのなんてほんの数回程度だ。なのに、あんな軽口を叩けてしまうのは何故だろう? それだけ奴が、気を遣うのがバカらしく感じるくらい生意気だということ?
自分でもよく分からない。
首を傾げる私に、カーティスは少し寂しげに微笑した。
「ところで、」
一歩、カーティスが私に近づく。
私とそれほど変わらない位置にあった顔は、今や見上げなければ確認できない高さまで成長していた。まだ少し幼さは残るものの、その顔立ちは男らしく成長している。こうして改めて見ると本当に格好よく育ったものだ。
カーティスの完璧に整った顔がゆっくりと近付いてきて、私の耳元で囁く。
「まるで、人知れずどこかに行かれるような格好をされていますね」
……あっ!
こんな時間に寝間着でなく真っ黒のローブを羽織っているなんて、明らかに変だ。もしかしてカーティスにも不審者の正体が私だってバレてる……?
「ええと、これはその……!」
良い言い訳が思い付かばず慌てる。
カーティスは私の分かりやすい反応に可笑しそうに笑い、しかしそれ以上追及することはなかった。
「俺も失礼します。夜遅くに失礼いたしました」
恭しく一礼すると部屋を出て行った。
昔から空気が読めて気遣いのできる子だったけど、ちょっと意地が悪くなった気がする。純粋無垢だった私の天使はどこへ行ってしまったのだ。
私はローブを脱ぎ、ベッドに腰かけ思案する。
テオの言ったとおり、話を聞いてみないと分からない。私と話していた時の優しいデュランも、ただの気まぐれなどではなく彼の本当の姿なら、私を捨てたことにも何か別の理由があるのかもしれない。
最悪、何かあったとしてもテオが護ると言ってくれたし、カーティスもいる。
「きっと、大丈夫だよね!」
私はよし、と気合いを入れ、デュラン・ベハティとの面会に臨むことを決意した。
翌日。
そこは晴れ渡る青空の下。
テーブルに並べられた大量のデザートに囲まれる私を、満面の笑顔で見つめるデュランの姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます