第22話 殺気漂うお茶会1


 公爵との謁見の日、執事が部屋まで迎えに来てくれた。身支度を整えてくれたレベッカとはここで永遠の別れになるかもしれないので熱めの抱擁を交わし、執事の案内で公爵のもとへ向かうことになった……のだが。


 おかしい。


 これから公爵と会うはずなのに、何故か屋敷の外へ連れ出されてしまった。


 まさか「このまま身一つで出ていけ」と言われるのではないだろうかと勘ぐっていると、ガラスファサードの建物が見えてきた。

 促されるまま中に入るとそこは植物園のようで、たくさんの緑と色とりどりの花が植えられていた。見上げれば青空が広がっており、小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。


 しばらく進んだ先は芝生の広がる広場となっており、中央には一本の大きな木が枝葉を広げていた。その木陰の中にテーブル席が設けられており、すぐ横にデュランがいる。その奥にはカーティスとテオの姿もあった。


 三人とも私が来るのを立ったままじっと待っている。慌てて早足で近付くとデュランはニコリと笑いかけてきた。


「来てくださりありがとうございます。どうぞ、お座りください」


 私はわけが分からないまま、用意されたお洒落なテーブル席に腰掛け、デュラン・ベハティと向かい合った。


 ベハティ公爵との謁見は、室内の重苦しい空気の中、おごそかに行われるものだと思っていた。けれど連れてこられたのは、小鳥がさえずり穏やかな空気が流れる開放的な青空の下だった。


 おまけに席に着くなり、ケーキやクッキーやフルーツが次々と運ばれてきて、テーブルの上はあっという間にデザートで埋め尽くされた。その向こうではデュランがニコニコと笑って私を見ている。


 これはもはやお茶会だ。


 私はどうしていいのか分からず、数メートル離れた場に控えている二人をチラリと見た。テオは呑気に欠伸をし、カーティスは笑顔でこちらを見ている。


 いざという時は助けてくれるんだよね? 大丈夫なんだよね??


「甘い物はお嫌いでないと聞いていたのですが、お気に召しませんでしたか?」


「えっ! えっと、いただきます!」


 私は目の前に置かれたケーキを一口頬張る。緊張であまり味を感じなかったが、美味しいですと笑顔を浮かべた。デュランはホッとしたように微笑む。


「……貴女の母も、甘い物と花が好きで晴れた日にはよく二人でお茶をしました」


 フォークを持つ手が震える。可愛らしくデコレーションされたケーキから恐る恐る視線を上げれば、デュランは瞳を伏せ寂しげに微笑んでいた。その内心は窺い知れない。


「リターシャ」


 私はフォークから手を離し背筋を伸ばす。初めて名前を呼ばれ、何を言い渡されるのかと身構えた。


「貴女の、母親の名前です」


 しかし、続く言葉は予想外のものだった。

 私は瞳を見開く。


「……え?」


 リターシャ・ベハティ

 それが私の母親の名前だという。


「でも……」


「孤児院でもブランシェット邸でも、貴女はその名で認知されていましたね」


 そのとおりだ。


 私が唯一持っていた白いハンカチ。それにリターシャと刺繍されていたから、てっきり自分の名前だと思っていた。 


「そうですね……まずは、貴女の母親の事からお話しましょう」


 混乱する私に、デュランはゆっくりと説明してくれた。


 私の母はフロスト男爵の次女として生まれた。母はデュランと出会い、ベハティ公爵夫人となり、子供を身籠もったが私が生まれてまもなく亡くなってしまった。


 やはり、産後に亡くなったのは事実だった。

 私はぎゅっと拳を握る。


「……私のせいで母が亡くなったから、私を捨てたんですか?」


「それは違います!」


 デュランは強く否定して、苦しそうな眼差しを私に送る。その視線は、デーブルの下に隠れた私の右手に向かっているようだった。


「……生まれたばかりの貴女の体は弱く、周りの魔力にも反応を示し、強い魔力を持つ者が近づくだけで体には青い薔薇が発現しました」


「えっ……!」


 本来ブルーローズは自身の内に持つ魔力量に体が耐えきれず発現する。周りの魔力に影響されて発現するなんてことあるのだろうか?

 ブルーローズに関しては明確な症状などは明らかになっていないため、なんとも言えない。デュランも当時の医師から非常に珍しいケースだと告げられたらしい。


 もしかしたら、それは生まれついての体質なのだろうか? 私にしか見えない魔力の流れも、言うなれば周囲の魔力を感知しているということだ。内と外、双方からの魔力に体が耐えられなかったということなのだろうか……?


「幸い、その時は薔薇の発現は治まりました。私は妻を失い、貴女までも失ってしまうことが恐ろしかったのです。貴女の祖父であるフロスト男爵に面倒を見てもらえるよう約束をして貴女を預けました。もちろん、様子をみて迎えに行くつもりでいました」


 そこまでの話を聞いて、私はなるほどと納得する。


 この世界での貴族階級は主に国への貢献と、家門の魔力保有量で決められている。とくに重要視されるのが後者で、魔力量や魔力を扱う才能にある。魔力の保有量が多いほど国の繁栄につながるとされており、それにより爵位も変わってくるのだ。


 強すぎる魔力は私の体に影響を与えるから、障らぬ程度の魔力保有者である男爵家へ私を預けたのだ。


 私はデュランに捨てられたわけではなかった。それどころか、家門の恥とされている「青い薔薇」の発現者である私を見限ることなく距離をとることで救おうとしてくれた。


「じゃあ、私を捨てたのは……」


 デュランは強く肯定する。


「フロスト男爵の指示です」


 その一言には、恐ろしく冷酷な殺意が込められているようだった。一瞬でデュランの身にまとう空気が変わり、私は身を震わせる。


「約束を破り、幼い貴女を捨てるよう命じたのです」


 行き場のないデュランの怒りが辺りに充満する。無数の剣で刺されるような鋭い殺気に襲われ、私は金縛りにあったように動けなくなった。


 息が、できない……!


「お話の途中、申し訳ございません」


 視界を遮るように私の顔の前に手が差し出された。いつの間にかカーティスが隣に立っていた。


 後ろからは心地よい風が吹き、一気に呼吸が楽になる。振り向けば、テオがすぐ側に立って真っ直ぐ前を見据えていた。


「そこから先のお話は、私のほうから説明させていただいて構わないでしょうか」


柔らかな声で、カーティスが進言した。


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