第23話 殺気漂うお茶会2


 デュランは我に返ったように顔を上げ、青ざめた私を見てひどく狼狽した。


「怖がらせてしまい、申し訳ありません!」


 謝罪すると、自身を落ち着かせるように息を吐き、代わりに話を続けるよう促した。


 カーティスは一礼して私に向き直る。


「ブランシェット全体の領地が広大であることはご存じだと思います。そのため、膨大な魔力が必要であることも」


 この世界で魔力は、生活をするうえでなくてはならない貴重な資源だ。その魔力を献納する事は貴族の務め。私もブランシェット家では定期的に魔力石に魔力を注ぎ、エドガーに渡していた。


「私の父……エドガーは当初膨大な魔力保有者でしたが、その力が徐々に衰えつつあることに気付いたのです。当主の体裁を保つため、魔力補填要員として、魔力持ちの子供を捜し始めました」


 そこで私を見つけ、孤児院から引き取ったのだという。エドガーにそんなわけがあったとは知らなかった。だから魔力石を炸裂させてしまった時、私の魔力保有の多さに喜んでいたのだろう。豊富な資源が見つかった、と。


 そこまで話が終わると、デュランが再び口を開いた。


「隣国との戦争と大寒波への対応が一段落したのち、私は貴女を迎えに行きました。しかしフロスト邸に着いた私に男爵はこう言ったのです」


『誠に残念ながら、貴方の娘はブルーローズが発現し、亡くなりました。すぐにお伝えしなかったのは、戦争の最中に真実を伝えるのは躊躇われたからです』


 孫を捨ててこいと命じたその口で! とんだ二枚舌だ!

 その頃の私はすでにブランシェット家に引き取られていたはず。私の祖父はとんでもない人間性を持った人物らしい。


「当初、私は男爵が嘘をついている可能性を考えました。しかし……」


 そこで一度言葉を区切ると、白い布袋を取り出し、中に入っていた黒い破片をテーブルに広げて置く。バラバラに砕けてしまっているが、よく見ると元はブレスレットだったことがわかった。


「『ヘデラの鎖』をご存知ですか?」


「魔力を封じる鎖ですね」


 【ヘデラの鎖】は闇のように黒いヘデラ魔石から作られており、身につけた者の魔力を封じ、周囲の魔力への干渉を阻害する効果がある。


 主に罪を犯した貴族に用いられる拘束具だ。戦争や、貴族裁判にも使われることがあると聞いたことがある。ヘデラ魔石は以前から枯渇状態にありとても貴重なものだ。


「これはもともとベハティの家宝として保管していたものを貴女専用に作り直させたものです。この鎖は本来もつ効果に加え、拘束した者の魔力を吸収する、魔力石のような力があります」


 そこまで話を聞けばピンときてしまった。


「まさか……」


 肯定するようにデュランは小さく微笑みを見せた。


「もとは太い枷と鎖でしたが、一部を砕いて小さく加工させました。魔法が使えず手作業でしたので、随分時間がかかってしまいましたが」


 ベハティの家宝を砕いて加工した?!


 なんてことないように話すデュランに、私は目眩を覚えた。

 ベハティの歴史書では、偉大なる先祖が最終的に皇族から信頼の証として授かった代物だと書いてあったんだけど?!


 そんな貴重なものを砕いちゃった?! 信じられない!!


「これを身に付けた貴女と一緒にベハティへ帰ることもできたのですが、隣国との戦争が始まる予兆がありました。悩んだ末、戦争を終わらせ安全が確保されるまで預かってもらうことにしたのですが……その判断は大きな間違いでした」


 殺気を表に出さないようにするためか、デュランは必死に拳を握り締めていた。


「この鎖は私以外には外せないようになっていました。それが、バラバラになった状態で男爵から返却され……その時の私は娘が死んだものと思い込んでしまったのです」


 当時を思い出しているのか、その姿はひどく痛々しく見えた。デュランがどれほどのショックを受けたのか想像もできない。


「……貴女の死を受け入れることができず、ただ流れるように日々を生きていた時、ブランシェット公子から真実を聞かされました」


 デュランはカーティスを一瞥した。同意するようにカーティスは頷く。


「12歳の時に姉さんが引き取られた本当の理由を知りました。それから時間が掛かりましたが、少しずつ手がかりと情報を集め、貴女の実の父親であるベハティ公爵を捜しだし、手を組んだのです。そんな時、亡くなったはずの姉さんを連れて現れたのが……」


 カーティスの視線が後ろへ向く。

 私は驚いてテオを振り返った。


「えっ! テオが私をここに運んだの?」


「お伝えしていませんでしたか?」


 デュランがいるせいか、丁寧な口調で私に話しかけてくる。

 聞いてない! と目で訴えれば、シレッとした表情で視線を逸らされた。


「最初は信じられませんでした。フロスト男爵と、ブランシェット公子から私は二度も、娘はブルーローズの病で死んだと聞かされていましたから……」


 デュランは喜んでいるような、泣き出しそうな、そんな複雑な顔で私を見つめ言葉を続けた。


「貴女が眠っている間、ブランシェット公爵が犯した行いの裏付け調査を進めていました」


「あっ……」


 デュランが屋敷を空けていたのはそのためだったんだ。


 確かに、起きるのをただ待つより、できることがあるなら行動したほうがいい。私はデュランの人間性を疑ってしまったけど、本当は必要なときに自ら行動できる心の強い人だったんだ。


「それじゃあ……屋敷に帰った後はどうして私に会おうとしなかったんですか?」


そのせいで全く関心がないのか、顔を合わせたくないほど恨まれているのだと思ってしまった。


「それは……」


 デュランはまるで怯えた子供のように背中を丸めて下を向く。大きな体が小さく縮まっていく様はベハティの当主に似つかわしくないものだった。



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