第24話 殺気漂うお茶会3


 やがてデュランはポツリと呟いた。


「貴女に会うのが怖かったのです」


 怖い?


 私は耳を疑う。まさか目の前の人物からそんな言葉が出てくるとは思いもしなかった。


「私が不甲斐ないばかりに、貴女にはつらい思いをさせてしまいました。恨まれても仕方がありません。ベハティ公爵である私が実の父親であることも黙っているよう使用人に伝えていたのですが……聡明な貴女は自分で気付いてしまいましたね」


 つまり私が父親を恨んでいると思ったデュランは、嫌われるのが怖くて会うのを避けていた、と。


 まさかそんな理由だったなんて。


「貴女にどのような目で見られるか、どんな態度で、どんな言葉を投げ掛けられるか……ずっと私を非難する貴女の姿ばかりが思い浮かんでしまい……なかなかお会いする勇気を持てずにいました」


 先程まで殺気に満ち溢れていた人物から聞かされる理由とは思えない。なんて極端な二面性の持ち主なんだろう。なんだか少しデュランの事が分かってきた気がする。


「庭園で正体を明かさないまま貴女と話をしたこと、本当に申し訳なく思っています。けれど、」


 デュランは立ち上がり私の側まで歩み寄ると、静かにひざまずき視線を合わせた。


「もし許されるなら、私は貴女を私の娘として迎えたい。これまで叶わなかった父娘としての関係を築いていきたい。貴女に父親と思われたいのです」


 その眼差しは真剣で、言葉には彼の強い思いが込められていた。


「駄目でしょうか……?」


 私は返答に困って、デュランの真っ直ぐな瞳から逃げるように下を向いた。


 デュランは私を捨てたわけではなかった。嫌ってもいないし、殺そうなんて考えてもいない。私を大切に想ってくれている。それは痛いくらい伝わってきた。


 けれど、私には自信がない。

 私には――。


「今日は色々お話を聞かれて公女様も困惑されていると思います。お二人の関係も、今後同じ時間をともに過ごされる中でゆっくり答えを出してはいかがでしょう」


 答えられない私に代わってカーティスが助け舟を出してくれた。私はその提案にコクリと頷く。それを見たデュランは安堵したように微笑んだ。


「ありがとう」


 そして、デュランの口から驚くほど優しい声で呼ばれた。


「ヴァレンティナ」


 それが名前であることに一瞬気付けなかった。


「ヴァレンティナ・ベハティ。それが貴女の本当の名前です。俺の、世界でただ一人、愛しい娘」


 心の底から嬉しそうに笑うデュランに心が震え、私は思わず泣いてしまいそうになった。




***


 話が一段落したあと、父娘で庭園を散歩することになったようだ。


 ツツジが花開く生垣を眺めながら歩く、どこかぎこちない父娘二人の姿を、一定の距離を空けてテオとカーティスが見守っていた。


 微笑みを浮かべながら二人を見つめるカーティスを一瞥し、テオが口を開く。


「だいぶ話が端折られてたみたいだが?」


「大して間違った話はしてないだろ」


 話しかけた途端、笑みは消え失せ無愛想で粗雑な部分が姿を現す。娘には甘く、それ以外には厳しい態度を見せるデュランと似た性質を持つカーティスに、コイツらそっくりだなとテオは呆れた。


「このままあいつに隠しておくつもりか?」


「姉さんが知る必要はない」


「姉さん、ね」


 心根を察するようなその発言に、カーティスの赤い瞳がテオを睨む。その視線にテオはやれやれと吐息する。


「必要あるかどうかはあいつが決めることだろ」


 デュランの隣を歩く少女はまだ戸惑ってはいるものの、恐怖の色は見えない。


「わざわざ知らせてどうする。怖がらせるだけだ」


「あいつはそんなヤワじゃないだろ」


 テオはツツジの花を一輪摘み取る。蜜を吸おうと口に咥えれば、途端に花びらの先から赤い炎があがった。


「どうして、お前が姉さんを分かったふうに言える?」


 燃えあがった炎と同じ色の眼差しがテオを見据える。

 パラパラと塵になる花を捨てながら「さぁな」とカーティスを嘲笑った。


「お前こそ、妄想の中の『姉さん』じゃなく、今のあいつを見てものを言えよ」


 その言葉にカーティスの瞳が見開かれた。

 周りの空気が一気に張り詰める。


 お互いが臨戦態勢に入ったその瞬間、制するようにビシリと音をたてて二人の足元に亀裂が走る。

出どころをたどれば、こちらに背を向けたデュランの姿があった。ちらりと向けられた視線は鋭く、冷ややか。



"や め ろ"



眼差しはそう語っていた。


「どうかしたんですか?」


 異変に気付いた娘が振り返る瞬間には見事に引っ込むその殺気。


「なんでもありません。バラ園の様子も見に行きませんか?」


 そう言って歩きだす父娘に、二人はもう顔を合わせようともせず黙ってついていった。




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