第5話 異例の事態1
「今日はこのくらいにしておこうかな」
読んでいた本を閉じ、両手を高く持ち上げ体を伸ばす。時計を見れば12時を過ぎていた。
魔力石の破裂事件から、二週間ほどが過ぎた。
どうやら私は膨大な量の魔力を保有しているらしく、おかげで処罰されるようなことにはならなかった。
ブライアンからは更に目の敵にされるようになってしまったけれど。もはや関係修復は無理そうだな。
顔を合わせるたび嫌味を言う憎たらしいブライアンの顔を思い出し、私はため息をついた。
家庭教師からは「本来、魔力は貴族が保有するものであり平民がもつべき力ではない」と一番に教わった。あれは身分をわきまえろという意味の牽制だったのだろう。
平民生まれの魔力持ちは希だ。存在を隠されることが多いため、実際はもう少し多いのかもしれない。そんな私をエドガーはどうして見つけられたか気になったが、どうやらリンゴの木が原因らしい。
正確には私が一から配置し直した魔力経路だ。いわゆる道路の修繕工事というものがあるようで、その過程で記録にない魔力の流れが感知されたようだ。
魔力経路を私利私欲のため勝手に変えることは違法であるが、一から形成する分については目を瞑ってくれるケースもあるようだ。つまり知らぬうちに法律違反すれすれの行動を起こしていたっぽい。
ああ、怖い。一歩間違えば命の綱から足を踏み外しかねない。
この世界で生き抜くには命がいくつあっても足りないのではないだろうか?
「早く寝よう……」
恐怖と寒さの両方から震える体を抱きしめ、ベッドに潜り込もうとした時だった。
「!?」
「それ」は一瞬で全身をすり抜けていった。
数秒遅れて、もう数回全身に衝撃を感じたところで、これが「魔力の波」だということを悟った。
何……?この不自然な魔力の流れは。まるで衝撃波のようだった。
波はその数回だけで、あとは何事もなかったような夜の静けさが続いた。屋敷内もとくに騒ぎが起こるような気配はない。けれど、この静けさに不気味なものを感じた。
居ても立っても居られずベッドから下りると、部屋を出てまだ明かりのついていた執務室の扉を叩いた。
「失礼します」
中ではエドガーが窓の外に顔を向けていた。
「まだ起きていたのか」
「はい。あの、先ほどの……」
「ああ、君も感じたか。おそらくどこかで火山が噴火したんだろう。噴火場所はすぐに知らせが入る。それにしても、今までとは違った魔力の流れだったな……」
この世界で火山噴火は災害ではなく自然の恵みとして認識されている。噴石や火山灰などの人に害をなすものは防災の魔法によって防ぐことができる。
そして決定的な違いは、噴火によって下層の奥に眠っていた魔力が放出される点だ。それは大地に降り注ぎ、人々の生活を支える源となってくれる。
けれど何故だか嫌な予感がしていた。
「父さん……」
小さな声に振り返れば、カーティスが扉の隙間からこちらを覗いていた。
「なんだ、お前も来たのか。リターシャと一緒に部屋に戻りなさい」
カーティスは小走りで私の所までやってくると、小さな手でぎゅっと袖を握り締める。
んんん、かわいい……!
「あの、でも、さっき……」
カーティスも魔力の波を感じたのだろう。それで不安になって部屋を出てきたらしい。
「何も心配することはない。早く部屋に戻りなさい」
私がエドガーの立場であっても同じように部屋に帰しただろう。けれど、何が起っているのか知るまでは眠れそうにない。
「あの、時期に連絡がくるんですよね。よければ私達も待っていてよろしいでしょうか?このままでは気になって眠れません」
「お前達が不安になるようなことではない。報告なら、明日の朝聞かせよう」
うーん。流石にこれ以上ここで粘り続けるのは心証的によろしくない、よね。
仕方ない。引き下がろうか、そう思った時、扉を叩く音が聞こえた。
「失礼いたします。当主様、先ほど噴火位置の報告があったのですが……」
タイミングよいところに来てくれた!
使用人は、私たちの姿に気付き言葉を止めたが、エドガーに促され報告を続ける。
「それが……噴火位置はここから北へ数千キロ離れた先の海底、とのことです」
顔を顰めるエドガーとは違い、私はこれから起こりうる災害を想像し、息を呑んだ。
「海底?間違いないのか?」
「はい。何度か確認いたしました。噴火の規模が前例にないほど大きなものだったらしく、離れた海底で起きた事は幸いでした」
幸い?
使用人の言葉に私は耳を疑う。まさかと思い、確認のため質問する。
「噴火の規模はどの程度だったんですか?」
「数十年ほど前に起こった噴火の規模が1とすれば、その5、6倍の大規模噴火だと、報告を受けましたが」
今度はエドガーに問いかけてみる。
「今まで海底で火山が噴火したことはないのですか?」
「ああ、そもそも海底の火山が噴火などするものなのか……?」
どうやら異例の事態らしい。それならこの緊迫感のなさも頷ける。
「海に面した国の者達に、できるだけ海から遠ざかるよう指示を出すことはできませんか?できれば早急に」
「何故そのような指示を出す必要があるんだ?」
私の言葉に、突拍子のなさを感じたのだろう。使用人も理解出来ないといった顔で怪訝な顔をしている。
その反応を見て私は確信した。
やはり、海底火山噴火がもたらす可能性のある被害について、この世界では認識すらされていないようだ。事例のないことならば、予測できないのも仕方がない。
これまで陸地で起こった火山噴火も、規模の小さなものしか起きていなかったため、何かあっても防壁魔法で対象できると考えている人がほとんどのはずだ。
過去に起こったほかの災害も、大雪や竜巻などの被害しか文献に書かれていなかった。それも対策用の魔法陣が発表されてからは大した記録も付けられていない。
「すぐに避難指示を出すよう伝えてください!」
「落ち着きなさい。まずは理由を述べてからだ」
「噴火の衝撃で変動した海面が、大波となって大陸まで襲いかかってくるからです!」
真剣な私の言葉に、使用人はクスリと笑った。まるで「雷様が取っていっちゃうから隠すの!」とへそを両手で隠す子供を見るような反応に、地団駄を踏みたくなってくる。
けれどそんなマネしたら本当に子供の戯言だと思われてしまう。
「噴火の衝撃で海水が動き、そこから波が発生するんです。それは海面を伝わって陸までやってきます。高ければ何メートルにも及びます!」
私は必死に深刻な事態が迫っていることを説明する。両手を広げて波の高さを表現する私に、使用人は変わらず冷ややかな笑みを浮かべている。
「何千キロと離れているんですよ?この大陸まで波がくるなんてあり得ませんよ」
宥めるというよりは小馬鹿にするようなその口調に、いい加減その能天気な思考をする頭をペンペンと叩いてやりたくなった。
「真面目に聞いてください」
私はジッと睨むような眼差しを使用人に向ける。そうすると、ハッとしたように表情を改め、身をすくませた。
私は脅すような声色でなおも訴える。
「波は浅い海岸付近に近付くほど高くなる可能性があります。早ければ半日ほどで陸に到達し、一瞬で辺り一帯が海の中へ引きずり込まれるでしょう」
今は深夜だ。波が来るとすれば早朝になるだろう。そこに波が襲い掛かればどうなるか、想像しただけでも恐ろしい。事態は一刻の猶予もないのだ。
私の威嚇が功を奏したのか、ようやく使用人がたじろいでくれる。
「そんな、まさか……」
「それから、今後は食料をできるだけ多く生産し、貯蔵するべきだと思います」
「……それは何故だ?」
黙って話を聞いていたエドガーが口を開いた。
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