第4話 斬首の危機!



 屋敷での生活にも慣れてきた頃、エドガーは私に家庭教師をつけてくれた。

 文字や簡単な計算は最初からできたので、魔法やマナーに関することを重点的に教わった。


「近年始まった戦争について、どの程度認知されていますか?」


 唐突にふられた予定にない授業内容に面食らいながらも、私は淀みなく答える。


「アシーナ国との戦争ですね。これまで幾度となく行われた戦争ですが、最小限の被害で我が国が勝利していると聞き及んでいます。今回もベハティがオリアナ帝国を勝利へと導くと信じています」


 ベハティは、三つに区分されている地名の一つ。『冬のブランシェット』と違い、ベハティは『秋のベハティ』と呼ばれている。その名の通り、1年を通して秋の陽気に包まれた地域である。


 かつて王国だったベハティは、戦闘力に秀でた者が多く、戦争が起これば彼らが前線に立つのがこの国では暗黙の了解となっていた。


 私の返答に特に問題は見受けられなかったようで、家庭教師の女性は静かに頷いた。


「当主様の人を見る目は大層秀でていらっしゃるようですね」


 私ではなくエドガーを称える家庭教師に「ありがとうございます」と笑顔で答えることにも慣れてきた。遠回しに私の出身を蔑むような発言以外は丁寧な授業を行ってくれるので、まぁ良い先生と言えるだろう。


「しかし、これまでの勝利はベハティのみの手柄ではありません。ブランシェットからの支援あっての勝利であることを今一度学び直しください。緻密な魔力陣の構成により可能となった効率的な支援経路と移送技術は我がブランシェットから生まれた偉大なる功績の一つで……」


 早口に進む講義はしばらく続いた。




***


「本日はここまでとします」


 ようやく話が終わり、部屋を退出しようとする私を家庭教師は思い出したように呼び止めた。


「授業を終えたら、当主様の執務室に来るようにとのことです」


「お父様の…?」


 なんだろう?

 一抹の不安がよぎる。


 私は外に控えていたメイドに教材を渡し、部屋に戻しておくよう頼むとエドガーのもとへ向かった。


「ああ、来たか」


 部屋を訪ねるとエドガーは私に一つの石を握らせた。楕円形で色は薄い灰色。大きさは3センチほどだろうか。宝石に例えるならグレームーンストーンによく似ている。


「それは魔力献納の際に用いる魔力石だ。授業ではもう習っているね?」


「はい」


 魔力献納とは言葉どおり、保有する魔力を国に納めること。魔力を込めた魔力石を提出することで納められる。昔と比べるとかなり簡略化された献納方法らしい。


 この世界で魔力は前世で言う電力みたいなもので、生活をするうえで必要不可欠な資源だ。魔力は自然から得られることもあるけど、人々が安定した暮らしを送るためにはそれだけでは足りない。不足を補うことが貴族の義務でもあるのだ。


 ブランシェットの領地は広大で、膨大な魔力が必要となる。そのため、魔力保有の多い者が代々ブランシェットの当主となってきたと聞いている。


「それに魔力を込めてみてくれるか」


 ああ、なるほど。


 つまり、私がどれだけ魔力を込められるか、今から試されるというわけだ。ここで価値を証明してみせなければ、よくてポイ捨て、悪くて処分されてしまう。


「分かりました」


 私は意識を集中させ自身の魔力を石に流しいれる。魔力は多いに越したことはない。だから込められるだけ、石に魔力を注ぎ込む!


 しばらくすると中心から黄金色の炎がポッと浮かびあがり、ゆらゆらと揺らめきだした。それは燃え広がるように灰色の魔力石を黄金に染めあげ、輝きを放ちはじめる。


 私はその美しい光景に思わず見入ってしまっていた。


「リターシャ! 石を放しなさい!」


 エドガーの焦った声に、ようやく石に亀裂がはしっていることに気が付いた。

 エドガーが私の手から石を弾き飛ばした瞬間、それは破裂した。


 飛び散った石の破片は窓ガラスを突き破り、家具を破壊し、部屋のいたるところを傷つけ穴を開けた。


 私はエドガーの後ろで呆然と立ち尽くしていたが、床に落ちた赤い染みを見つけハッと我に返った。エドガーの頬から血が流れ出ている。


「大丈夫ですか!」


 傷は深いように見えた。もし神経を傷つけていたら大変だ。


「すみません、私のせいで怪我を……!」


「ああ……いや、大丈夫だ」


 答えは返ってくるものの、放心してしまっている。魔力石の破片で壊れた部屋を茫然と眺めていた。


「当主様!」

「ご無事ですか!」

「何が起こったのですか?」


 異変に気付いた騎士たちが部屋に飛び込むように入ってきた。


「父さん!」


 ブライアンとカーティスも騒ぎを聞きつけやってきたようだ。ブライアンは走ってくるなり、わけも聞かずに私を思いきり突き倒して怒鳴りつけてきた。


「お前! 父さんに何したんだよ!」


 わけも聞かずにいきなり悪者と決めつけるなんて、本当にとんでもない奴だ。だけどこの騒動に関しては責められても否定できない。私の不注意で当主に怪我を負わせてしまったのだ。


 あれ?

 もしかしなくてもこれ、当主のご尊顔に傷を付けた罪で裁かれるのでは?傷害罪で斬首の危機なのでは!?


 自分の頭と胴体がさよならする場面を想像し、私の顔は一瞬で真っ青になる。


 嫌だ!頭と胴体は生涯仲良しでいてほしいっ!


「よしなさい。ブライアン」


「でも、こいつのせいで……!」


 エドガーは尚も食い下がるブライアンには構いもせず、こちらへ歩み寄ってくる。私は心の中で「ひえぇええ!」と悲鳴をあげていた。


「あ、あの、ざ、斬首だけは、どうかご勘弁いただきたく――」


「よくやった!」


「……え?」


エドガーは倒れた私を抱き上げ、頭上高く持ち上げた。


「魔力石を壊すほどの強い魔力保有者など、滅多にいないぞ!」


 のちに、痕となって残ることになる頬の傷など気にする様子もなく、流れる血をそのままに、エドガーは私を瞳に捉えたまま笑う。


 よく分からないけれど、首が切り離されることはなさそうだ。


 このときの私は死を免れたことにただただ安堵していて、狂気を含んだエドガーの瞳に気付くことはできなかった。

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