第44話 表明


「もう、また! 呼んでもないのに急に現れないで! びっくりするでしょ!」


「俺は犬じゃないって言ってるだろ」


 テオはソファの背もたれに肘を置き、なんの断りもなく私とカーティスの間を裂くように腕を伸ばした。サンドイッチを一つ浮遊させて手もとまで持ってくると、そのまま私たちの間でモグモグと食べ始める。


 マナーというものがまるでなってないんだから。


 まぁ、私もさっきカーティスに「あーん」とかしたけど。公衆の面前でもないし、姉弟のスキンシップだと言い張ろう。


「何しに来られたのでしょうか」


 カーティスもテオの唐突な来訪と無作法な態度にお怒りのようだ。最初から言葉が刺々しい。


「ベハティ公爵がお前を呼んでたぞ」


 しかしその一言にピクリと反応すると、テオへ向かう不愉快オーラはじわじわと霧散していく。


「……お前は?」


「俺はこいつに用がある」


 指をペロリと舐めながら私をチラ見する。用とはいったいなんだろう? 疑問に思ったが、ひとまず舐めた指が気になったのでテオの手を取ってナプキンで拭いてやる。


 まったく、世話がやけるんだから!


 手元に視線を落としていたため、その様子をカーティスが何か言いたげな眼差しでジッと見つめていたことに、私は気が付かなかった。


「早く行ったほうが身の為だと思うぞ?」


 テオに急かされカーティスは珍しくその頬に冷や汗を滲ませ迷っていたが、やがて吐息混じりに立ち上がった。



「すみません、姉さん。行ってきます」


「うん……」


 すごすごと部屋を出て行く背中があまりにも気重そうに見えて、思わず「私もついて行こうか」と立ち上がったが、テオの魔法によって猫のようにつまみ上げられ再びソファに座らされてしまった。


「用があるって言っただろ」


 それにしたって今の扱いは酷い。

 仕方なく憂鬱そうなその背中に「何かあったらお姉ちゃんに相談してね!」と声をかけたが、さらに落胆するように背中が丸まったように見えた。


「お姉ちゃん、ね」


 テオが楽しそうに腹を抱えて笑うので、何が可笑しいんだとジロリと睨みつけてやる。


 テオは先ほどまでカーティスが座っていた場所に腰を下ろすと、膝に肘をつき前屈みになって私を下から見上げた。


「弟から話聞いたんだな」


「……うん」


 そのことで、テオにはどうしても聞いておきたいことがあった。


「ねぇ、テオは全部知ってて『嫌なら証言台に立たなくていい』なんて言ったの?」


 たくさんの人たちが犠牲になっていると知っていながら、そんな無責任なことどうして言えたんだろう。そう考えると、つらくなった。


「俺はお前が嫌だと思うことはしなくていいと思っただけだ」


「全然よくないよ!」


 私はテオに迫るような体勢で叫んでいた。テオは微動だにせず、私の瞳をじっと見つめて答える。


「お前が証言台に立とうが立たまいが、裁判は開かれる。そこでどんなに不利になろうと、俺は罪を暴くつもりだったよ。それはベハティ公爵も同じだろ。だからお前に何も言わなかった」


 私はハッとする。


 デュランは一度も裁判の話をしたことがなかった。最初から私に何も伝えず裁判に赴くつもりだったのだ。

 カーティスは私の為に真実を伏せた上でエドガーの罪を裁こうとしてくれていた。


 二人はそれぞれの考えで、ずっと私の事を思っていてくれてたんだ。


 テオだって別に好きで隠してたわけじゃない。

 それに、私にカーティスと話をするよう背中を押してくれた。私が真実を知らないままだと後悔するってテオには分かってたんだ。


「……ごめん」


「別にいいけど。お前、裁判に出るんだろ?しっかりしろよ」


 そう言って、ポンと頭に軽めの活を入れられた。


「うん……ありがとう。テオには本当に全部お見通しなんだね」


 さすがひぃおじいちゃん、とは口には出さず思うにとどまった。

 テオはニッと笑うとドアの方を見る。


「もう入ってきていいぞ」


 声をかけるのと同時にドアが勝手に開き、廊下に待機していた人物が驚いたように軽く身を仰け反らせた。


「ウィル!」


 私に名前を呼ばれ笑顔で手を掲げようとしたが、カーティスの言葉を思い出したのか慌てて佇まいを正す。


「俺は出ていくから、あとは二人で話せ」


 言うが早いか隣からテオの姿が消えた。驚くウィルと違って、私にとってはいつものことなので軽い吐息ですませる。気を取り直してウィルに入って座るよう促した。


「失礼いたします」


 ウィルは私の側までやって来てくれたが、ソファに座ることはしなかった。


「自分はこちらで結構ですので」


 固い口調で、傍らに背筋を伸ばしたまま待機するウィルを遠くに感じてしまう。私は頭を垂れた。


「全部聞いたよ……。ごめんね……私、孤児院に来なければよかった……」


 雪に埋まったまま死んでいたら……なんて、そんなことは思わない。けれど、私が居なければ孤児院のみんなは苦しい思いなんてしなかったはずだ。


「それは違う!」


 慌てたような大きな声に顔を上げると、しまった、といった顔をして「申し訳ございません」とウィルは頭を下げる。


「いいんだよ、ウィル。せめて二人の時は昔みたいに話してよ」


「いえ、自分は一介の騎士にすぎませんので」


「ウィル……」


 私は訴えかけるようにウィルを見上げる。その視線から逃れるようにウィルは目蓋をきつく閉じた。


「……ウィルお兄ちゃん」


「……っく」


 ウィルは額に手を押し当て、ゆっくりと膝を折った。盛大に息を吐き出しガシガシと頭を掻くと、やがて降参というように小さく両手を挙げた。


「分かったよ。リタ」


 そう言って困ったように笑う顔は、いつものウィルの笑顔。


「あ、いや、リタは駄目だな。奥様の愛称でもあったらしいから」


 俺が殺される、と呟くその声があまりにも怯えを含んだ声色だったので、普段デュランが部下たちにどんな態度をとっているのか心配になった。


 ウィルは床に膝をつき直すと、改めて私を呼ぶ。


「ヴァレンティナお嬢様」


「……うん」


 この世界で意識が芽生えた時、手を掴んで引っ張り上げてくれた、私の命の恩人。本当の兄のような大切な存在。立場はこんなにも変わってしまったけど、私を見つめる強くて優しい眼差しは変わらなくてホッとした。


「お前、あの時俺たちの為を思って公爵邸に行ったんだろ? 来れば孤児院を支援するって条件出されたこと知ってるよ。俺たちの為だって、みんな知ってた」


「でも、私が行くことを選んだのは自分の為でもあったんだよ。だから……」


 ばぁーか! と、額を軽く小突かれた。


「なんで自分の人生のことなのに、自分の得を考えちゃダメなんだよ」


 お前はもっと自分の事を考えろ、と小突いたところを撫でられる。ウィルが叱る時はいつもこうだ。昔と変わらない。


「まぁ……もしあの時に戻れるなら、あんな奴の所なんか、絶対にお前を行かせたりしないけどな」


 その物言いと、見てとれるほどの嫌悪の表情に引っ掛かりを覚えた。


「何か知ってるの?」


「公爵様と一緒に調査に同行させてもらってたからな。俺もあれを見たら……いや、なんでもない」


 今度はつらそうに表情を歪めた。そして絞り出すように言葉をつむぐ。


「孤児院のこと……表向きでは夜盗に襲われたということですでに処理されていて、俺も、公子から話を聞くまで何も知らなかった。親不孝者だよな……。現場を調べようにも、建物もすでに取り壊されて何も残ってなかった……」


「うん……」


 孤児院がなくなった経緯をカーティスは詳しく話してはくれなかった。ウィルもそれ以上の詳細を語る気はないようだ。


 私も聞くことを今は躊躇った。それはウィルが私に6年前の出来事を問おうとしない理由と同じだと、その表情から察することができたからだ。


 ウィルは立ち上がると、手を差し出す。


「お前にはつらい思いをさせると思う。それでも、俺からもお前に頼みたい。証言台で、あいつの罪を明らかにしてほしい」


「うん」


 大きく分厚い手に触れるとゴツゴツとした感触から、ウィルがどれだけの年月剣を振るってきたかが伝わってくる。その手を握るとグッと引き上げてくれた。

 たくさんの人の力を借りて、私はこうして立ち上がることができる。


 窓から見える空よりも遙か遠くを見据え、私は強く宣言した。


「私は証言台に立つよ」


 そして、6年前の真実を明らかにする!




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る