第35話 邂逅


「うーん……?」


「何?」


「いや……」


 曖昧に言葉を止めてしばらく思案しているようだったが、結論は出なかったようだ。気のせいだろ、とあっさり匙を投げた。


「魔力には少なからず体質や個性が出るからな。それより、弟くんとはまだ仲直りしないのか?」


 いきなりの話題変更。しかもよりによってその話。まるで奇襲を受けたように、体は硬直する。


 カーティスとはハンカチを受け取った日以来、会えていない。しばらく距離を置いて考える時間がほしかったのだが、日が経てば経つほど顔を合わせるのが怖くなっていた。


 姉さんなんかもう知らない!とか言われたらどうしよう。そんなの泣いてしまう!


「うーん……」


「なんだ? 弟に会うのが怖いのか?」


「そんな、ことは……」


 またしても心境を的確に察知されてしまい言葉に詰まる。まさか本当に心を読んでいるんじゃあるまいな?


 それにしても、テオからカーティスの話をしてくるなんて思ってなかった。二人が会話すると不穏な雰囲気が漂い始めるし、カーティスの話をするとテオの機嫌が悪くなるからお互いあまり関わり合いたくないのかと思っていたのに。


「なによ! 二人は仲が悪いのかと思ったけどそうでもなかったの?」


 男子の仲は女の私にはよく分からない。聞いた話では犬猿の仲でもケンカをすれば友情が芽生えることがあるらしい。私の知らない間に仲が深まる出来事でもあったのかもしれない。


「いや、全然仲良くないし、俺はあいつ気に食わないけど。向こうも同じだろ」


 あっさり否定されてしまった。仲が良いに越したことはないのに。やはり真面目なカーティスと不真面目なテオでは相性が悪いのだろうか?


 確か地域柄オープンな性格のサイラスに対して、ブランシェットは内向的な人が多く、諸々が正反対なんだよね。「サイラスの人間には適当に相槌打って適当に愛想笑いしておきなさい」と言われたこともあったな。


「ならなんで?」


 気に食わない相手の話題をわざわざ持ち出してくる理由が分からない。


「お前は弟が大切なんだろ?」


 サラッと返された言葉にびっくりして思わずテオと見つめ合った。

 そんなの、まるで私の為だと言ってるように聞こえて、なんだか気恥ずかしくなる。


「……うん」


「ならもう一度、話聞いてやれば? それで晴れて嫌いになったら一緒にぶん殴りに行ってやるからさ」


悪い笑顔を浮かべ、嬉々として続いた言葉に、くすぐったい気持ちはどこかへ吹き飛んでいく。


「嫌いになんかならないし、殴ったりなんかしない! 大切な私の弟なんだから!」


「はいはい」


耳にタコとでも言うようにため息まじりに適当に受け流される。


「まぁ、仲直りできないって言うならもうこのまま会わなくてもいいんじゃないか? お前、どうせここで暮らすんだろ? 弟もいつかは帰るだろうし」


「え……」


 そっか。裁判を開く必要がないなら、ベハティに留まる理由もない。いずれカーティスはブランシェットへ帰ってしまう。


 そうなれば、私とカーティスの立場上、簡単に会うこともできなくなるだろう。私の待遇が今後どのようなものになるかはまだ分からないが、エドガーは私と二度と関わりを持ちたくないはずだ。当然、カーティスと私を会わせるはずがない。


 どうして気付かなかったんだろう。

 今なら、会おうと思えばいつでも会える。今しか気軽に会う機会なんてない。


 そう思ったら、私の心は嘘みたいにすぐに決まった。


「私、行ってくる!」


 心に決めたなら行動あるのみ!

 宣言すると私は屋敷に向かって走り出した。


「迷子になるなよー」


 迷子なんて、変な事を言う。屋敷内の間取りはだいたい覚えたし、デュランの執務室を探し迷うようなことはもうない。


 そういえば最近、屋敷内を歩いているとどこに行くのか確認され、そこまでの道のりを説明してくれることが増えた気がする。テオもみんなも過保護だなと思いながら、途中で振り返って大きな声でお礼を言った。


「ありがとう! テオ!」


 ブンブン手を振って、急いでカーティスのもとへ。


「本当、逞しい奴」


 私を見送りながら呟いたテオの言葉は、前だけを見つめる私の耳には当然ながら届いてこなかった。





***


 息を切らしながらカーティスの部屋の前までやってくると、乱れた呼吸を落ち着かせるため胸に手を当て深く呼吸する。走ったことで速まっていた心臓の鼓動が今度は緊張でドキドキと音をたてはじめる。


 いきなり来て会ってくれるだろうか、迷惑じゃないだろうか、どうやって話を切り出そうか。しばらくあれこれと悩んだが、ここまで来たなら腹をくくれ!と思いきってドアをノックした。


「……カーティス? いる?」


 返事はない。部屋に誰かいる様子もなかった。どうやら不在のようだ。

今日会っておかないと、明日になればまた二の足を踏みそうな気がする。どうしよう、部屋の前で待ち構える?


「お嬢様?」


 腕組みし、うんうんと唸っていると後ろから呼びかけられた。

 振り返ると一人の騎士が、部屋一つ分ほど離れた位置で私を見つめ立ち尽くしていた。二十代ほどの若い騎士だ。その明るいオレンジ色の短髪には見覚えがあった。


 まだデュランの正体を知らない私の前で「公爵様!」と叫びながら走り寄ってきた人物だ。それから、先日デュランに「今度不審者を見かけたら絶対捕まえろ、両手足はいらない」云々言われていた時にも後ろ姿を見た。


「こんにちは。ブランシェット公子が今どこにいるか知っていますか?」


「あ……申し訳ございません。伺っておりません」


「そうですか」


 やはりここでしばらく待ってみようか?

 時間つぶしに本でも持って来ようかと思案していると、なおも凝視してくる騎士のことが気になった。何をするでもなく、じっとこちらに視線を向けてくる。


「……あの?」


 こちらから声をかければ、慌てたように謝られた。


「申し訳ございません、ええと……その……」


「?」


 騎士は頭を掻き言葉に迷っているようだ。何か伝えたいことでもあるのだろうか?


「公爵様から何か言伝てですか?」


「いえ、そうではなく、自分はいま休憩中なのですが、走って行くお嬢様の姿をお見かけして、それで……」


「私に個人的なご用ですか?」


「はい。いえ、まぁ……はい」


「?」


 先ほどから歯切れが悪い。


「そういえば、お名前を伺ってもよろしいですか?」


 一度話題を変えよう。

 そんな軽い気持ちで尋ねてみたのだが、騎士はパッと笑顔を浮かべて駆け寄ってくると、ひざまずき真正面から私を見た。こうやって間近で顔を見るのは初めてだ。力強く、けれど優しい眼差しはどこかで見たことがある気がして胸がギュウッと締め付けられた。


「ウィル・エイダンと申します」


 それは最初の記憶。


 白く冷たい世界から私を引っ張り上げてくれた、オレンジ色の髪の男の子。彼は私を妹のように世話してくれて、私は彼を本当の兄のように慕った。


「久しぶり、リタ」


 私をその名前で呼ぶ人物は限られている。


「ウィル……?」


 呆然とする私に、肯定するようにニコッと笑いかけてくれる。

 私の命を救い、孤児院で面倒をみてくれていたウィル。


 彼が今、私の目の前にいた。






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