第34話 小さな違和感
お茶会の翌日、起きた時には朝食の時間をとっくに過ぎていた。大寝坊だ。
というのも、昨日はあれから永遠とデュランの妻自慢が続いた。メイドと執事が救い出してくれなければおそらく朝まで語られていただろう。
部屋に帰り着くなりそのまま疲労困憊でベッドに倒れこみ、いつもより遅い目覚めとなってしまったのだ。
デュランもさすがにあれだけ喋り続ければ喉が枯れていてもおかしくないはずなのだが、執事の話では普段より調子良く仕事に取り掛かっているとのことだった。
「お嬢様、当主様からこちらを預かってまいりました」
日課の読書を楽しんでいると、レベッカから数枚の書類を渡された。
「お嬢様専用の図書館を建設する件について、お話は聞いていらっしゃいますか?」
「あ……うん、一応」
そういえばそんな話もあったな。本当に進行してたんだ。
「そちらは建設に関する書類です。ご確認いただき、気になる点がございましたら些細なことでも構わないので申告してほしいとのことです」
書類に目を通すと建設予定の図面と館内の内装案、どういった分類の書物をどの程度取り入れるかといった内容が記載されていた。
パッと見ただけでも、私がこれまで読んだ本の傾向をもとに配分されているのが分かる。趣味嗜好の筒抜け具合に私は諦めの意味を込めてソッと息を吐いた。
……ん?
気を取り直して書類を読み進めていると、あることに気が付く。建築費や人件費等、お金に関する記載内容が見当たらないのだ。どうやら意図的に省かれているようだ。
まるで「お金の事は気にしなくていいですよ」というデュランの声が聞こえてくるかのようだ。
貴族なのだから大金を扱う度胸を持ったほうがいいとは思うのだが、自分の為となるとやはり躊躇ってしまう。
前世は入院費、今世は孤児院で生活費を気にしていたから、大金があると言われてもピンとこないのだ。
「書籍は歴史あるものから新しいものまで一通り取り揃えるそうですが、希望する物がございましたらそちらの書類に記入してくださいね」
「ありがとう。考えてみるね」
私は図書館が完成した際の未来を想像してみる。
できれば専用ではなく、みんなの知識が補える図書館になればいいな。専門的なものから、娯楽になるような物語も欲しい。ベハティに関する文献ももっと取り寄せてもらおう。
ああ、でも絶版でもう手に入らない、だけどずっと気になっていた本があったんだよね。ダメ元で希望してみようか? 私的な本棚をいくつか作るくらいは許されるかな?
「時間が掛かっても構わないと仰っておられましたので、急がずゆっくり考えてみてはいかがでしょうか? せっかくの機会ですし」
夢中になる私にレベッカが紅茶とクッキーをテーブルに差し入れてくれた。
前のめりになりすぎていた姿勢を気持ちとともに正し、お礼を言って一息つくことにする。
優しい香りに心を癒やされると、ふと書類を送ったデュランの事が脳裏をよぎる。もしかしたら、デュランなりに何かしたいと言った私の気持ちを汲んでくれたのかもしれない。
「……ねぇ、レベッカ。私はどうしたら公爵様を喜ばせられるかな?」
デュランはいつも私の事を考えてくれている。だから私もデュランにこの嬉しい気持ちを返したい。
サプライズでもしてみようか?
思案する私に、レベッカは感激したように両手を胸の前で組み合わせ瞳を輝かせた。
「当主様はお嬢様のそのお気持ちだけで、一国討ち滅ぼしてしまうほどの力をその身に宿されることでしょう」
大げさな発言に「レベッカも冗談言うんだね」と笑えばキョトンとした顔で小首を傾げられてしまった。
「冗談……?」
冗談じゃなかった!
***
一国討ち滅ぼされても困るし、とりあえずデュランを喜ばせるサプライズは保留にして、私は久し振りに魔法の訓練に励むことにした。
用意してもらった動きやすい服に身をつつみ、芝生の広場で一人集中する。復習を兼ねて今まで覚えた魔法を一つ一つ行ってみた。
以前は薔薇の焼けるような熱さと暴れ回る魔力の流れを制御するのが大変だった。今はむしろ、青い薔薇が発現する前よりも調子がいい気がする。
「ふぅ……」
一通りの魔法を試し終わると、安堵の息を吐く。魔力の乱れもないし、体に異常もない。
ふと晴れた空を見上げる。
ブランシェットへ馬車でやって来た日も思ったけれど、公爵邸はさすがに自然の魔力に溢れている。
「辺境地にあった孤児院とは大違いだなぁ……」
意識を集中させるとふわふわと綿毛のような魔力のかたまりが空中を泳いでいくのがいくつも見えた。
魔力の扱い方には個人差がある。
道具を介したり魔法陣を形成したりするのが一般的らしい。そのやり方は個人の技量や相性によって異なり、人の数だけ存在すると言っていい。
脳の柔軟性が大きく関わっているという文献もあるが、事実は知られていない。
だから訓練の仕方は人によってだいぶ変わってくる。最初は自分なりのやり方を模索するしかない。そこから相性の良い先生となる人物と巡り会えれば御の字だけど……。
「魔法の練習? 先生してやろうか?」
空から声が降ってきたと思ったら、いきなり逆さになったテオの顔が真正面に現れた。
ギャッ!と声をあげて飛び上がる私に「可愛くない悲鳴」とケラケラ笑って空中でクルンと半回転。そのまま静かに地面に足をつく。
こいつはなんでいつも普通に登場できないんだ! 本当に百年近く生きてきたひぃおじいちゃんなの?!
憤りを覚えたが、また機嫌を損ねられては面倒くさくなるので、喉元まで出かかった文句はグッと我慢し、かわりに無愛想に返事を返す。
「先生? テオが?」
「適任だろ?」
確かに、テオの正体は魔力量も扱い方も皇帝に並ぶと噂されるセオドア・リュカ・サイラス。
今は子供の姿をしているけど、これでも本当は当主様なのだ。魔法スタイルは私と共通しているところがあるし。
私は基本的に魔力操作に陣や道具は用いない。イメージの湧きにくい魔法や、失敗できない魔法は陣に頼ることがあるけれど。移動魔法もその一つだ……。
「そういえば、テオはどうやって魔法を覚えたの?」
「生まれて肺呼吸を始めるのは本能だろ? 息の吸い方に説明は必要か?逆に難しいだろ」
「なにそれ! 生まれつきってこと?」
つまり突然消えたり現れたり、何もない所から物を出したりするのは、テオにとっては呼吸と同じくらい当たり前の行為ってこと?
中には陣を頭に叩き込んで、その陣を形成する繊細な魔力操作を苦労して覚える人だっているのに。次元が違いすぎる!
「お前も、お前の弟も同じことやってるじゃん」
「いや、全然違うと思うけど」
最初から身についていた能力と比較されても困る。
「じゃあお前はどんな覚え方したんだ?」
どんな、と言われても答えに困る。
「イメージ? 感覚? あ、魔力の流れみたいなものは見えたりしたからそれを参考に?」
風魔法ならふわふわ流れる魔力をイメージしたり、火魔法ならめらめら燃える魔力をイメージしたり。デュランからもれ出る殺気なんかも、黒いもやもやに見えた。
「なんだそりゃ?」
もしかしたらテオにも同じものが見えてるかと期待したけど、この様子では私にしか見えていない景色のようだ。
説明を聞いたテオはふぅん、と興味深げに私……というより私の内側を視るような眼差しを向けてきた。
「お前、目がいいんだな」
どういう意味か分からないけど、これは褒められているのだろうか?
「公爵も赤ん坊のお前が周りの魔力に反応してたって言ってたし、生まれつき魔力感度が高いんだろうな……ん?」
じっと向けられていた好奇の眼差しは、しかし怪訝なものへ変わった。
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