第33話 相対する二人


 カーティスは屋敷の二階からバラの庭園を眺めていた。


 ここからは庭園の中心に建つガゼボの屋根が目視できた。今日はそこで親子二人のお茶会が開かれていると聞いていた。


「……何しに来た」


 こちらに向かって悠然と歩いてくる姿を視界の端にとらえ、窓の方へ顔を向けたまま問いかける。それ以上近付くなという意味も込めて。


 相手はギリギリのラインを見極めているのか、絶妙な距離を空けて立ち止まった。


「ちょっと様子を見に」


 ふてぶてしい発言と態度は最初から変わらない。何より姉と会ったばかりにも関わらず、親しげに接しているのがカーティスは気に入らなかった。


「用がないなら帰ったらどうだ」


テオ・サイラス。


 サイラス公爵の子息らしいが、どこか薄気味の悪さを覚える。


 あまり姉に近付けさせたくなかったが、青い薔薇の経過を診ることができる人間は彼しかいないため、滞在してもらっている。


 他にもいくつか恩があるため、追い出すよう提案することもできなかった。


「振られたんだろ?」


 しかし、そんな自制心さえも凌駕するほどの怒りが、テオの一言で沸き上がってくる。


 気に障ることを平然と口にする。人を不快にさせるのが相当得意なようだ。


 睨むように相手を見れば、こちらの反応を楽しむような底意地の悪い顔がそこにあった。


「聞いていたのか」


「見てれば分かる」


 ハンカチを届けに行った日以来、姉には会えていなかった。傷つけてしまったかと思うと顔を会わせるのが躊躇われたからだ。


「今のままだとあいつは証言台には立たないぞ。ベハティ公爵も娘が望むなら不利になろうと無理強いなんて絶対させないだろうな」


「……」


 まさか姉さんにあそこまで証言を拒否されるとは思わなかった。昔から自分の為にすすんで動く人ではなかったけれど、非道な行いを見逃すような人でもなかったのに。


 あの時姉さんは自業自得だと、まるで自分を責めるような言い方をしていた。


 姉さんがブランシェットにいて得られた利益よりも、姉さんがブランシェットの為に積み上げてきた功績のほうが何倍も大きいはずなのに。


 しかもそれが姉さんの手柄になることはなかった。なんの不満も漏らさず尽くし続けた姉さんに対する仕打ちが『あれ』だ。


 カーティスはあの日見た『光景』を思い出し、ぐっと奥歯を噛み締める。そんな心中を知ってか知らずか、テオは吐息混じりに話を続ける。


「そもそも、あんな説得であいつを証言台に立たせようなんて無理な話だ」


 テオの口ぶりから、やはり会話を盗み聞いていたことが分かる。相手も承知の上での発言らしく、飄々とし続けるその顔に殺意を覚えた。


「あいつは自分の事なんて二の次にしか考えてない。そのくせ他人が悲しい目に遭うのは絶対にダメだって言うような奴だ」


 そんなことは、言われなくても知っている。分かっている。ずっと見てきたのだから。


 幼い頃、勉学や魔法の練習に励む姉さんに、なぜそこまで頑張れるのか尋ねたことがあった。


「誰かの役に立てるのが嬉しい」

「もしもの時、困ってる人を助けられる力を身に付けておきたい」


 そう答える姉さんに、当時は憧れと尊敬の念を抱いていた。


 けれど今はその信念が歯痒い。姉さんは他人のための努力を惜しまない。献身的で、そして犠牲的な人だ。恐ろしいほどに。


「……お前はこのままでいいと思ってるのか」


 何を言ってるんだ、とでも言うようにテオは鼻で笑った。


「そうさせてるのはお前だろ?」


 核心を突く言葉に、カーティスは何も言い返せなかった。


 それは心の中を覗かれているのかと疑うほど、的確な指摘で焦燥感にグッと拳を握り締める。


「目隠しさせたままあいつを証言台に立たせようなんて、それは我が儘ってもんだろ。正直に全部話すんだな」


 すべてを知っているはずなのに、簡単にものを言う。


 確かにサイラスからすれば、どんな結果になろうと関係のない事だろう。しかしこいつは姉さんに関する発言だけ明らかに他と異なっている。


「お前は、姉さんの何を知っているんだ?」


 怒りから出た言葉ではなく、単純に疑問を感じた。すべてを分かっているような物言いは、思えば最初からだった。


 姉さんと言葉を交わしたのは、ほんの2ヶ月ほど前からだというのに、何故確信をもった発言ができる? どうして出会ったばかりの姉さんの肩を持つ?


 カーティスにとってそれが不思議で、同時に不愉快でもあった。


 問い掛けられ、テオは一度窓の向こうの庭園へ視線を送った。


 ここからでは二人の姿を見ることはできないはずだが、その瞳にはまるで姉の姿が映っているかのようだった。


 やがて唐突に踵を返す。


「さぁな」


 それだけ言って文字通り音もなく消えた。



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