第26話 テオのこと


 デュランから聞いた話をまとめると、こうだ。


 サイラス公爵もテオ同様、幼少期に青い薔薇が発現したらしい。当時、自分を治療してくれた魔法医師がベハティにいることを知ったサイラス公爵は、密かにテオを送った。

治療を終えサイラスへ帰る最中、私を見つけたテオは、近くの公爵邸へ私を運び、身につけた治療法を施し助けてくれた。


「……って聞いたんだけど、本当なの?」


 私は今日聞いた話をテオに確認してみた。

 

 テオは私の部屋のソファに腰掛け、私の部屋のテーブルに用意されたマカロンを我が物顔で頬張っているところだった。モグモグと口を動かしながら大きな青い瞳をパチパチと瞬かせている。


 ちなみにこのマカロンは毎回手を替え品を替え、私を太らせるために常時部屋に用意されているものだ。今日は色とりどりのマカロンがタワーのように積まれた状態でテーブルに備えられていた。


 テオは思い出すように視線を左へ向けた。


「あぁー……確かに言ったな、そんなこと。まぁ、全部嘘だけど」


「嘘?!」


「あんなの出任せの作り話だよ」


 やけに余裕たっぷりと自白しているけど大丈夫なの? 詐欺罪で捕まらない?

 テオは私の紅茶をごくごくと飲みながら大丈夫、大丈夫と軽く笑う。


「セオドア・リュカ・サイラスって俺の事だから」


「は?」


 何を言いだすんだ、という私の眼差しにムッとする。


「だから、俺がサイラス公爵なの。サイラス家の当主!」


 言い直されても、まるでピンとこなかった。


「だったらいいなぁ~って話?」


「おい、いい加減怒るぞ」


 テオは持っていたティーカップをピン、と弾くように放り投げた。紅茶の入ったカップは、無重力に放たれたようにクルクルと空中で回転しながらソーサーの上に静かに戻される。なんとも絶妙な魔力操作。


 ええと、つまり。


「本人が、本人の子供のふりをしてるってこと?」


 そう考えれば生意気な発言や私を治療してくれた天才的な魔力操作にも合点がいく。

 テオは「やっと理解したか」とマカロンをもう一つ口に放り込んだ。


「『ブルーローズを治療した魔法医師』も実際には存在しない。こんな薔薇ごとき、自分でなんとかできたからな」


「じゃあ、もしかして私が気を失う前に見たあの人影ってテオ、じゃなくて、本来の姿のサイラス公爵様……?」


「ああ、あの時は重くて潰されるかと思ったな」


 マカロンをバクバク食べながら何を言う!


 あまり覚えていないが、恐らく落下した時下敷きにしてしまったのだろう。ぼやけた視界と逆光で、はっきりと見えなかったが青年の体躯をしていた。だからテオとは別人だと思っていたのに。


「なんで子供の姿になってるの?」


 マカロンをもう一つ取ろうとする手を掴んで止め、こちらとの会話に集中するようグッと顔を寄せ問い詰める。今日はとことん質問攻めにしてやると決めているのだ。


 テオは眼前にある私の強い眼差しに気圧されたようで、面倒臭そうに吐息した。私に止められた手をサッと引っ込める。


「さすがに当主の俺が何の許可もなくここにいたらまずいだろ。だからサイラス公爵の息子が、治療のためにお忍びで、って名目でなんとか見逃してもらってるわけ。世間でこの薔薇は嫌厭されてるから、丁度いい言い訳になった。まぁ、そのおかげで色々こき使われてるけどな」


 ああ、だから茶葉を取りに行ったり花を摘みに行ったり、やけに従順だったわけだ。


「それじゃあ今、サイラスは当主不在ってこと?」


「いや? ちゃんと俺の代わりは置いていってるから大丈夫。何回か顔も見せに行ったし」


「代わりって?」


「ちょっと前に捕まえた精霊に変装が得意な奴がいるんだよ」


「精霊を捕まえたですって?!」


 精霊なんて滅多に人の前に現れるものじゃないし、そもそも姿を見たり声を聞いたりできる人だってそういないのに。もう聞けば聞くほど規格外の話ばかり掘り出される。私はグラつく頭を手で支えた。


「でも、じゃあテオ……じゃなくて、サイラス公爵」


「テオでいいぞ」


 テオがサイラス公爵本人なら、もっと敬うべき人物なのだが、今更態度を改める器用さは持ち合わせていない。本人も気にした様子はないし、いま目の前にいるのはテオなんだからこのままでいこう。


「じゃあテオ! テオはどうしてあそこにいたの? 本当は何の目的でベハティに来てたの?」


「あ~、それな。本当ならサイラスの屋敷で眠ってるはずなんだけど……」


 そう言って何か考えるようにジッと私を見つめていたが、やがて納得したように頷き小さく微笑んだ。


「まぁ、細かいことはいいだろ」


「??」


 何それ。自分だけすっきりした顔して!

 またとんでもない事実が発掘されそうな気がして、怖くて追求することに躊躇いを覚える。


「はぁ……」


 話が長くなってきた。

 テオの隣に腰を下ろすと、いつの間にか新しく紅茶の注がれたカップが目の前に置かれていた。こんなことできるのは隣に澄まし顔で座っている人物くらいだ。飲んで一息つけ、と言いたいらしい。


 丁度喉を潤したかったのでありがたい。私はお礼を言って口をつけた。そんな私の横顔をテオがジッと見つめてくる。


「そういえば、仲良し親子計画は順調に進んでるのか?」


「何それ」


 そんな計画が進行していたなんて初耳だ。


「公爵様とは今日も一緒に庭園を散歩したよ。昨日は一緒にお茶したし」


「その割には楽しそうじゃないな、お前」


 図星をつかれ、黙り込んでしまう。実際、複雑な気持ちでいっぱいだった。私はカップの飲み口を親指で無意味になぞる。


「お前、なんであの時『自分も父娘になりたい』って答えてやらなかったんだよ。殺されないって分かって安心したろ?まぁ、性格は……ちょっとあれだけど」


 それをお前が言うのか、と思ったが口にするのはグッと我慢した。


「娘想いの、いい父親だと思うぞ?」


「……うん」


 それは私も同意見だ。父娘の絆を深めたいと言われて、嫌だとは思わなかった。ともに過ごす時間を心地よく感じたし、かけてくれる言葉や優しさがとても嬉しかった。


 けれど、だからこそ私はデュランと父娘として距離を縮めるのが怖かった。


「じゃあとりあえず、早く『お父様』って呼んでやれよ」


「え?」


「呼ばれたがってるの、気付いてなかったのか?」


 テオに言われて、そこで初めてハッとした。まさかレベッカがやたら「父親」を連呼していたのはそういう意図があったから? そういえば、デュランが落ち込んだ顔をしたのは私が「公爵様」と呼んだ直後だ。あれは他人行儀な呼ばれ方にショックを受けていたのだろうか?


「うーん……」


「呼びたくないのか?」


「呼びたくない、というより……」


 一瞬エドガーの眼差しが脳裏をよぎり、私は瞳をふせた。


『お父様』その言葉を口にしようとすると、冷たく私を見下ろすエドガーの瞳を思い出す。これもトラウマと言うのだろうか?

 ……ううん、根本的には違う気がする。


「テオ、私自信がないの」


「なんの?」


 私はカップを両手で包むように持ち、今度は両手の親指で縁をなぞる。


「ちゃんとした、親子になれる自信……」


 チラリとテオの様子を窺えば、なんだそりゃ? というような、しかめっ面をしていた。


「お前、本っ当にいつもわけ分かんないことで悩んでるよな」


 思い切って不安を口にしたというのに。コイツに相談するんじゃなかった、と私は激しく後悔した。


――コンコン。


 ノックの音がした。


「カーティスです。いらっしゃいますか」


 その声に私はすぐにカップを置いて軽快に立ち上がる。入ってくるよう声をかけつつ、ドアの前まで駆け足で弟を出迎えに行った。


「失礼します……」


 控えめに開かれるドアがもどかしく感じて、こちらからもドアノブをぐいっと引っ張ってみる。勢いよく開いたドアの向こうから瞳を丸くしたカーティスが現れた。


「いらっしゃい!」


 先日の脱走未遂の件ではからかわれたから、ちょっとした仕返しのつもりだった。子供っぽかっただろうか? しかしそんな幼稚な私の悪戯にカーティスは笑ってくれた。


「誰かいらっしゃったのですか?」


 高く積まれたマカロンタワーが視界に映ったのだろう、カーティスの視線がそちらに向かう。


 あ、しまった!



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