第42話 カーティスの過去2



「やはり、あの子のような魔力量は見込めないか」


 ある日、執務室で部下と話をする父の声を耳にした。その時はなんの話をしているか分からなかった。ただ強く耳に残った言葉がある。


「リターシャは惜しかったな」


 娘の死を悼んでいるようにはまるで聞こえなかった。


 きっかけはその一言。けれど疑念は一気に膨れ上がり、俺は姉さんの死について密かに調べることを決めた。


 そうして孤児院がすでに存在しないこと、姉さんが迎えられた本当の理由、他にもニ名の子供が屋敷で資源同等の扱いを受けていたことが分かった。調べれば調べるだけ掘り返される、耳を覆いたくなるような真実に俺は吐き気がした。


 当時は自然災害の影響で例年よりも気温が下がり、魔力を必要とされる年が数年続いていた。魔力の衰えたエドガーの代わりとして子供たちは集められたのだ。


 俺が事実に気付いた時には子供たちは処理された後で、その頃になると兄も家業を手伝うようになったためかエドガーが魔力持ちの子供を屋敷に招くことはなくなっていた。


 核心的な証拠が得られないまま時間だけが過ぎていく。焦燥感に苛まれた俺は、見方を変え、姉さんの本当の両親を捜してみることにした。自由に屋敷の外を出歩く機会を得るために、エドガーから学園に通う許可を得て公爵邸を出ると秘密裏に行動にうつした。


 姉さんの特徴的な赤い髪色はベハティの人間に多く、孤児院の場所も位置的に近い。唯一、姉さんが持っていたというハンカチを手がかりに、俺はベハティ地方の町や村にも足を運び聞き込みを繰り返した。


「そんな上等なハンカチ、私らには持てないよ」


 ある日言われたその言葉にハッとした。姉さんが貴族の子供である可能性にそこでようやく気が付いたのだ。己の愚かさに苛立ちを覚えた。それから貴族の家族構成や交友関係、表から裏の話まで些細な情報も見逃さないよう調べを続けた。


 その過程で妻子を亡くし、子供の墓だけ一向に建てる気配のないベハティ公爵の話を聞いた。ベハティ公爵夫人の名前が「リターシャ」であることを知り、急いでベハティ公爵に会いに行った。


 ハンカチを見せると話はスムーズに進み、すぐに協力関係を結ぶことができた。公爵はフロスト男爵を断罪したのちエドガーの情報収集に力を貸してくれた。そして裁判への準備を進めていた矢先、サイラス公子がベハティ公爵邸にやって来たのだ。6年前と変わらない、12歳の姿のままの姉さんを連れて。


 ブルーローズの危機から脱した姉さんが目を覚ますまでの間、サイラス公子の協力で姉さんが脱出に使った魔方陣を遡ってもらった。自分たちが把握していない監禁場所が存在しているのかもしれないと思ったのだ。姉さんはそこから逃げてきたのだと、その時は思っていた。


「本当に、間違いはないのか……?」


 行き着いた場所は墓地だった。


 そこは今までエドガーが使い捨てた子供たちを葬るための小さな墓地。ブランシェットの者以外立ち入りを禁じられた森の奥に、隠されるようにして墓がいくつか建っていた。


 最初は何かの間違いだと思った。しかしサイラス公子はハッキリと断言した。


「魔方陣の元は土の下だ」


 その言葉を聞き、俺のエドガーに向かう気持ちはよりいっそう強固なものとなった。


 姉さんが入れられていた棺を掘り返し、固く閉じられた蓋を開け『その光景』を目の当たりにした時、俺は怒りに震え、ここに居た姉さんを想像し涙が溢れそうになった。


 刻まれた爪痕、剥がれ落ちた爪、乾いた血の跡、散乱する赤い髪の毛。


 そこには必死に出ようと藻掻いた無残な形跡がしっかりと残っていた。


 想像に容易い。姉さんがこの暗くて狭い棺の中、どれほど恐怖を抱いたか。怖かっただろう。心細かっただろう。凍えるほどの寒さと恐怖にどれほど震えたのだろう。どれだけ叫び声をあげ涙を流したのだろう。


 今でもはっきりと思い出せる。その時抱いた激しい感情を。



 だから俺は、何があっても、エドガーを――――。









「 」




「 ィス」






「カーティス?」


 ハッとして目を開けると、姉さんが俺を見下ろしていた。


「姉さん……?」


 呆けた俺に良かった、と笑いかけてくれる。


「勝手に入ってごめんなさい。お昼になっても部屋から出てこないって聞いたから心配になって」


「昼…?」


 ソファに横になったのはたしか夕方のはずだ。しかし今は眩しい日差しが窓から入り込んでいる。いつの間にか眠りに落ちてしまっていたようだ。こんな時間まで目を覚まさなかった自分が信じられない。


 起き上がろうと腕に力を入れた瞬間、ソファからずり落ちバランスを崩してしまった。


「わっ!」


 そのまま姉さんを巻き込むように床に倒れ込んでしまう。


「っ……!」


 ぶつけた腕の痛みに耐えながら目を開けると、姉さんの驚いた顔が触れそうなくらい近くにあった。小さな体を押しつぶすような体勢になっていることに気付き慌てて起き上がる。


「すみませんっ! どこかぶつけたりしていませんか?」


「大丈夫だよ。カーティスこそぶつけてなかった? 痛そうな音がしてたよ」


「俺は大丈夫です」


 ズキズキと痛む腕なんかどうでもいい。急いで姉さんの手を引いて助け起こすと、その軽い体はいとも簡単に持ち上がった。


「ありがとう」


 姉さんの声は少しかすれていた。よく見ると目も腫れている。ずっと思い悩み、涙を流していたのだろうか。その姿を想像するだけで胸が張り裂けそうになる。けれど、姉さんはそんな事実などまるでなかったかのような強い眼差しで俺を見て笑った。


「カーティス、少しお話しようか」


 ああ、答えはすでに決まっているようだ。


 どこまでも逞しい姉を、差し込んだ太陽の日差しが神々しく照らす。


 その眩しくも美しい光景に見惚れながら、俺は静かに頷いた。



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