第7話 真綿で首を絞められる日々



「いますぐ当主様の執務室まで来るようにとのことです」


 授業中にやってきた使用人は、それだけ伝えて素っ気なく廊下へ退いでしまった。何をしでかしたんだ?という教育係の厳しい眼差しを受けながら、私は処刑場へ向かうような重い足取りで部屋を出た。


 ついにこの日が来てしまった……。


 「海底で起こった火山噴火」という、この世界では前代未聞の災害から一週間ほどが過ぎていた。

 大波は来たのか、避難は間に合ったのか、気になって次の日の朝早くエドガーに会いに行った。しかしすでにエドガーは帝都へ向かったあとで、それからずっと屋敷を空けていたのだ。


 恐らく異例の火山噴火に関する事で話し合いがなされているのだろうとは思っていたが、詳しいことは分からず仕舞いのまま。ずっと真綿で首を絞められているような日々を送っていた。


 エドガーが屋敷に戻ってきて、呼び出されたということは、間違いなくこの件に関する報告がされるはず。嘘をついたつもりはないけれど、もし何事もなかったとなればブランシェットの評価を著しく貶めたとして、処罰されるかもしれない。


 首から上がコロンと床に落下する絶望的な想像をしながら、私は恐る恐る執務室の扉をたたいた。顔を覗かせるとエドガーは机に向かっており、私に気が付くと手に持っていた書類を置いた。


「よく来たね」


 それは、これから首を切られるというのによく来られたものだね、という意味ではないですよね?


 精一杯に浮かべた私の笑顔がひくつく。そんな心情を知ってか知らずか、エドガーは簡潔に結論を述べた。


「火山噴火があった翌朝、大波が隣国を襲った」


「!」


「漁師や近隣住民は避難させたあとで、人的被害はほどんどなかったそうだ」


「良かったです……。本当に」


 私は色んな意味での安堵の息を吐きだす。本当は大波がこないことが一番良いことなのだが……。


「それから……アシーナ国が戦争の一時休戦を申し出てきたらしい」


複雑な心境のなか、続くエドガーの言葉に私はハッとして顔を上げる。


「それは……!大波の被害に遭ったということですか?」


「敵国の被害までは把握していない。する必要もないだろう」


 冷たい言葉に、私は瞳を伏せる。敵国の心配をするのは私の頭がお花畑だからだろうか?けれど苦しんでいる人がいるかもしれないと考えると、どうしてもこの非情さには慣れないのだ。


「今後は少し忙しくなる。作物の生産量の見直しや貯蔵庫の増設、人員の要請、寒波による防寒対策など問題は山積みだからな」


「それは……」


「君が言う寒波について、詳しく話を聞かせてほしい。気付くことがあれば忌憚なく意見を述べてくれて構わない」


 つまり、私の話を信じて動いてくれるということだ。恐らく大波が来たと報告を受けた時点で帝都へ向かい、行動に移せるように話を通してくれたのだろう。ここまで迅速に話が進んだのはやはりブランシェットの名前が大きい。まさかここまでしてくれるとは思わなかった。


「ありがとうございます!」


 私は大きく頭を下げた。

 そんな私を、エドガーは静かな眼差しで見つめていたことに気付かなかった。



 その後、私は必要な勉学を進めつつ、エドガーのもとでたくさんの経験を積ませてもらった。農作に対する助言や寒波への対策案などをエドガーに提案し、あとは今後大量に必要となる魔力を魔力石へ納める作業が続いた。


「お父様、ベハティへの支援に関してお願いしたいことがあります」


 アシーナとの戦争は今もなお休戦状態が続いていた。休戦を申し出た真意が分からず、いまだ音沙汰ない状態だった。


 大波による被害への対応に追われている可能性があげられたが、そう思わせ、こちらの油断を狙っているかもしれない。そんな意見も飛び交う中、ベバティはいまだ臨戦態勢を解けない状態にあった。いくら戦闘に優れた者たちとはいえ、心が完全に安まる暇がない今の状態は精神的によくないだろう。


「今度の食料支援の際、カモミールを一緒に送っても構いませんか?」


「カモミール?」


「はい。少量をいくつか束にして。私が保護魔法をかけますので、お手数はおかけしません」


 ベハティではそろそろカモミールが咲く時期であるし、「逆境に耐える」や「あなたを癒やす」といった花言葉がある。邪魔かもしれないけど、少しでも心が落ち着く瞬間があればいいと思う。


「分かった。お前の言うとおりにさせよう」


「ありがとうございます!」


 エドガーは私の我が儘にもできる限り聞き入れてくれるようになった。ブランシェットの一員として、娘として認められているような気がして嬉しくなる。このまま利用し合う関係ではなく、本当の親子のような繋がりが持てれば嬉しいと思う。


 最初は長生きするためにしてきたことだったけれど、今は人の役にたてることが嬉しい。

 ベッドで一日中横になって、何もできなかった前世の時とは違う。助けられてばかりいた私は、誰かを助けることができる。それが嬉しかった。



 そうして私がブランシェットへ来て3年ほどが過ぎた。





***



「調子に乗るなよ、ネズミ女」


 14歳になっても、ブライアンは相変わらず出会った頃のままの態度を私に貫きとおしていた。最初は母親が亡くなり、見知らぬ妹までやってきて、寂しさや家庭環境の変化から乱暴な態度をとってしまうのかもしれないと思っていた。けれど、こいつは数年経っても何も変わらない。


「調子になんて乗ってません。スカンクお兄様」


 私はジッと生意気な顔を見据え、笑顔で言い返してやる。そっちからけしかけてきたのに、ブライアンは唇を噛み締め私を睨んだまま黙ってしまう。


 今日も平和だ。

 私はそのまま素通りして自室へ向かった。


 エドガーと行動する私が気にくわないようで、顔を合わせれば今のような憎まれ口ばかり叩いてくる。次期当主となる身としては私が目障りなのだろう。随分お暇なことだ。


「こっちは毎日気が気でないっていうのに」


 今まで念入りに寒波や被害対策について意見し、行動してきたけれど不安な点は多々ある。


 一番は、元いた世界のように火山噴火によって気温を下げる微粒子が放出されるかは分からないということ。つまり寒波なんて起きないかもしれないのだ。


寒波がくれば今までの対策が功を奏するが、人々が寒さに苦しむことに変わりはない。こなければ人々が寒さに苦しむことはないが、ブランシェットの名誉に傷がつき、私の立場も危うくなる。


 つまり今も私は絶賛、命の綱渡りを渡っている最中なのである。渡りきるのはいつになるのやら。


「姉さん!」


 呼ぶ声に顔を上げれば、部屋の前で私の帰りを待つカーティスの姿があった。

 この子ももうすぐ10歳になる。大きくなったなぁと微笑ましくなって頭を撫でた。


「姉さんはいつも僕の頭を撫でますね」


「ごめん、嫌だった?」


「いえ……姉さんの好きにしてください」


 唇を尖らせながら答えるカーティスに、素直じゃないなぁと微笑む。満足するまで頭を撫でて手を離すと、カーティスは数日前に貸した本を返してきた。


「もう読めたの?カーティスは本当に賢いね」


「姉さんほどじゃないです」


 お世辞まで言えちゃうなんて、本当に私の弟は天使すぎる。


「姉さん、また魔法の先生をしてくれませんか?」


 カーティスも私に倣うように、幼い頃から魔法の勉強を始めていた。


「姉さんの教え方が一番分かりやすいんです」


 魔力の扱い方にはそれぞれ個性があるのだが、カーティスは私の教え方が合っているようだ。

 照れたように頬を赤らめながら、私をじっと見つめるまん丸の赤い瞳が最高に愛らしすぎる。そんなに可愛くお願いされたらどんなことでも叶えてあげたくなってしまう。


「ええ、いつでも大丈夫よ!」


 ここでの生活にもすっかり慣れて、私が孤児院のみんなを思い出す回数は減ってきていた。可愛い弟がいて、親孝行ができて、スカンクな兄は腹立たしいけど、私は前世でできなかったことを精一杯やれている。


 きっとこれからも、この日々が続くと信じていた――。


「あれ、姉さん」


 カーティスが小首を傾げて私の手元を見ている。


「その手はどうしたんですか?」


 カーティスの言葉に視線をおとす。


 右手の甲。


 そこには一輪の青い薔薇が咲いていた。



――この時までは。



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