第8話 帝国図書館
その日は久しぶりに四人揃って夕食をとっていた。
私は自分の右手をちらりと確認する。今は手の甲まで覆う服を身に纏っており青い薔薇は隠れている。これがいったいなんなのか、自分なりに調べてみたが結局手がかりは得られなかった。
本当はエドガーに相談するべきなんだろうけど、言ってはいけない事のような気がしてカーティスにも薔薇のことは黙っているようお願いした。
けれど、このままというわけにもいかない。できれば原因をはっきりさせて自分で解決してしまいたい。
そのためには……。
「お父様、今度の帝都で行われる会議に私も同行させていただけませんか」
タイミングを見計らって、私はダメ元で尋ねてみた。
一番に反応を示したのはブライアンだ。
「まさか、自分も会議に加わりたいなんて図々しいことを考えているわけじゃないよな?」
エドガーに話しかけているんだから、横からじゃれつかないでほしい。私は心が広い大人なので仕方なく相手をしてやる。
「とんでもない。ただ帝国にある図書館へ赴いてみたいと思っただけです」
「帝国図書館に? お前が?」
国一番の蔵書数を誇る帝国図書館ならば、青い薔薇に関して何か分かるかもしれないと思ったのだ。
ブライアンは生意気とばかりに鼻を鳴らす。
「屋敷の書斎で事足りるだろう」
「先日、全て読み終わりました」
笑顔で応対する私にブライアンは険しい顔を見せる。
「は? 屋敷の本を全部? 何千冊あると思ってるんだ。冗談もほどほどにしろよ」
「冗談じゃありません。お兄様が授業をサボって居眠りしている間に、3冊は読み終わります」
「なっ……!」
それに、置かれてある図書の数が少なすぎる。せいぜい学校の図書室分程度しかない。種類も厳選されすぎている気がする。寒さで室内に閉じこもる事の多い市民の間では読書は数少ない娯楽とされていたけど、貴族の間ではそうでもないのだろうか。もったいない。知識は宝なのに。
顔を真っ赤にして押し黙ってしまうブライアンに代わり、ようやくエドガーが口を開いてくれた。
「本の仕入れを増やすよう言っておこう」
「父さん! 甘やかしすぎではないですか?!」
机を叩きながら立ち上がり抗議するブライアンに驚き、隣に座るカーティスがビクリと肩を揺らした。
食事中に急にいきり立つんじゃない!私の可愛い天使がびっくりしてるじゃないか!
エドガーもブライアンに対し「座りなさい」と静かな口調で叱りつける。納得のいかない表情で渋々席につくと、ジロリと私を睨んできた。
「それから、同行するなら帝都にいる間はブランシェットの名に恥じない振る舞いを心がけなさい」
エドガーのあっさりとした返答に私は遅れて気が付く。つまり、同行を許可するということだ。
「ありがとうございます!」
笑顔で感謝を伝える私に、ブライアンは忌々しそうに鼻を鳴らした。
鼻息の荒いスカンクだこと。
そんな出来事から数日後、私はエドガーとともに帝都へとやってきた。
移動魔法があるため、ブランシェットから帝都までは一瞬だ。簡単な身分確認をして、今は馬車で会議場へ向かっていた。
これから向かう図書館で原因を見つけられたらいいんだけど……。
ぼんやり右手を見つめていると、エドガーに名前を呼ばれた。どうやら目的地に到着したようだ。
「君はこのまま図書館へ向かいなさい。帰りは夕刻ごろになるだろう」
「分かりました」
エドガーは騎士に私を頼むと言い残し、馬車を降りていった。ゆるりと走り出した馬車は、間もなく帝国図書館へ到着する。私を降ろした馬車はここで待機するのかと思いきや、そのまま走り去ってしまった。
ポカンとしていると、護衛の騎士達も馬に乗ったままどこかへ行ってしまう。
「夕刻前にお迎えにあがります」
粗雑なその一言を残して。
ああ……。なるほど。
どうやら、当主の目のない屋敷の外でまで私を世話する気は微塵もない、ということらしい。
思えば屋敷の中でも私の身の回りの世話は、いつも適当に済まされていた。おかげで体の変化に気付かれずにいるのだけど……。当初から感じていたけど、やはり私は歓迎されていない存在のようだ。
まぁ、危険な場所でもないし、むしろ都合が良い。私は一人で図書館内へ足を踏み入れた。
「わ……!」
思わず口から出そうになった感嘆の声を飲み込む。
さすが、帝国一の図書館。館内はとても広く、棚の配置や照明、落ち着いた室内装飾や観葉植物など、読書に最適な環境が整っている。
私は最初にどの分野の書物がどこに配置されているのか案内板でザッと確認し、二階へと足を向けた。
病に関する本がずらりと並ぶ棚の前に立つ。
私は最初、この青い薔薇は呪いの類いによるものではないかと思い調べてみた。しかしそれは禁忌の魔法であり詳しい文献も残されていないようだった。たとえ帝国図書館にあったとしても閲覧が制限されているはずだ。
だから今日は、青い薔薇がこの世界特有の病である可能性を考え、治療方法を調べにやってきたのだ。
持てるだけの本を座席まで運び、読み終わったら棚に戻す。それを何度か繰り返した。
「ふぅ……」
なかなかそれらしい症状が見つからない。思わず吐息がもれた時だった。
「『アスリピハナ』の症状について詳しく書かれていた本はどれでしたか?」
静かで落ち着いた声が真後ろから聞こえた。振り返ると私と同年代くらいの子供が立っていた。半ズボンを穿いているが、男の子か女の子か判断が付かない。コスモス色をした長い前髪が両目を隠しており、どこか不思議な印象を与える子供だった。
「えっと……確かこの本だったはずです」
私は何冊か前に読んだ本を手に取り、ページを開いて差し出す。内容を確認したその子はすごい、と小さく呟いた。
「本当に全部読んでいるんですね」
前髪の隙間からちらりと見えたアメジストの瞳が、好奇の色に染まるのが分かった。先ほどの質問といい、そんな言葉が飛び出してくるということは、私の事を監視でもしていたのだろうか?
「速読ができるのですね。大変素晴らしい能力です」
「あ、ありがとうございます」
興味を示してくれるのはありがたいけれど、今日は友人を作りに来たわけではない。ここへも気軽に赴けるわけじゃないので、できれば情報探しに戻りたかった。
そんな私の心の声が聞こえたかのように、その子の視線がズラリと並ぶ本に向けられる。
「何か調べものですか? 教えてくださればお力になれるかもしれません。ここへはよく通っているので」
少し迷ったが、悠長にしていられない状況が私の口を開かせた。
「ええと……魔力に反応して発症する病があるか調べていたんです。知っていますか?」
「魔力に反応して発症する病、ですか……」
私は右手に触れる。じつは先日から魔力を使うと熱をもつようになっていた。明らかに魔力に青い薔薇が反応している。状態は日に日に悪化しているように思う。
「……随分と珍しい症状をお調べなんですね」
考えるような仕草を見せて、少しお待ちくださいと踵を返す。しかし思い出したように一度立ち止まり振り返った。
「そういえば、名前を名乗っていませんでしたね。自分のことはハリーとお呼びください」
「あ……私はリターシャと言います」
ハリーと名乗ったその子は口元に笑みを浮かべ再び背を向けて行ってしまった。一先ず読書しながら待っていようと本を手に取りその場で表紙をめくった。
それからしばらく待ったが、一向に帰ってくる気配がない。
もしかして忘れられてる?
不安になった私はハリーが歩いて行った方へそろり、と足を踏み出した。
「たしか、こっちに曲がっていったはず」
全面ガラス張りになった突き当たりを左に進む。しかしその先は行き止まりになっていた。辺りを見回しハリーを捜してみるが見つからない。いったい何処に行ってしまったのか。
「……ん?」
どこかから、微かに魔力が感じられた。
図書館内では本を傷つけるような魔法は自動で無効化されてしまう。
近くに書庫を運ぶ移送用の魔法陣でもあるのだろうか? けれど、どこか違和感を覚える魔力だ。
意識を集中させ魔力の出所を探してみる。
「壁の中……?」
呟きながら壁に触れた瞬間、ガチャリと音がして目の前に扉が出現した。
「わわっ……!」
恐らくもともとここにあった扉を、魔法で壁に見えるよう仕掛けがしてあったのだろう。
ドアはひとりでに開いていく。廊下が続いており、左右にはいくつか扉が見えた。
違和感は一番手前の部屋から感じられた。中へ足を踏み入れると、後ろで勝手にドアが閉まる。気にせず廊下を進んで部屋の前まで来ると、ドアを開けて中を覗いた。
「わぁ……!」
そこにはたくさんの本が積まれていた。天井は高く、二階もある。どうやら古くなった本の修繕や、本棚に並ぶ予定の新図書の倉庫になっているようだ。
魔法で空間が拡張されているのだろう。廊下側で見たドアとドアの間隔からは考えられないほど広かった。
部屋の中央部分は円形にせり上がっており、四方から上れるよう階段が設けられている。近づいて確認してみると、移送用の巨大な魔法陣が描かれていた。違和感はそこから感じられるようだ。
「これは……」
魔法陣に触れようとした時、誰かに腕を掴まれた。
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