第48話 法廷前
昨日は結局あのまま気疲れして眠ってしまい、夕食にみんなと顔を合わせることができなかった。
デュランが気を利かせて寝かせたままにしておくよう指示したそうだけど、できれば起こしてほしかった!
案の定、朝は準備や確認作業に追われゆっくりと話をする暇もなく、あっという間に裁判開始をむかえてしまった。
目の前の大きな扉の向こうでは、すでに裁判が始まっている。
本来なら私も傍聴席に座っている必要があるが、被害者であることが考慮され証言人として呼び出されるその瞬間までここで待機させてもらっている。
裁判の流れは何度も繰り返し話し合い、頭に叩き込んでいる。
といっても、私は真実を主張し証明するのみで、カーティスやデュランに比べればやることも法廷内にいる時間もずっと少ない。
「ふぅ……」
それでもやはり、緊張してしまう。
この分厚い扉が開く時、数ヶ月ぶりにエドガーとも顔を合わせることになる。エドガーはそこで初めて私の生存を知るはずだ。
棺の中の私を見下ろすエドガーの眼差しがフラッシュバックする。
ドクドクと心臓の音が体中に木霊して、それはだんだんと早く大きくなっていく。
「ちゃんと息をしろ」
ポン、と背中を叩かれた。
「テオ……!」
気付けば当たり前のようにすぐ側に立っている。いつも唐突な出現にびっくりさせられるけど、今は気が紛れて丁度良い。
私は言われたとおり、一度深呼吸して肺いっぱいに酸素を取り込んだ。少しだけ気持ちが楽になる。
「あれ? そういえば、テオは裁判には出ないの?」
今更ながら、今までテオが裁判に関する話し合いに参加したことがなかったことに気付く。最近はあまり姿も見かけなかった。
罪を暴く用意があるような発言をしていたように思ったが、傍聴席にも座る気はないようだ。
まぁ、今からでは座る席もないだろう。
今回の裁判は当主問題にも関わる大きな事件だ。世間から注目されないわけがなく、多数の傍聴希望者が出たため、事前に抽選がおこなわれたそうだ。
「お前が証言するなら俺の出番はいらないだろ。一応、備えも必要だろうし」
「備え?」
それは一体何に対して言ってるんだろう?
ここは厳重な警備で守られた裁判所だ。ここで起こった問題行動はすぐに処罰されるし、物騒な事も起こらないと思うけど。
「それに、周りの人間が解決するよりお前自身が自分でけりをつけたほうがすっきりするだろ。俺はあいつを裁くのはお前の役目だと思ってる」
テオは分厚く大きな扉を見上げ瞳を細めた。なんとなく私もそれに倣う。
この扉一枚隔てた先は法廷だ。裁判が始まってしばらく経つから、私が呼ばれるのももうすぐだろう。
「本当は俺が――してやりたいくらいだが」
一部言葉が削り取られたような、不自然な呟きがすぐ側で聞こえた。
「えっ?」
振り返ればいつもの呑気な顔をしたテオがいる。不思議に思ってテオの後ろを覗くように確認するけど、特に変わったものは見えない。
「どうかしたか?」
「ううん……」
一瞬後ろ側の空気だけが張り詰めたような気がしたけど気のせいだったのだろうか。
首を傾げていると、ジッとこちらを見つめるテオの視線に気が付く。ん?と思い、見える範囲で身なりを確認してみる。
「なに?何かついてる?」
「いつものまぬけ面がついてる」
「ちょっと!」
「ははは」
まったく、こいつはどんな時でも口が減らないんだから!
からかうように笑っていたテオは、しかしふいに柔らかな微笑みを浮かべた。
「お前、よく頑張ったな」
「えっ! 何よ、突然!」
思わず目を見張ってしまった。むしろ頑張るのはこれからなのに。
そんなこと、優しい微笑みで、労るような口調で言われたらどう反応していいのか分からなくなる。調子狂っちゃうな。
ドギマギする私をいつものように鼻で笑って、テオは扉を指差した。
「ほら、呼ばれるぞ」
「え!」
テオの言葉どおり、扉がゆっくりと左右に開かれていく。慌てる私にテオの声は尚も優しい。
「大丈夫、行ってこい」
再びポン、と背中を叩かれた。
「ここで待っててやるから」
フッと緊張が解けて消えていく。
「……うん、行ってくる!」
前を見据えながら、力強く答える。
扉が開ききった。
「証人、前へ!」
裁判官の声を受け法廷内へ足を踏み入れた瞬間、一斉に視線がこちらに集中する。けれど私の心は不思議なくらいに落ち着いていた。
少しも怖くない。
私は真っ直ぐ前を向き、臆することなく証言台へと歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます