第39話 真実2


カーティスは私が落ち着くのを待って、話を続けた。


「ここから先は、姉さんがフロスト邸にいた頃の話になります。お話するべきか迷ったのですが……」


「……大丈夫。私に伏せられていたこと、全部教えてほしい」


躊躇うカーティスに強い眼差しを送る。私は私の事を、私に関わった人たちの事を、もっと知らなければならないと思った。


カーティスは頷き、再び視線を落とした。


「……俺がベハティ公爵と手を組んだ際、公爵は真っ先にフロスト男爵の屋敷に向かいました。死を告げられていたはずの姉さんがブランシェットに居たことを知り、男爵の口から直接真実を聞きだすためです」


 カーティスはおもむろに白い布袋を取り出す。袋の中から砕けた黒いブレスレットを出し丁重にテーブルの上に並べた。それは私と魔力を隔てるために、デュランが家宝であるヘデラの鎖を砕いて作らせたものだ。


「以前お聞きになったとおり、公爵はこの壊れたブレスレットを見て、貴女が死んでしまったものと思い込みました。こちらの事実確認も含め、男爵に尋問を行いました」


 言われてみれば、デュランにしか外せないはずのブレスレットがどうしてこのような状態になってしまっているのだろう? ヘデラの鎖自体、そう簡単に壊せる代物ではないはずだ。


「ベハティ家の家宝であるこのヘデラの鎖は魔力を封じると同時に魔力を吸収する効果があります。この鎖はかつてオリアナ帝国に反逆した現ベハティ家の先祖を長年牢に縛り付けていた物です」


 屋敷の書庫にあった歴史書で読んだことがある。


 その鎖と牢から解き放ったのが皇族の娘で、二人はのちに夫婦となる。その際、皇帝はその娘とともにヘデラの鎖を贈ったのだと言われている。

 長年自分を縛り付けていた鎖が贈り物とされるなんて普通は皮肉めいた話だが、ヘデラの鎖は使い方によっては帝国を脅かす道具になり得る代物だった。先祖は皇帝の意志を正しく理解し、その信頼と誠意に膝を折り帝国への忠誠を誓ったのだそうだ。


「この鎖には吸収された先祖の魔力がいまだ残っていたのです。加工による影響も考えられますが……恐らくは鎖が吸収できる魔力量を超えたために、壊れてしまったのではないかと判断しました」


 その絶命に、昔ブランシェットで私が炸裂させてしまった魔力石を思い出す。


「それじゃあ、これを好機と考えた男爵が、私を屋敷から追い出したということ?」


 ブルーローズの病を持った子供だ。祖父の人柄を考えれば、厄介な存在としか思われていなかったはず。デュランとの約束で仕方なく私を預かっていたところ、排除しても差し支えない口実ができたのだ。


しかし、私の言葉にカーティスの表情は曇りの色を見せた。


「いいえ……フロスト男爵は、貴女を殺すよう、兵士に命じたのです」


 まさかそこまでの人でなしだったとは。私は言葉を失う。


「兵士から貴女を守ったのは、貴女の世話係としてフロスト邸へやってきていたメイドでした。彼女は危険を察知して、貴女を連れ屋敷から逃げ出したのです」



『お急ぎください!』



 その時、唐突に女性の声を思い出した。

 それはいつか見た夢の中の出来事。雪の降る中を、手を引かれながら必死に歩いた。


 私は、その女性を知っている。


「サーシャ……そのメイドは、サーシャという名前じゃない?」


「はい、そのとおりです」


 カーティスは少し驚いた顔をして、一冊の古びた本を私に手渡してくれた。


「それはサーシャの日記です。かろうじて、この一冊だけがフロスト邸に残っていました」


「……サーシャは?」


 私の震える声に、カーティスは静かに首を横に振る。私を逃がし、犠牲になったことは容易に想像できた。


 あの日、ウィルに助けられる前、私は追っ手から逃げていた。そして力尽き動けなくなってしまったのだろう。夢でみたあの光景は実際に起こった過去の記憶だったんだ。


 夢の中で、私が不安がらないように恐怖に耐えながら必死に笑顔を向けてくれた女性。私のお世話役として側に仕えてくれていたメイドのサーシャ。


 私はサーシャの日記をぎゅっと抱きしめる。フロスト邸で過ごしたはずの記憶は今は何一つ思い出せない。けれど、サーシャという名前の響きにはどこか懐かしさを感じた。同時に、罪悪感が胸を襲った。


「サーシャには、妹がいたそうです」


「……妹?」


 涙に濡れた瞳を上げれば、つらそうに歪んだままのカーティスの表情がある。話を初めてからその瞳は伏せられがちで、今も視線が合うことはなかった。


 カーティスは少しの間を空け、妹の名を口にした。



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