第38話 真実1
「今日はもう遅いので日を改めましょう」
そう言ってカーティスは私を連れて屋敷に戻り、部屋まで送ってくれた。
そしてその翌日、話の続きをするための場がもうけられることになった。
現在、室内ではカーティスと私がテーブルを挟んで向かい合っている。メイドは紅茶を入れ終わるとすぐに退出してしまった。
私は事の大きさに気付き、しだいに緊張を覚えはじめる。
ただ話を聞くだけだと思っていたのに、この張り詰めた雰囲気はなんだろう?
それにレベッカも他の使用人たちも、明らかにいつもと様子が違っていた。
シンと静まり返る室内に私の落ち着かない心情が見てとれたのか、カーティスは苦笑した。
「今日は二人だけで話ができる場が欲しいとお願いしました。ベハティ公爵にはいろいろ釘を刺されましたが」
釘を刺す?
よく分からないけれど、きっとデュランの事だから理不尽なことを言って困らせたに違いない。
「今からするお話は……話すか話さないままでいるかは俺に一任されていました。ですからベハティ公爵も、周りの使用人も、貴女を騙していたわけではなく、ただ黙っていてほしいという俺の願いを聞いてくれていたにすぎません」
誤解がないよう、カーティスはあらかじめ自分一人の我が儘であったことを断言した。
「姉さんにとってつらい話になると思います。それでも聞かれますか?」
最終確認をとるカーティスに私は迷いなく頷いた。私だけに伏せられていた事実。怖いけど、関係があるなら知る必要があると思った。
「……姉さんは、ご自分が魔力補填要員としてブランシェット邸に連れて来られたことはすでにご存知だと思います」
カーティスは瞳を伏せ意図的に視界から私を外し、語り始めた。
「姉さんがいなくなった後、エドガーは新たに魔力持ちの子供を使用人として屋敷に招きました。恐らく以前から目星をつけていたようです」
「!」
「聞き込みから得た情報ですので憶測にすぎませんが、おおむね事実だと思って聞いてください」
続く言葉は凄惨なものだった。
私の抜けた穴を塞ぐために、エドガーは魔力持ちの子供を言葉巧みに屋敷に招き入れたという。
そして、私の他にも数人の子供が裏で資源として扱われ、弱って死んでいった。
私と同じような目に遭った子供たちがいた事実に、血の気が引いていく。助かった私とは違い、その子たちは命を落としたのだ。
「それから……」
感情を押し殺すように淡々と語っていたカーティスは、一度そこでつらそうに言葉を止めた。
「孤児院の事ですが……」
心臓が痛いくらいに跳ねた。
まるで白い布がジワジワと汚れを吸収していくように、嫌な予感が全身に広がっていく。心臓の音が耳に届くほどうるさく鳴り響いた。
「姉さんがいた孤児院は、もうありません」
「え……?」
言葉の意味を理解しようと必死で頭を回転させようとする。けれど思い浮かぶのは孤児院のみんなの顔だった。
「もしかして、どこか別の場所に移ったの?」
やっとの思いで絞り出した私の声は震えていた。
雨漏りするような古い建物だった。エドガーは支援すると言ってくれたのだ。場所を変えて新しく建て直されたのかもしれない。それくらいの事、ブランシェットならわけないはずだ。
「いいえ」
しかし、そんな甘い考えはすぐに否定される。カーティスの悲しげな眼差しがジッと私を見つめた。
「姉さんが育った孤児院は、もうどこにもないのです」
カーティスはもう一度断言した。
私は孤児院への支援が1年程しか行われていなかったことを、その時初めて知らされた。
「姉さんがブランシェット邸へ来てしばらく経った頃、エドガーの指示で孤児院の建物は撤去されました」
「え……? じゃあ、みんなは? シスターは?」
「姉さんに関する情報が漏れることのないよう……口を塞がれたのだと、思います。唯一、エイダン卿は当時行われていた隣国との戦争支援兵として孤児院を出ていましたが、他の方々は……」
目の前が真っ暗になる。
孤児院のみんなと会うことは禁じられていた。せめて様子だけは知りたいと尋ねる私に、エドガーは「子供たちはとても元気だと連絡をもらっている」と、確かにそう言っていた。あれもすべて嘘だったのだ。
それだけではない。
辺境地に建つ孤児院の事を考え、私はブルーローズの苦しみに歯を食い縛りながら魔力を石に注ぎ続けた。
しかし、あの時すでにエドガーの指示によって孤児院は取り払われていたのだ。
カーティスは「口を塞がれた」と曖昧な表現をしたけれど、それがどのようなことを意味するのか私でも理解できた。
私は震える両手で顔を覆い想像する。
わけも分からずいきなり日常を脅かされ、恐怖に歪むみんなの顔。
思い出す。
私に話しかけてくれた時のウィルの様子。当然、孤児院のことは知っていたはずだ。あの時ウィルは子供たちのことを尋ねる私に、どんな感情を向けていたのだろう。
「真実を知った時から、俺はもうエドガーを父親だとは思っていません。そのことはエドガーにも伝えています。ブライアンも同じです。血を分けた兄弟であることをとても恥ずかしく思います」
「ブライアンは……知っていたの?」
「……確証はありません。確かなのは、エドガーは裁かれるべき罪を犯したということです」
「だから……カーティスは私に証言台に立ってほしかったんだ……?」
「……申し訳ありません」
「謝らないで……」
カーティスがつらそうな顔をした理由が、今やっと分かった。
「謝らないといけないのは、私のほう……」
私は本当に自分勝手で最低な人間だ。
「姉さんは何も悪くありません。誰も貴女を悪いだなんて思いません」
「でも、私のせいでみんなが!」
「断言します。姉さんは悪くありません。悪いのはエドガーです。みんなその事実を知っています。それでも姉さんを悪く言う人間がいたら言ってください。俺が絶対に許しません」
私の熱くなった感情をなだめるように、落ち着いた口調でカーティスは語りかけてくれる。
悔しくて悲しくて涙が溢れた。どうしてそんな酷い行いができるのか分からない。
ふつふつと沸き上がる憤りに、グッと奥歯を噛み締める。
今はただ、エドガーが憎いと感じてそれ以外何も考えられなかった。
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