第2話 餓死の危機!
「リタ、何してるの?」
「リンゴの木を植える場所を探してるの」
この世界で魔力は生活に欠かせない資源らしい。国全体の地脈に魔力が張り巡らされており、そのおかげでこの寒さの中でも農作物が育てられているそうなのだが、近年は不作が続いている。そのため食料配給も激減しているという。
私は街のゴミ捨て場で拾ってきた林檎の種をいくつかポケットから取り出すと、日当たりの良さそうな場所に植えた。
「木になるまで何年もかかるぞ?」
プッと吹き出すように笑って私を子供扱いするウィルに、私は見てろ~!と心の中で息巻く。両手を乾いた土の上に置いた。
魔力には特有の流れがある。私の目はそれを見ることができた。
意識すると、地脈を流れる魔力がまるで木の根っこのように真横に広がっているのが見える。それは国の中心に向かうほど太くなっているようだが、ここは今にも千切れてしまいそうなほど細く、魔力供給も少ない。
お手本があればそれを真似るだけでいい。おかげで魔力の扱いはみるみる上達していた。
「うーん……よし!」
種を植えた場所を中心に、一度魔力の根を張り巡らせ直すことにした。根っこをイメージして自分の魔力を流し広めていく。
するとすぐに変化が起こった。植えたばかりの種が発芽し、枝を伸ばしみるみる大きくなっていく。あっという間に立派なリンゴの木が三本、赤い実をいくつも実らせ立ち上がった。
リンゴは他品種の花粉で受粉して実をつける他家結実だ。トライアンドエラーするつもりでいたけど、一度で実をつけてくれた。運がいいぞ!
「わあっ!」
ウィルが歓声を上げる。その声を聞きつけて、他の子供たちも外に出てきたようだ。丁度良い!
「ウィル! みんな! 今から土遊びしよう!」
「土遊び?」と首を傾げるみんなに、私はふふふ、と笑いながらもう片方のポケットから緑に変色し始めた楕円形の物体を取り出した。
「今からジャガイモを植えます!」
そう宣言して、私はうち捨てられていたジャガイモを天高く掲げた。
これなら、この辺境の地でも作物が育てられる!
そうして畑を耕し種を植え、魔力を注ぐ日々を続けた結果、なんとか食料を得ることに成功した。
こうして餓死の危機は去り、しばらくは平穏な日々を過ごせていたのだが……。
それは孤児院にやってきてから数年後、私がもうすぐ9歳になる頃だった。
その日は灰色の雲が空一面に広がり、今にも冷たい雨が降り出しそうだった。一年中寒さが続くこの寒冷地は真夏の時期でも肌寒いのに、その日はいっそう空気がヒヤリとしていたように思う。
豪華な馬車に乗って、屈強な騎士を引き連れた男性が孤児院を訪ねてきた。
男性は丁重な挨拶とともに身分を明かした。
自分はエドガー・ブランシェットだ、と。
私たちの住む国、オリアナ帝国は特殊で、皇族が住む帝都を中心に周りを三つに区分されている。それは気候が大きく異なっているからだ。
南に位置する『夏のサイラス』
西に位置する『秋のベハティ』
そしてここ、北に位置する『冬のブランシェット』
1年を通して寒さが続くため、そう呼ばれている。
この地名を家名として名乗ることを許された公爵家は皇族に等しい権力を有している証。つまり大雑把に言って地位の高いお偉いさん。この男性はブランシェット公爵家、当主様なのである。
そんな人がいったいなんの用?
エドガーは私の植えたリンゴの木を一瞥すると、次に子供たちの中から迷うことなく私に視線を向けた。
「その子を、私の娘として引き取りたい」
単刀直入なその言葉に、全員の眼差しが一斉に私に向く。
「……え?」
貴族社会のあるこの異世界。平民の私が首を横に振ろうものなら、不敬罪で斬首される可能性だってある。つまり、私の命はエドガーに握られたも同然だった。
***
ブランシェット公爵が孤児院に来てから約二週間後。
「今日からここが君の家だ」
今まで一度も乗ったことのない豪華な馬車に揺られやってきたのは、これまた見たことのない豪邸だった。
ここまでの道のりに見た、左右に長く続く塀から察してはいたが、門をくぐっても走り続ける馬車に敷地の広大さを思い知らされた。流石はこのブランシェットを統治する当主の家である。
高くそびえ立つ豪邸に圧倒されていると、隣から名前を呼ばれた。
「リターシャ・ブランシェット」
まるで確認するかのようにその名を呼ぶのは、この屋敷の主であるエドガー・ブランシェット。ブラウンの髪と瞳をもつ、落ち着いた雰囲気の男性だった。
外見は30代ほどの壮年を思わせるエドガーだが、この世界の魔力を持つ貴族は少なくとも一般市民の二倍は長く生きる。肉体も魔力を持たない者より老いが緩やかなため、実年齢を聞いたときは聞き間違いかと思った。
エドガーは緩やかな笑みを口元に浮かべる。
「君は今日から正式に私の娘となった。期待しているよ」
「はい。お父様」
そうなのだ。長生きするためには、ここで私に価値があることを証明しなくてはならない。
平民生まれの中では希有な魔力持ちである私は、公爵家に貢献するため娘として迎え入れられた。かわりに孤児院への支援と私の身の安全を約束されている。つまり、私が使えないと判断されれば最悪処分されることも十分あり得るというわけだ。
孤児院のみんなと別れるのは寂しいけど、ブランシェットからの支援があればきっと今よりも楽な生活ができる。そもそも断れる話ではなかったが、私にとってもそう悪い話ではない……と、思う。
私は拳を握り、気合いを入れる。
私はここで、公女として、一分一秒でも長く生き延びてみせる!
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