第44話「陣営」

 ラーク陣営、第二アジト。

 ここも倉庫のような場所だが、集会をしていた広い倉庫というわけではなく入れる人数が限られた一つの教室程度の大きさの倉庫だ。


 そこには縄でくくられ、目にタオルをきつく巻かれている三人の生徒。

 

「こいつらが人質か?」


 確認をとったのは二年生レオ・ウィンストン。

 ラークとは幼馴染でありながら、常に彼を支え続けてきたいわばラークの右腕的な存在。

 

 人質はセイラ陣営の生徒。

 男が二人に女が一人。

 セイラ陣営は比較的女性の生徒が数多く存在している。

 そのため男手をすこしでも減らそうとした、ラーク陣営の作戦であった。


「おいとっとと吐けよ!」


 ごつんとした鈍い音がこの薄暗い倉庫に鳴り響く。

 人質の男二名はすでに顔中痣だらけあることを考えると、制服の下の体にも打撲痕はあるだろう。


「……あんまりやりすぎるなよ。 選管に見つかったら不味いからな」


「へっへっへ。 大丈夫ですよレオさん」


 レオは何が大丈夫なんだと言いたいところだったが、それ以上のことは言わなかった。

 この陣営のリーダーはレオでもなければ、サーガでもない。

 現場を指揮しているのは会長候補であるラーク・カンサダなのだ。

 ラークが指揮している以上は幼馴染レオでさえ口答えは許されない。

 これこそがラーク陣営の強さ。

 ラークが絶対的な権力があるからこそ、末端にまで彼の考えが落とし込まれる。

 ラークが恐怖で陣営の生徒を支配している限り、裏切りも存在しないのだ。


「もうやめて! 私たちが持っている情報は全て話しているはずよ!」


 セイラ陣営の女生徒はタオルの隙間から涙が零れていた。

 暴力に任せた尋問。

 唯一、被害を被っていない女性のみが口を開ける状態。

 男二人は気を失っているのか、恐怖によって精神を砕かれてしまったのかはわからない。


「うるせえよ、女。 これが終わったらお前にはやってもらうことがあるからな、最近溜まってるんだよ」


 じゅるりとした音を聞いて女は体を震わせた。

 抗えない恐怖、こんなことが第二王立学園で行われてしまう。

 これが第二王立の会長選。

 自由という島に入れられた、不運な学生たち。


「どうだ?」


 アジトにとある人物が入ってきた瞬間、ラーク陣営の生徒は手が止まった。

 敵を制圧しているのにも関わらず、なぜか緊張感が走る独特な空気。

 この空気を作り出すことができるのは、陣営の長たる彼だけ。

 第二立学園生徒会会長候補、ラーク・カンサダ。

 敵味方問わず恐怖で支配する姿はまさに、『冷徹な暴君サイレント・デスペット』。


「ラークさん、それが全然口を割らないんすよ。 本当に何も知らないかもしれないっすねこいつら」


 へらへらと笑う男は拷問をすることに対してむしろ快感を得ているようだった。

 普段下っ端の立場で上から恐怖を叩き込まれたストレスを吐き出すかのように、敵陣営の女を詰めていた。

 人質を取り尋問をするという立場が彼をこうさせてしまったのだろうか。

 

「……そうか」


 ラークは意識がある女の前に立った。

 レオは少し目線を下げる。

 幼馴染の彼であれば、ラークがこれから何をするか予想が出来てしまったから。


「後は女をマワシテ終わりって感じに————」


 その瞬間、ガゴッ!という音がアジトに響いた。

 それはまさしく骨が折れた音である。


「あ、があああああああ」


 先までのへらへらとした様子はどこへやら、顎を押さえて地面にのたうち回るラーク陣営の男子生徒。


「ら、らーくしゃん。 これはいったぁい……」


 そしてラークはもう一度、男の腹に蹴りを入れた。

 男は胃液を吐き出し、そのまま気絶。

 周りにいたラーク陣営の男たちが息を飲んだ音が鳴り響く。

 場が静まり返るラークの行動。

 彼が動くだけで陣営の生徒は畏怖を顔で表現し、体が怯えるように震えだす。

 ラークは縛られた女の髪を上に引っ張った。


「お前ら甘いだろ。 尋問っていうのはな、こうやらないと」


 そしてラークは躊躇なく女の腹にパンチを入れた。


「が、あ……」


 二度、三度。

 女が反射的な声を出さなくなるまで腹を殴り続けた。

 

 ラーク陣営は誰一人口を出さない。

 そして、レオ以外は皆畏怖の表情を浮かべていた。

 まるで自分に対して向けられているような恐怖感。

 それを感じてしまったラーク陣営の者たちは一歩も動くことを許されない。


「なあお前らさ」


 びくっと震えたラーク陣営。

 

「選挙はごっこ遊びじゃねえぞ」


 その一言。

 たった一言でラーク陣営の目つきが変わった。


「……そこらへんにしておけ、ラーク」


 唯一、陣営の中でラークを止められるのはレオのみ。

 ラークは殴るのをやめ、代わりに人質の胸倉を掴む。

 すでに呼吸は浅い状態で、すぐにでも治療しなければ死の危険性だってある状況。

 

「なあ」


 ラークは瀕死状態の人質と視線を合わせた。

 まだ息がある一人の人物に対して鋭い眼光を向ける。

 行動を共にするレオでさえ、彼の底知れない恐怖に完全には慣れていない。


「今ここで死ぬ? それともセイラを裏切って俺に味方する?」


 自分の命か陣営の運命。

 その秤は既に均等を保っていない。

 当たり前のように瀕死の生徒はラークの言葉に頷いた。

 

 その行動にラークは少しだけ口角を上げる。


「じゃあこの場でおさらばだな。 味方を平気で売るような連中に俺が頼るわけないだろ」


 刹那。

 目にも留まらない拳の軌道が人質を掠めた。

 人質の口からは血が溢れ、意識を失う。


 ラーク・カンサダ。

 恐怖で学園を支配しようと目論むこの男にとって、甘えなどはない。

 例え票数で勝っているとしても、セイラ陣営を徹底的に潰す。

 それが出来てこその生徒会長だと、ラークは考えているのだ。


* * *


「なあ、お前寄り道しすぎじゃね?」


「どこがだよ、俺は今回上手くいきすぎて引いてるぞ」


 夜遅い時間にも関わらず第二王立の屋上でだらだらと話をしているのはチャラ男のヤスケ・ガーファンと背の低いちびっこロイ・アルフレッドだ。

紙容器に入った牛乳を飲むロイとアルミ缶のホットコーヒー(砂糖入り、ミルクたっぷり)を飲んでいる二人。


「ナナ・スカイを仲間にするって話からどうして俺がサーガ・ビックバンに近づかなきゃならんのだ」


「ヤスケ君、これもまた彼女を仲間にするためには必要なことだ」


「嘘つけ。 俺は危うく死にかけたんだぞ」


 バツが悪そうにストローで牛乳を飲むロイは頑なにヤスケと目を合わそうとしていない。


「まあ、これ以上お前は関わらなくていい。 第二では可愛い彼女を作るためにもナンパを頑張りなさい」


「なんかそれはそれで寂しいなあ~」


「めんどくさい彼女か。 いいかヤスケ、ここで彼女を作らないとお前は一生独り身だ」


「ひどい! そんなことないもん!」


 急に乙女な感情が露になるヤスケ。

 ロイとこんな会話ができるのもヤスケだけである。


「それで、これからお前はどう動くんだロイ。 まさか、第二の選挙戦争に参加するつもりじゃねえだろうな?」


「それは気分次第、と言いたいところだが俺はあくまでサラを守れればそれでいい。 それにナナ・スカイを放ったらかしにして仲間にできないんじゃ本末転倒だからな」


「わかってるなら、大丈夫か」


 少し不安そうな顔を覗かせたヤスケ。

 彼は心配しているのだろう、ロイを一人にしておいたらまた危ないことをするのではないかと。


「心配はいらん。 今回はローズがついてる、それに俺のやり方は一般人には受け入れられないことは第一の事件で理解したからな」


「そうか、んじゃナナちゃんのことはお前に任せるよ」


 そしてヤスケは屋上を出るように立ち上がった。

 

「あ、そうだロイ。 この学園の三傑って知ってるか?」


「ああ、ダオレスパイセンが言っていたな。 それがどうかしたのか?」


「元々三傑って呼ばれ始めたのは、サーガ・ビックバンが生徒会長になったとき。 当時二年生の中で実力者三人がそう呼ばれていた。 つまり、その時には今の三傑の一人、一年生のアンカーはいない」


 三傑というのは第一の七星と同じでずっとある伝統みたいなものだと思っていたが、どうやらかなり新しい言葉であるらしい。

 ヤスケが何を言いたいのかをいまいち理解できていないロイは首を傾げてヤスケの話の続きを促す。


「元三傑、サッチ・カートリッジ。 それが元三傑の名前」


「それが何か関係あるのか?」


「サーガ・ビックバンとマイカ・カスタード、前回の選挙で生徒会長の座を争ったやつらだ。 だったら元三傑も選挙に関わった可能性もある」


「俺は選挙に興味ないぞ。 やばそうな奴が出馬してたら面白そうだったけど、これは第二の話だからな」


「お前のことだ、どうせ関わることになるだろうよ。 まあ頭ん中入れておくぐらいはいいだろ」


「受け取っておこう」


 サラはお人よしだ。

 ロイが少しだけ会っただけでわかったこと。

 票集めのために会長候補になった、それも危険を承知な上で。

 この第二の選挙が一体どういう戦況になるのかはさっぱりだが、ロイの頭には嫌な予感が過る。

 魔力を持ってしまった人間が決着をつけるときは、必ず魔力同士のぶつかり合いになる。

 サラへの襲撃は所詮警告といったところ。

 今はラーク陣営とセイラ陣営とで票の開きがあるからこそ、ラーク側は無茶な戦いを仕掛けてきていない。

 だが票数で並んでしまったときは、迷わずラーク陣営は戦いを仕掛けてくる。

 そのときいかにサラを守れるか、だ。


「なあヤスケ。 ナナ・スカイは選挙に関わってないだろうな?」


「……今のところはそれらしき情報は得てねえ。 正直ここは第二だからな、関わっている可能性も否定できねえっていうのが答えだな」

 

「そうなったときが一番めんどくさいな」


 あらゆる可能性を考えておいた方がいいが、これは一番避けたい展開であった。

 それだけロイはこの選挙戦を危険なものと位置付けている。

 サラだけならまだしも、ナナのこともケアする必要があるとなるとさすがにロイ一人では対処できなくなってくる。


「今の生徒会長であるサーガもやばかったが、近くにいたラークっていう男はかなりやばかった。纏っている雰囲気は学園生のそれじゃねえぜ、あれは」


「じゃあヤスケ君、さっそくラークをぶっ倒してきてくれ。 それですべてが解決だ」


「できるか!」


 怒りを浮かべてロイを罵倒するヤスケ。

 だがロイはヤスケの言葉など耳に入れず、未来の可能性について不安を膨らますばかりであった。

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