第21話「無謀な勇気」

 アンの言う通り、なぜウォー・ウルフが危険を冒してまでこの学園を襲撃したのだろうか。

 王立学園は国が設立した学園。

 そこには優秀な生徒から、実力のある魔力使いが集まる。

 ウォー・ウルフが強力な傭兵部隊で、王立学園を襲撃するというテロ行為を成功させたとしても王立学園が全力を注げばすぐにでも壊滅してしまうことだろう。

 そのリスクを知っていれば、どれほど冷酷な集団であっても王立学園を襲撃するという考えには至らないはずだ。


「金だな」


「え?」


 ロイの一言をアンはまだ理解できていない様子だ。

 

「傭兵なんていうのは金さえ払えば動く集団だからな、リスクがどれだけあっても金のほうが優先されるっちゅーこと」


「となれば、相当な量の依頼金があったということでしょうか」


「そうなるな。 まあ、地方の貴族が払える額じゃないだろうよ」


 アンからはそれ以上の質問は出なかった。

 敵はウォー・ウルフだけではない。

 アンのように優秀な生徒であれば、その事実はすぐにわかることだ。

 見えない強大な敵。

 それとも戦わなければならないという妄想がアンの頭にもよぎったようだ。


「まあ、まずはウォー・ウルフをどうするかを考えよう」


 少しだけ重たくなってしまった空気を整えるようにロイが仕切りなおした。

 見えない敵を考えるよりも、見えている敵の対処を考える。

 ロイは二人に集中して欲しかった。

 敵を間違えるな、そう伝えるようにして。


「どうする、ロイ?」


「どうしますか、ロイさん」


 アンとヤスケは険しそうな表情でロイを覗き込んだ。

 おそらく、この中で一番頭の回転が速いのはロイであると予想したうえでの判断ということだ。

「今は俺らで何とかするしかねえ、力を貸してくれるか?」


 ロイは起き上がってヤスケ、アンの顔を交互に見つめる。

 二人は返事を頷きだけで返した。

 今は時間が惜しい、その認識は三人の中で共通である。

 

「よし、じゃあ聞いてくれ。 俺が逃げている途中で見つけたんだが、武道場に生徒が数人捉えられていた。 おそらくこれがウォー・ウルフの肝になる人質だ。 まずこれを救出したい」


「でもよ、今学園の中はウォー・ウルフの警備網だらけだぜ?」


 いつになく真剣なヤスケがロイの話の補足を入れる。


「ああ、だから俺が囮になってウォー・ウルフを集める。 その隙にお前らが人質を救出してくれ」


「ちょっと待ってください、その体でどうやって……」


「この体でどうやって戦えっていうんだよ。 逃げるほうがよっぽどできるぜ」


「……わかりました。では、私とヤスケさんでウォー・ウルフと戦います。 ロイさんは安全なところに避難しておいてください」


「ええ!?」


 ヤスケは自分の元に飛び火したことにより動揺を隠しきれていない。


「大丈夫です。 私なら、できます」


 アンの決意を聞いたロイは呆れ顔を浮かべた。


「今のお前じゃ無理だ」


「そんなこと、やってみないとわかりません! それに、ロイさんだってその体では何もできないはずです」


 ロイの言葉を遮るようにして自分の意見を発したアンはどこか急いでいるようだった。

 やってみないと分からない。

 それはその通り。

 しかし、それはテロ集団相手に「やってみないと」という言葉は使えるのだろうか。

 相手は実戦経験を積んだプロの傭兵。

 アンは新入生の中でも強い学園生。

 両者には「やらなくてもわかる」と断言できる深い戦力差がある。


「——死ぬぞ?」


 アンの急ぎは、死に直結することをロイは知っている。

 幼い頃から死線を潜り抜けてきたロイだからこそ、言葉に重みがあるのだ。


 ロイの目に、アンは身を少しだけ引いた。

 真剣、というより殺意に近い眼力。

 それがアンにも伝わってのことだろう。


「まあまあ、ロイもこうして逃げて屋上まで来たってことは逃げ足は残ってるんだ。 ここは力を合わせようぜアンちゃん」


 ヤスケがアンの肩にポンっと手を置く。

 アンはふぅと深い息を吐き、ロイをじっと見つめた。


「……危なくなったら叫んでください、私が助けに行きますから」


 折れたようにして言葉を紡いだアン。

 まだ彼女の心の中でこの選択が正しかったかどうかは判断できていないのだ。


「ふっ、頼んだぜ姫様」


 アンの言葉を聞いて、安堵したように表情を柔らかくしたロイ。


「よし、行くぜチーム1年Aクラス!」


 しーんとした空気。

 それに、「あれ?」と言ったヤスケ。


 二人はヤスケのノリについていけないことももちろんあるだろうが、アンとロイにはまだ埋まりきっていない溝がある。

 フラッグ・ゲームが作ってしまった因縁。

 簡単に信頼における仲間になるには、まだ時間が足りないのだ。


「ロイさん、今は忘れましょう」


「ん? あー、うんそうだな」


 しかし、今は緊急事態。

 お互いの溝を覗き込んでいる時間などない。


 ロイ、ヤスケ、アンはお互いの目を見てから颯爽と屋上から飛び出した。


* * *


「ウォー・ウルフ! ただちに投降しろ! 繰り返す、ウォー・ウルフ、ただちに…」


 拡声器越しに荒々しく叫んでいるのは、ジャッジ・マンであるモア。


「ちょっとモアさん! 人質がいるんだから、あんまり刺激しちゃだめですよ!」


 怒りを滲ませたモアに、部下であるタカイが注意を促す。


「ちっ! どうして犯罪者にこびへつらう必要があるんだ…!」


 モアは第一王立学園に到着してからもうすでに一箱分の煙草を吸い終わっている。

 立ちながら貧乏ゆすりをしており、近づけるのはタカイだけという状況。

 周りにいるモアの部下は彼女の一挙手一投足にびくびくと体を震わせている。


「んで、中の状況はどうなってるんだ、タカイ!」


「今なんとかして探っている最中ですよ」


「早くせんか!」


「無茶を言わないでください……」


 タカイは上司の無茶ぶりに頭を悩ませるのみだった。

 モアがここまで焦っているのは、久しぶりである。

 普段冷静で頭の回転が速いモアでさえ全く予想していなかった事態が起きた。

 第一王立学園という生徒や教師の質も高く、そこら辺の中堅ギルドよりも戦力が整った学園。

 そこに侵入する者など、無謀というほかない。

 しかし、ウォー・ウルフはその無謀に挑んで来たのだ。

 まるで情報がどこからか漏れている、そんな不安がモアの頭をかき回している。

 

「国の最高戦力であるレイドさんがいればこんなことにはなっていないが、レイドさんもいない。 となれば、頼れるのはあのちびっこだけか……」


「ちびっこ?」


 タカイが誰ですか、と言った顔でモアを覗き込む。


「私が知る中で、レイドさんの次に学園で頼れるやつだよ。 やる気さえあれば、とっくに有名人となっているはずなんだがな……」


「報告します、現在生徒や教員は体育館に集められているとのことです!」


「よし、私たちも動くぞタカイ!」


「は、はい!」


* * *


 ぞろぞろと体育館に集められている生徒と教員たち。

 縄に繋がれ不安や苦しみを抱いた生徒たちの表情を壇上の上から眺めているのは、ウォー・ウルフのリーダー、キバだ。


「キバさん」


「どうした?」


「王立学園の一年生で五名の行方不明者が出ているようです」


 部下が神妙な面持ちでキバに尋ねている。

 同じグループに所属していても、キバと喋るときは緊張しているのか指がプルプルと震えていた。


「バード、ドッグ」


「お呼びですか、ボス」


 キバが名前を呼ぶと、壇上に登ってきたのはバードと呼ばれた男。

 オールバックにした髪、細身ではあるものの質の高い魔力が彼の体に纏わりついている。

 銀縁の眼鏡をくいっとあげ、賢そうな印象が彼にはあった。


「殺しか?」


 そしてドタドタと足音を立てて壇上に登ってきたのは身長が高く、筋骨隆々のスキンヘッドのドッグと呼ばれる男。

 顔には痛々しい傷跡がいくつも存在し、この男が戦闘狂であることを示している。


「いや、行方不明者の捜索だ」


「ボス、それは俺らが行くほどか~?」


 気だるそうにするドッグ。

 はあと溜息をもらしているのは、バードだ。


「今回は報酬も高い、できるだけ邪魔な因子は排除しておくべきだ。 今逃げられることのできる学園生は実力者だ、最悪殺しても構わん」


「ボスが言う事には従え、ドッグ」


「へいへい。 逃げている奴が強かったらいいなあ!」


 きびきびと動くバードと面倒くさそうに動くドッグ。

 対照的な両者が、行方不明者五名の捜索に向かおうとしたときだった。

 

「テロリストよ、何をしたかわかっているのか!? こんな事、タダじゃ済まされないぞ!」


 一人の生徒が、壇上の下から声を上げた。

 拳を固く握りしめているが、膝はガクガクと小刻みに揺れている。

 しかし、その正義感は賞賛に値するもの。

 テロ行為を受けたことのないはずの学園生が立ち上がって、ウォー・ウルフに牙を向く。


「そうよ! あんたたちなんてすぐジャッジ・マンに捕まるわ!」


「今時テロなんて流行らないんだよ!」


 誰かが声を発したら、続けざまに生徒の声も膨らんでくる。

 みんなで言えば怖くない、その後ろ盾を持った生徒たちは意気揚々にウォー・ウルフを煽った。


パン!


「——黙れ、世間を知らないガキどもが」


 キバが天井に向かって拳銃を放ち、マイク越しに生徒を制止する。

 体育館は静まり返ったが、一部の生徒は縄を魔力で斬り立ち上がる。


「第一王立学園、舐めんなよ!」


「うおおおお!」


 勇気のある生徒が立ち上がる、その数は十人ほど。

 どの生徒も青色のネクタイをしており、三年生。

 WFGワールド・フラッグ・ゲームに行っていないと言っても、三年間王立学園の教育を受けた者。

 優秀な学園に三年間在籍しているというだけで、魔力の質も上がっていく。

 決して弱いわけではない。

 戦えるだけの実力は持っているのだ。

 

ドンッ!


「——おい、ボスこいつらを殺していいのか?」


「あ、がっ……」


 体育館の中心で勇気ある生徒の首を持ち上げているのは、先ほどまで壇上にいたドッグ。

 呼吸ができない生徒の顔は、苦しみ絶望。

 顔が青ざめ、今にも失神しそうだった。


 他に立ち上がった生徒も、いつの間にか気絶させられている。

 飄々として生徒の頭を踏みつけていたのは、バードだった。


「おい、ボスどうなんだ! やっちまうぜ!?」


 ドッグは意気揚々と笑っていた。

 生徒の首元を掴む手はますます力が強くなっている。


「よく聞け、第一王立学園の猿ども。 今俺たちはお前たちを殺していない、そちらの方が報酬が高くなるからだ。 このようにいつでもお前たちを殺すことはできる、それだけは胸に刻んでおけええ!」


 キバの荒らげた声に、反対の言葉を示す者は体育館にいなかった。

 生徒は怯え、教員は唇を噛みしめ、ウォー・ウルフは笑う。


「だとよ、よかったな生きれて。 って聞いてねえか」

 

 すでに失神していた生徒を投げ飛ばしたドッグ。

 もうこの体育館に彼らに逆らえるものは、もいないことだろう。

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