第20話「なぞなぞ」

 三年Aクラス。

 本日は担任であるフウガ・ニノマイがWFGワールド・フラッグ・ゲームに赴いているため一日中自習となっていた。

 受験や就職を控えたものたちがそれぞれの勉強を静かにこなす三年Aクラス。

 その中に、オーガの姿もあった。


 ところどころに空席もあるが、それはWFGワールド・フラッグ・ゲームに参加している、将来が決まっている生徒の席。

 オーガは将来が決まっているわけではない。

 だからこうして先生の目が届かないこの場所でも必死に勉強を続けている。

 

ドガァァァァァン、ドガァァァァァン、ドガァァァァァン!


 三連続の爆発音が、静まり返った教室を揺らした。

 間を開けずに、緊急事態を伝えるサイレンが学園中に鳴り響く。


「緊急警報、緊急警報。 学園に不審者が侵入しました。 ただちに避難を開始してください。 繰り返します……」


 カリカリと走るペンの音のみが聞こえていたこの空間に、異質なサイレンとあらかじめ録音していたのであろう女性のナレーションが伝えられる。


「うわ!」


「なにこれ!」


 教室が揺れ、生徒はそれぞれ壁や机に捕まる。

 生徒たちの表情にも焦りや不安が垣間見え、口調も落ち着きがなかった。

 廊下にも声が溢れかえり、喧騒が学園全体に伝播しているようだ。


 オーガだけがこのクラスで唯一落ち着きを払っていた。

 この襲撃を知っていたということが、他のクラスメイトよりかは落ち着いているのもしれない。

 ただし、焦って叫び声をあげるクラスメイトよりかはという話であり、内心は心臓がドクドクと脈打っている。

 どうにかしたいが、どうすることもできない。

 そのやりきれなさが、余計彼の心臓の鼓動を加速させる。

 

ザーッ


 教室に設置されたスピーカーからホワイトノイズが聞こえてきた。

 未だ教室内は混乱しており、オーガ以外はそのノイズに気づいていない。


「……第一王立学園の諸君、この学園はウォー・ウルフが占領した。 人質も確保してある、大人しく我々の指示に従え」


 男性の声がスピーカーから響き渡り、生徒たちの喧騒は一瞬にして静まり返ってしまった。

 校庭にあるスピーカーからも声が流され、この学園のどこにいたとしても聞こえるように設定してある。

 これでオーガは確信した。

 

(あのチビの言っていたことは、本当だったみたいだな)


ポンッ!


 すぐ横の廊下から銃声音が鳴った。

 しかし、一般的に聞く耳をつんざくような空砲ではない。

 それは、魔力を道具で放出したときの独特な音。

 

「きゃああああ!」


「な、なんだあ!?」


 教室の前の扉から入ってきたのは、軍服を着た筋骨隆々でスキンヘッドの男。

 

「静かにしろ、ガキども。 今すぐ手を上に挙げて、大人しく拘束されな」


 生徒たちはその男を見た瞬間息を飲んだ。

 その風貌に圧倒されているのはもちろんのこと、彼の滲み出ている魔力がAクラスの生徒の口をついに閉ざしたのだ。

 ついに言葉を発することもできなくなっていたAクラスの生徒。


 ここに残っているもの、つまりWFGに参加していないものは戦闘経験や実戦経験が少ない者が多い。

 もし七星の一人でもいれば対応できたのかもしれない。

 魔力の力量がそこまでに至ってないからこそ、スキンヘッドの男の魔力をさらに強く魅せる。

 自分より圧倒的な差がそこにはある。

 その差はテロという非日常的な事と相まって、恐怖心を搔き立てさせられてしまうのだ。


(あれは、なぜこいつらが持っているんだ!)


 オーガが注目したのは、スキンヘッドの男が持つ魔力ではない。

 男の持つ魔力はオーガにとっては気にすることではなかった。

 正確に言うのであれば、オーガは魔力よりも重大な事に心を奪われてしまったのだ。


 周りにいたウォー・ウルフが使っている武器。

 あれは、まさしくシルフィが作っていたもの。

 魔力を使わずに、魔力が使える武器。

 シルフィが夢に見ていた理想の兵器。

 それを傭兵集団である、ウォー・ウルフが所持しているのだ。


「おい、そこのお前。 さっさと拘束されろ」


 オーガは拳を出すのをぐっとこらえ、仕方なくウォー・ウルフの指示に従う。

 

(どうなっているんだ…!?)


 シルフィへの不安、彼女の武器がなぜかテロリストに渡っていると言う疑念、状況を整理できないオーガは悩んだままウォー・ウルフの指示に従い体育館に移動させられることになった。


* * *


 黒いローブがゆらゆらと風の吹く向きに従って流されている。

 右手には黒い傘を差し、鬱陶しい太陽光を防いでいた。

 それを着た女性は屋上のフェンスに立っており、校舎の一番高い部分から爆発があった痕を見下ろす。

 

「ふふ、盛大にやってるわね」

 

 このテロを仕掛けた張本人は不敵に笑っていた。

 全ては主様の筋書き通り。

 彼女は決して焦ることも、不安になることもないのだから。


「おい、何者だ!」


「今すぐそこを降りろ!」


 屋上に侵入してきたのは、ウォー・ウルフ。

 アサルトライフルの銃口を黒ローブの女性に向けている。


「はあ~、本当に人使いが荒いわ。 でも私そういうところも好きよ」


「降りろ! 発砲するぞ!」


「構わん、撃て!」


 その黒ローブの女性に向かって銃が放たれる、ことはなかった。

 黒い傘の先端から発射された針によって、銃口が塞がり不完全閉鎖を起こす。


 銃の動作不良を治している、ウォー・ウルフの隊員。

 彼らの首元にはいつもの間にか細い針がささっていた。

 一滴も血が流れることはなく、静かに隊員二名はどさっと倒れてしまう。


「うふふ、安心して。 殺してはないわ」


 黒ローブの女性が再び傘を開いたところで、屋上の扉が開いた。

 ゴールドアッシュの髪をなびかせて登場した女性。

 鼻が高く、二重幅が広がったはっきりとした顔立ちで、きりっとした目つきはクール・ビューティな印象を与える。

 一年Aクラスの担任、ナルカ・カロテリア。

 彼女が持つ魔力は今にも学園を破壊しそうなほどの魔力量だ。

 

「あら、学園で見ない顔ね。 部外者かしら?」

 

 ナルカは不敵に笑う。

 この屋上に漂う魔力で嵐が起きそうなほどの魔力がゆらゆらと沸き立っていた。


「ふふ、そうよ。 一応この事件の首謀者だから部外者ではないのかもしれないけれど」


「ふ~ん、道理で異質な魔力がここにあったわけだ。 それでこの騒動はあなたが仕組んだわけ?」


 切り替わったナルカの表情は、冷たかった。

 敵である、それに加えて強者である。

 その事実だけでもナルカはすでに戦闘態勢のようだ。


 黒ローブの女性は唇を微かに吊り上げる。


「これを見ればわかるかしら?」


「それは……!」


 黒ローブの女性がナルカに見せたのは手の甲にあるタトゥー。

 そこには尻尾がないトカゲが描かれていた。


「あなた、アノロス?」


 その瞬間、ナルカを何かが吹き飛ばした。


「くっ!」


 屋上のフェンスを突き破り、ナルカが誰かと空中に飛んでいく。

 ナルカを突き飛ばした人物もまた、黒ローブを羽織っていた。


「邪魔者はこれでいなくなったわね。 本当にここまでする理由があったのかしらね、主様は……」


 突風が屋上に吹き、黒いローブのフードが取れる。

 しなやかな銀髪のロングヘア―が、風の吹く方向へと靡いた。

 傘を差した黒ローブの女性は少しだけ風を浴び、屋上から忽然と姿を消す。


* * *


「よく逃げて来れたな」


 ロイは屋上の扉から、ぜえぜえ息を吐きながら来たヤスケに労いの言葉をかけた。

 ここに来るまでにはウォー・ウルフの構成員との戦闘は避けられなかったはず。

 それなのにヤスケの服には傷一つない状態でこの屋上まで来たのだ。

 その風貌に思わずロイも驚いてしまった。


「逃げることしかできないからな、それと一人ついてきた」


「ん?」


 ヤスケの後ろから登場したのはアン。

 少し前のフラッグ・ゲーム以降、ロイは一言も会話していない。

 ロイは気にせず振る舞っていたが、アンはロイを遠ざけていた。

 目に見えないわだかまり、たかが模擬戦で起きた小さいけれど大きな溝。


「ういっす」


「どうも……」


 ロイに気まずいという感情は存在しないが、アンは少しだけバツが悪そうにしている。

 そのアンの態度に吊られたようにロイも気まずさを出しているようだ。


「まあ、今はとりあえずどうするか考えようぜ」


 ヤスケが場を仕切り、一旦状況を整理した。


「まず、全校生徒は今体育館に集められている。 それぞれを繋ぐようにして縄がしめられているみたいだな」


 人質が取られている以上、先生も迂闊に手を出せない。

 加えて、WFGの開催期間のため七星などの実力者や、優秀な先生もコーチとして同伴しているのでこの事件に対応できる人物はいないことだろう。


「ジャッジ・マンに連絡はされているはずだが、人質を取られている以上長期戦にはなることは間違いないだろうな」


 ロイは屋上の床に緊張感なく寝転ぶ。


「それにしても、どうしてウォー・ウルフは侵入できたのでしょうか?」


 アンがふとした疑問を口にする。

 ヤスケもアンとともに悩んだ顔を浮かべていた。


「誰かが漏らしたとしか思えないな」


 ロイがあっけらかんとその事実を述べた。


「今学園に七星などの実力者がいない、ここまではウォー・ウルフでもわかる情報だ。 ただし、今この学園に学園長もいないということまではウォー・ウルフの誰も分からなかったことだろうよ」

 

「確かにな、いつもならWFGを観戦しないはずの学園長がなぜか今回はその地に赴いている。 そんなこと、俺でも最近知ったぜ」


 情報通のヤスケでもわからない情報をウォー・ウルフが持っているのはどう考えてもおかしい。

 学園内の誰かがウォー・ウルフに情報を渡したとしか考えられない。


「もし仮に学園の情報が誰かから漏れていたとして、王立学園を襲撃する計画を完璧に練れたとしても、どうしてそのようなリスクをウォー・ウルフは取ったのでしょうか?」

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