第19話「狼煙」
「おい~、っす!」
恒例行事と化したロイの扉開き。
恒例行事と知らないオーガは何事もなく自分の作業を進めていた。
「無視か?」
オーガはひたすらに武器製造室で何かを作っている。
ロイの言葉は届いているはずなのに、彼は聞かないようにわざと作業しているようにもロイは思えた。
「昔の仲間にされたことを、結局自分でもするのか?」
バンッ!
オーガは机を叩き、ロイに近づいて胸倉を掴んだ。
小さなロイの体は地面から少し浮き、オーガの持つ恐ろしいほどの眼力は見る者を震え上がらせることだろう。
しかし、ロイは間近で見ていても圧倒されている様子はない。
へらへらと笑い、オーガを見下しているようだ。
「何を笑っている? 怪我人だからって容赦はしないぞ」
「笑えてこないか? だってお前を見限ったやつらと、お前は一緒のことをやってるんだからな」
オーガの拳がロイの顔面に向かって飛んでくる。
ロイはオーガの拳が当たる寸前に彼のみぞおちを蹴飛ばし、オーガは勢いよく机に激突した。
「くっ!」
ガラガラと机が揺れる音がしたのち、資料の紙がオーガの頭上から降り注ぐ。
「これ、置いておく」
ロイは一通の手紙を机の上に置いた。
それは、簡素な白い封筒。
「それ、ボマーからの手紙。 明日、第一王立学園を爆破するってよ」
「どういうことだ」
「俺もたまたま巻き込まれただけだからな、おそらくこれを拾うやつは誰でもよかったんだろうよ」
「……なぜそれを俺に渡す」
「今七星は学園にいない、それに学園長や優秀な先生も
六校ある学園の頂点を決める、フラッグ・ゲームの大会。
あるものはこれに憧れ、あるものはこれを目指し、あるものはこの舞台に立てずに三年間の学園生活が終わる。
学園の最高峰の戦いと言える大会だ。
それぞれの学園からは六パーティ、総勢三十六人以上の生徒が開催地である【ダイヤモンド・キャピタル】に足を運んでいる。
学園上位の実力者、加えてそのコーチとなる実績のある教師陣も第一王立学園にはいない。
つまり、今第一王立学園に実力者がいないことになってしまうのだ。
「ジャッジ・マンにでも言えばいいだろ」
「それはボマーに禁じられててな、あんたに言ったのも結構リスクだ」
ロイは踵を返して扉から出ようとした。
伝えたいことは伝えた。
ロイの中でもうこれ以上できることはない。
「……俺に何を求めている。 今の俺は何もできない、ただの役立たずだ」
オーガの言葉には悔しさが孕んでいるような気がしたロイ。
未練じみた言いぐさ、そう受け取らざるを得ないような声音。
「それを決めるのはあんたじゃない。 それにそうやって自分を追い詰めてたら、見えるものも見えなくなる」
そしてロイは武器製造室から去って行った。
その廊下でロイはふと考えるように顎に手をやる。
「……よし」
考え事を一瞬で済ませたロイは、廊下を走っていった。
* * *
「授業サボるって、こんなときにか?」
ヤスケは頭をポリポリ搔きながら、ロイに付き添っている。
ヤスケがこんなときにと言ったのは、最近ボマーによる爆破事件もあったため生徒は不要不急の外出は禁止されている。
加えて今は授業中。
ロイとヤスケは絶賛サボり中なのだ。
「仕方ないだろ、どうしても欲しいもんがあるんだよ」
ロイは未だに全身に包帯を巻いている。
今朝学園に着いたときもヤスケから「何でそんな怪我で歩けるんだ?」と尋ねられたばかりだ。
ただ、ロイの表情は真剣そのもの。
今から授業をサボって出かける顔ではない。
「ん、なんだ?」
ヤスケが不思議そうに学園正面入り口を見つめる。
ドタドタとした地響きに近い音が鳴り、奥から大勢の人影が見えていた。
明らかに学園内に向けて大勢が攻めてきている。
「……来たか」
ヤスケは目を凝らし、ロイはじっとその大勢を見つめる。
そして学園の正面入り口に辿り着いた者たちは全員お揃いの深緑の軍服を着ている。
胸のエンブレムには牙の生えた狼の刺繍が施されている。
「ウォー・ウルフ!? どうしてここに……」
ヤスケは一瞬でその刺繍に気づいたようだ。
傭兵部隊、ウォー・ウルフ。
部隊の構成は百人規模であり、傭兵部隊としてはかなり大型の部隊と言える。
戦争地域への派遣から、殺害などの非人道的行為を行う部隊であり、政府からも危険視されている集団。
その武装集団がなぜか第一王立学園に侵入してきているのだ。
「ちょっと、君たち! 授業中だと言うのにどこに行こうと……」
正門の隣に設置された詰所から警備員が顔をだした。
正門を背にしてロイたちを見る。
しかし、ロイは警備員など眼中にない。
お揃いの軍服を着ているウォー・ウルフの警戒をしていた。
「危ない!」
パンッ!
「あ、ああああ!」
ロイが叫んだときには事が起こった後であり、詰所から体の半分出した警備員の右肩が銃によって撃たれた。
なんとか警備員が詰所の中に入って警報を鳴らし、学園中にサイレンが鳴り響いた。
緊急性を伝えるには申し分ないサイレン。
この耳障りな音を聞いた者に危機感を抱かない者はいないだろう。
「ヤスケ、逃げろ」
「は!? ロイはどうするんだよ!」
ドガァァァァァン、ドガァァァァァン、ドガァァァァァン!
突如、ロイとヤスケの後方から爆発音が鳴り響く。
後ろを振り返れば、校舎から三本の煙が立ち込めていた。
「ヤスケ、ここは俺がなんとか食い止める。 とにかく危険を学園に知らせるんだ、特に一年生が不味い」
ヤスケの額には汗が滴り、彼の体の動きは止まっている。
「はやくしろヤスケ!」
「ちっ! ぜってえ死ぬんじゃねえぞ、ロイ!」
捨て台詞を残し、ヤスケは全速力で校舎へと走る。
逃げ足が速いヤスケを選んで正解だったと、ロイは思った。
「やばあああああああい、誰かが攻めて来たぞおおおおおおお」
ヤスケは大声を発しながら、校舎へと走った。
まるで大災害でも起きた時のように。
「……頼んだぞヤスケ」
正門から入ってきたのは、百人ほどの集団。
顔に傷がない奴を探す方が難しく、腕や顔にタトゥーが刻まれ危険な香りが漂っている。
「第一王立学園の生徒か」
集団の先頭に立っている男が口を開けた。
金色の髪を逆立て、鋭い目つきでロイを睨んでいる。
見た目だけならロイが警戒することはなかったが、男の魔力量にはロイも警戒する必要があった。
集団にいる傭兵部隊とは一線を画すほどの威圧感。
おそらく彼がこの集団で一番強いと、ロイの本能が伝える。
「あんたがリーダー?」
「いかにも。 ウォー・ウルフのリーダー、キバだ」
堂々とした立ち振る舞い。
たかが学園生ごときに臆病な素振りを見せることは一切ない。
彼らは今から第一王立学園にテロを仕掛けようとしているはず。
それなのに、さも当たり前かのようにこの場に立っている。
「へ~、で何しにここに?」
ロイは魔力を練った。
いつでも攻撃を仕掛けられてもいいように。
「それはお前に言う必要ない。 我々にも依頼主との間に守秘義務というものがあるからな」
「ふっ。 人殺しでしか金を稼げないような無能集団が人様と交わした約束なんか守ってるんじゃねえよ」
「あ!? てめぇなめてんじゃねーぞ!」
キバの近くにいた下っ端がロイに向かって荒い言葉を投げつけた。
ロイはそんな男を睨みつける。
「あん? やんのか、こらあ!」
ロイも男を真似たヤンキーのような口調で煽る。
男は言葉に同調したように一歩前に踏み出した。
「おい、何をしている?」
だがすぐに彼の足は止まった。
背中に感じた殺意、それによって下っ端の額には冷や汗のようなものが噴き出している。
殺される。
その下っ端の男はまず初めにそれを思い浮かべたしまったことだろう。
「俺の指示に従えない奴は、殺す」
その瞬間、キバが放った魔力によって下っ端の首が飛んだ。
自分の部下でさえも指示に従わなければ平気で殺す選択ができる冷酷さ。
だからウォー・ウルフはここまで大きく成長したのだろう。
荒くれものが集まるとされる私設傭兵。
それを束ねるには、部下からの信頼を得られるようなカリスマ性が必要なのだ。
キバはそのカリスマ性を冷酷さによって確立させている。
この場にいる部下の顔を見れば一目瞭然だ。
キバの行動に誰一人口を出さない。
当たり前かのように振る舞い、真っ先に飛び出した下っ端が悪いという雰囲気が佇んでいた。
「おいおい、王立学園で血を流すなよ」
「それはお前らの努力次第だろうな」
ウォー・ウルフを睨みつけたロイ。
その集団のリーダー、キバは泰然自若に振る舞う。
ロイが一歩踏み出そうとした瞬間、ウォー・ウルフの集団はロイに向けて銃を構えた。
「物騒だな、そんなおもちゃで俺を止められると思うなよ」
「やれるもんならやってみろ、王立学園という檻の中に閉じ込められた優等生よ」
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