第18話「大いなる一歩」
日もすっかり暮れ、夜空には満点の星空が広がっている。
その夜景にはそぐわない明かりが第一王立学園にはあった。
武器製造部、部室。
カーテンを閉めていながらも、真っ暗な空間には暖色の明かりが外に零れている。
そして、その部室の中でシルフィはずっと武器の資料を作っていた。
オーガに追いつくために、オーガと並ぶために、シルフィは誰でも使える魔力武器を作って結果を出さなければならないのだ。
シルフィが行おうとしていることは、魔力のない者でも使える武器を作る事。
そのためには、魔力石と呼ばれる魔力が籠った石が必要となる。
魔力石は高価で希少なもの。
それに加えて加工がとても難しく、雑な扱いをしてしまえばすぐに壊れてしまう。
魔力なしには生きられない世界。
よって魔力石に充てられる研究費も多く、魔力石をカットする技術は目まぐるしい進歩で進んでいる。
しかし、武器として魔力石を運用するにはまだまだ技術は進んでいない。
ただ、シルフィは学生ながら研究者の域まで達した。
それは彼女自身の類まれな努力があったからこそ達成できたこと。
いくら国からの研究費が充てられても、王立学園に届くころには十分の一にも満たない額。
その事に嘆いていても仕方がない、シルフィができることは王立学園で実績を上げることのみだ。
「手伝ってあげましょうか?」
ドンとした音を立てて机の上に現れた黒いローブ姿の女性。
「だ、誰ですか!?」
高い集中力を持つシルフィでさえ、机の物音と同時に突然現れた人間には反応せずにはいられなかった。
「あなたの夢を叶えに来たの」
妖艶に呟く黒いローブの女性。
シルフィは固唾を飲む。
両人の目線は交差し、逸らすことはしない。
しかし、なぜかシルフィは彼女の動向が気になってしまい話を聞き込んでしまう。
なぜか惹かれてしまっている。
「あなたは、魔力のない人でも輝ける世界を作りたいのでしょ?」
黒ローブの女性は、ゆったりとした口調で優しく問いかけた。
シルフィの警戒を解くように、シルフィを安心させるように、そしてシルフィの味方であると諭すように。
不思議なことにシルフィは、だんだんと構えていたものが抜けていくような気がした。
この人は、敵ではない。
そんな感情が心の隅で生まれてきている。
「私は、私はただ……」
「ただ?」
「魔力のない人でも、魔力を持つ人と一緒の舞台で、輝きたいだけ……」
シルフィはそっと呟いた。
希望に満ち溢れた目。
切望の表情。
輝きたいという彼女の夢は、彼女の中で叶えなければならない使命となっていた。
オーガに追いついて、肩を並べて歩きたい。
彼女のオーガに抱く愛は、形を変えやり遂げなければならない責任感という名の使命に変わっている。
「じゃあ、その夢のお手伝いを私がするわ。 大丈夫よ、私の言う通りにしておけばぜーんぶ上手くいくから」
黒ローブの女性はゆっくりとシルフィを抱き寄せた。
シルフィに温かい体温が伝わる。
そして黒ローブの中にはひっそりと白い歯を覗かせていた。
* * *
朝の一年Aクラス。
まだ生徒も登校していない時間、モミジ・ピアージュは一足早く学校に来ていた。
Bクラスとのフラッグ・ゲームから一週間経ったこの日。
モミジが怪我から復帰する初日であった。
彼女の怪我は重傷ではなく、爆発に巻き込まれた箇所は擦り傷程度であり奇跡と呼べるほどだった。
モミジは入院中、あの時のフラッグ・ゲームのことを思い出していた。
しかし、彼女の中で不思議と後悔はなかったのだ。
明らかに格上の相手に勝った、それと自分の殻を破れた。
その達成感にモミジは満足していたから。
ただ、フラッグ・ゲームはやらない。
ある意味、引導を渡された気分だった。
ロイやアン、ヤスケなどの実力者を間近に見て決心がついたのだ。
自分がどれだけ学園で頑張っても、彼らには追い付けない。
諦めがついたのだ。
でもおかげで変に希望を持つことなく、集中して学園の三年間を別のことに集中できる。
その事実にいち早く気づくことができた自分は運がいいとモミジは思っていたのであった。
ガラガラ
「あ、モミジ」
「おはよう。 アキハ!」
元気な様子のモミジにアキハもほっと胸を撫で下ろした様子。
「元気になった?」
「うん! この通り!」
肩をぐるぐると回したモミジ。
それを見てアキハもくすっと笑った。
やっと二人の日常が戻る。
「アキハ、私ね……」
「モミジ、私は……」
二人の声が重なった。
きっとこう言いたいのだ、フラッグ・ゲームはもうやめようと。
幼い頃から一緒にいれば、言いたいこともお見通し。
そんな二人は目を見合わせて笑った。
「ふふ、言いたいことは一緒みたいだね」
「うん。 これから何をしよっかモミジ」
どこにでもいる女子学園生。
まだ二人は一年生。
これからの未来に期待を膨らませる彼女らに、誰も文句のつける者は現れないことだろう。
ガラガラ
「お、早いな二人とも」
「あ、ロイ君! 大丈夫!?」
「おはよう、ロイ君。 怪我はまだ治っていないみたいだね」
モミジとアキハは彼の登場に怒りの様子はない。
あれだけのことがあっても、彼女たちはロイの体を見て心配している様子であった。
「ういっす。 モミジが元気そうでよかった」
「ううん、私は大丈夫だよ! それよりもロイ君の怪我のほうが心配になるよ!」
ロイが笑顔のままモミジの元まで歩く。
ロイとモミジは目を合わせた。
Bクラスとのフラッグ・ゲームでの出来事は、二人にしか分からない。
ある種、二人の約束事。
Bクラスのフラッグ・ゲーム以降、もちろん二人は一言も会話していない。
そのせいか、気まずさという見えない壁が両者の間に隔たる。
「ロイ君、なんで今日は朝早いの?」
特に事情を知らないアキハは、二人の雰囲気などお構いなしにロイに質問をした。
助かったという安心感からか、モミジはふうと溜息を漏らしている。
「ちょっと用事があってな」
「そう」
特に聞き返すこともなかったアキハは横にいるモミジに視線を移す。
モミジは少しだけモジモジしていた。
まるで大事なことを伝えられずに戸惑っている様子。
アキハはモミジの背中をポンッと叩いた。
勇気を出せと、友の行動に背中を押すようにして。
「うわっ」
さらにロイと距離を縮めたモミジはさらにどぎまぎしている。
しかしモミジは意を決したように、すーっと大きな深呼吸をして、ロイの顔をじっと見た。
「ねえ、ロイ君私たちね……」
「あのさ、二人がよかったら」
「「あ」」
今度はロイとモミジ二人の呼吸がぴったりと重なる。
「あ、えっとどうぞ」
モミジは照れくさそうにロイに会話の主導権を渡す。
ロイも少し照れくさそうに言葉を発した。
「えっと、二人がよかったら俺のパーティに入ってくれないか?」
「え?」
モミジからは思わず声が出てしまう。
もうフラッグ・ゲームはやらないと思っていたところに、尊敬しているロイからの誘い。
なぜ自分が、と思ったモミジ。
「……あのね、ロイ君。 誘いは凄く嬉しいんだけど、私とモミジはもうフラッグ・ゲームはやらないって決めたんだ」
「え?」
「前のフラッグ・ゲームでね、自分の居場所が分かった気がするの。 私は戦うことには向いてないって」
モミジは申し訳なさそうに言葉を紡いだ。
アキハも心なしかそんな様子だった。
Bクラスとのフラッグ・ゲームは、彼女たちにとっては酷なこと。
彼女らも練習を積み、適切な手順を踏めば、もしかしたらトップレベルに行きつくこともあるだろう。
しかし、タイミングが悪かった。
Bクラスも決して弱いパーティではなく全員がフラッグ・ゲームの経験者であり、しかもかなりの練度を有している。
お遊び程度のフラッグ・ゲームをやったぐらいでは手も足も出ないことは明白だ。
「そう、か。 でも、俺は戦ってほしいってことじゃないんだ」
「えっと、それはどういう事かなロイ君」
アキハもロイに聞き返す。
模擬戦で明らかな実力の差があった。
傍から見ていてもその差は大きなものであろう。
ロイの指示があったから二人は戦えていたが、その指示がなかったら二人は一瞬で敵の餌食となっていたことであろう。
「サポートメンバーとして、入ってほしいんだ」
「サポートメンバー?」
きょとんとしたアキハはおそらく言葉の全容をわかってはいない。
隣にいるモミジは俯いたまま、ロイの話を聞いている。
「モミジはマネージャーとして、アキハはアナリストとして」
Bクラスとのフラッグ・ゲームの前にロイは考えてもいなかった。
勝つ為にわざとクラスの中でも弱いモミジとアキハを誘ったのは紛れもない事実。
しかし、そのフラッグ・ゲームで二人の才能と適性を見ることになった。
ロイでも気づかなかったアンの傷を見逃さなかったモミジ。
ロイが知らない敵の情報を洗い出してくれたアキハ。
この二人の才能はロイが一年でフラッグ・ゲームの頂点に行くために必要な要素であることをその時悟ったのだ。
言葉を詰まらせた二人を見て、ロイも無理かと思った。
ロイもこの誘いをしていいものかずっと悩んでいたのだ。
あのような形で二人を使い、モミジに怪我まで負わせた。
世界に退屈を覚えているロイであっても、人の心はある。
その感情に気づいたのはフラッグ・ゲームが終わった後のことだ。
今更何を言っているんだ、という自分の気持ちも理解できる。
それでも一年でフラッグ・ゲームの頂点に立つという目標は変えられない。
学園生活でロイの中に住まう退屈を忘れるには、それしか方法はないのだから。
「私ね、勘違いしてたの」
モミジは絞り出すように言葉を紡いだ。
ロイはモミジの顔をじっと見つめる。
最後まで彼女の言葉を聞くように、彼女の奥底の叫びを一言も聞き漏らさないように。
「私ロイ君と一緒にいて、自分で歩けるって思ってた。 でも違ったの、私はロイ君の肩に掴まって歩いてただけだって」
「モミジ……」
切なそうなアキハの顔はモミジのことをよく知っているからこその表情であろう。
彼女は明るい性格で、人当たりもよい。
そんなモミジがこんな顔をするのだとロイは驚き、同時に悲しさを感じていた。
モミジの助けになれなかった、そんな思いがロイの中で生まれてしまっているのだ。
「でもね、もしもう一回チャンスがあるならって思ってた。 そのチャンスを貰えるなら、私は私自身の足で歩いてみたいと思ったの」
モミジの顔は決意がにじんでいた。
フラッグ・ゲーム前の不安におびえた彼女ではない。
自分の立ち位置を知った彼女は、自分の足も進むべき道も見えている。
彼女はもう誰かに指図されることはなく、誰かを頼ることなく歩けるのだ。
「アキハ、私やるよ」
「え?」
思いもしなかったモミジの言葉にアキハは驚きの表情を見せた。
「私はずっと親の敷かれたレールの上を歩いてきた。 でもロイ君と会って、みんなと一緒に戦って私は思ったの、このままじゃダメだって」
自分の決心を言葉絞り出しているモミジ。
「だからね、自分で決めた道を進もうと思うの。 例えそれが間違えた道だとしても、私はその道を走りたい!」
ロイから見たモミジの目は出会ったときのモミジのそれではなかった。
この短期間で彼女も変わったのだ。
歩かされることから、自分で歩く。
小さいようで、大いなる一歩。
「……わかった。 モミジがやるなら私もやる、私もモミジと一緒に走りたいから」
アキハもアキハなりにフラッグ・ゲームで思う事はあったのだろう。
友人が大きく踏んだ一歩。
その一歩に感銘を受けたのだ。
ロイは二人の覚悟を受け止めた。
パーティを組むという行為は学園生ならありきたりなこと。
パーティを組んだところで結果が出ないかもしれないし、解散していくかもしれない。
しかし二人はそんなことを考えていない。
学園生活を懸けて、ロイと行動を共にすることを決めてくれたのだ。
「……ありがとう二人とも」
覚悟の言葉は必要ない。
ロイがやる事はフラッグ・ゲームで頂点に立つ。
その行為が彼女らに対して唯一のロイの覚悟を見せる場面なのだから。
「……こんな時に悪いが、早速やってもらいたいことがある」
モミジとアキハはきょとんとした顔でロイの方を向いた。
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