第22話「理想の世界」

「これでよかったのかな、アキハ」


「ばっちりだと思う」


 ウォー・ウルフに聞こえないようにひそひそ声で話すのは、先ほど生徒たちの反乱の中一年生で唯一立ち上がっていた二人。

 二人に呼応されて立ち上がった勇気ある一年生もいたことを考えると、二人の先陣を切った行動は成功だったと言える。

 

「ていうかロイ君って何者なんだろう」

 

 この緊張感のある場であるのにも関わらず、顎に手を当て考える素振りを見せるモミジ。


「というと?」


 対するアキハも、この場に合わずモミジの言葉にきょとんと顔を傾けた。


「だって学園が攻められるなんて誰も予想できなかったことでしょ?」


 ふとした疑問。

 ロイからこのテロ行為を聞いていなければ、二人はこんなに落ち着いて喋ることもできなかったことだろう。


 ロイが言ったから二人は本気で第一王立学園にテロが行われることを信じた。

 クラスメイトがそんな突拍子もない発言をしたところで二人は左から右に聞き流していたことだろう。


 彼の言葉には人を惹きつける何かがある、モミジはその才能に尊敬を抱き続けると同時に少し不思議に感じていた。

 なぜ彼は、ここまで人を惹きつけられるのだろうか。


「モミジ、これはロイ君だからわかることだよ」


 まるで決まり文句のように、アキハはモミジの目を見つめてそう言った。

 ロイの行動はアキハやモミジにとっても未知であり、全く予想ができないしわかるわけもない。


 そんなロイを彼女たちは遠ざけたりはしなかった。

 むしろ、圧倒的なその才能を羨ましいと、いつかこうなりたいと思うばかりであるのだ。


「あ、そっかそうだよね!」


 モミジも何ら不思議に思うことはなくアキハの言葉を鵜呑みにした。

 すっかりモミジはロイの虜。

 彼が「明日世界が滅びる」と言っても信じてしまうほどに、陶酔している。


「おい、そこの女たちひそひそと喋るな!」


 びくっと体を震わせた二人。

 すかさず黙り込んだ二人。

 そして心でクスクスと笑う二人。


(ロイ君はなんでもお見通しだね)


 心の中で笑うモミジに恐怖心という言葉はなかった。

 ロイが何とかしてくれる。

 彼女の中のヒーローは、すでに学園に登場しているのだから。

* * *


 静かだが、恐怖に満ちた空気が体育館に充満している。

 体のでかい男、オーガ・アブソリュートは静かに座っていた。

 筋肉の量は、先ほど暴れていたドッグと変わらない。

 しかし、落ち着きはドッグよりも数倍あるようだ。


 オーガは頭の中でロイの言葉を再生していた。

 「俺が知っている中で一番強いのはあんただからな」、その言葉がずっとループするように脳内に流れている。


(今の俺に何を求めている。 今も昔も、俺は何もできない……)


 オーガは周りを見渡した。

 生徒が反乱しないように、ウォー・ウルフの隊員が目を光らせている。


 隊員たちが吊り下げている白が基調のアサルトライフル、通称『クラウド・ライフル』。

 シルフィが人生をかけて作ろうとしていた武器。

 ウォー・ウルフがその武器を使っていることに、未だに慣れていないオーガは視線を下げてしまう。


(どうなっているんだよ)


 かつての彼女に、今更何を思うのか。

 振られた相手に、今更何を心配しているのか。

 かき回される感情にオーガは何もできない。

 何もすることを許されていない。

 シルフィに与えてしまった悲しみは測り知れないのだから。

 

「オーガ・アブソリュートね」


「っ!?」


「振り向かないで、ウォー・ウルフにバレる」


 オーガは突如呼ばれた声に、振り返ろうとしたが後ろに立つ女性に制止される。

 

「私はジャッジ・マンの潜入捜査官よ、オーガ君今からの作戦を聞いて頂戴」


 静かに、オーガのみに問いかける女性。

 オーガは何も動きを見せることはなく、傾聴した。

 彼の冷静さはさすがと呼ぶべきか、普通の生徒であれば動揺してあたりをキョロキョロと見渡してもおかしくはない。

 彼の経験か、心情か。

 それは定かではないが、ひとまずオーガは危機的状況であっても後ろに立つ女性の話を聞くことに成功していた。


「あと一分後に体育館は爆破される。 これはあくまでもウォー・ウルフをかき乱すための誘導爆弾にすぎないものよ。 その隙にオーガ君、君は礼拝堂に向かいなさい」


「なんで俺が行くんだ」


 オーガもウォー・ウルフに見つからないように、小声で言葉を紡ぐ。

 冷静を装い、人質としての役割を演じたまま後ろに立つ女性と接している。


「あなたが今、この学園で一番強いからよ」


 オーガはその言葉に何も言い返せなかった。

 先の勇気ある生徒が立ち上がった時、絶対に負けるということを一瞬で見抜いていたオーガ。

 先の学生よりかは自分の方が強い事は刹那のうちに見抜いてしまった。


「それに礼拝堂には一人の女性が閉じ込められている」


「……俺が男だからってそんなのに靡かないっすよ」


「その女生徒の名は、シルフィ・ハステリア。 あなたの同級生よ」


「なっ…!」


 オーガは言葉を失った。

 よりにもよって、一番知っている生徒の名前だ。


「あなただけが頼りよ、オーガ君」


 その名前が出なかったらオーガは考えることはなく断った。

 自分が出しゃばったところで救えるかどうかもわからない、もしかしたら命を落とす危険もある。

 そんな戦いに足を運ぶわけがない。


 ただ、捉われている女性はオーガの知っている女性。

 知っているという言葉では済まされない関係性。


 オーガの中で後悔が残り続けていた。

 ただその後悔も彼女が生きていたからこそのもの。

 その彼女が命の危機とあれば、迷っている暇はないのだ。


「……わかりました」


 そして体育館の隅が爆破された。

 威力は一番初めに起きた爆発よりも劣るが、それでも体育館の壁を壊すほどの威力。

 縄をほどかれたオーガは混乱に乗じて体育館をあとにする。

 潜入中のジャッジ・マンの顔を見ることはなく、真っすぐと礼拝堂に向かったのだ。


* * *


「話が違うわよ!」


 普段温厚なシルフィが珍しく声を荒らげていた。

 周りにはシルフィが作った武器を吊り下げた隊員たちがシルフィを囲っていた。


「私はあなたたちが紛争地域の支援に向かうと聞いたから、武器を作った! 学園を襲うテロリストなんて知っていたら武器なんか作らなかったわ!」


「さあな俺らはそんなこと聞いていないぞ」


 へらへらと笑い、シルフィを取り囲むウォー・ウルフの隊員。

 

「はめられたわ……」


 頭を抱え、席に座ったシルフィ。

 夢を叶えるという単純な言葉に騙され、武器をテロリストに渡してしまった。

 自分の情けなさを悔いる。

 オーガに追いつくため、自分の夢である魔力のない人でも輝ける世界を作るため、シルフィは必死になって武器を作り続けた。

 そして、やっとできた試作品。

 苦労と努力、汗と涙が積み重なったシルフィの最高傑作。

 そのシルフィの人生を懸けた作品がたった一瞬で崩れ去った。


 黒いローブの女性が言った「魔力がない人たちが戦争に義勇兵として向かおうとしている、私はそれを助けたい」という真っ赤な嘘。

 それを信じて武器を渡してしまった。

 自分の努力が人に役立つなら、それで命が救えるならそんなに嬉しいことはなかった。

 

 どうすればいいのか、目指した先は結局このような事態になってしまった。

 シルフィの作り上げようとしていた世界は結局理想郷でしかなかった。


(私はどうしたらいいの、オーガ君)


「どうされましたか、ボス!?」


 ボスと呼ばれた男が武器製造室にやってきた。

 キバと呼ばれた男、シルフィが武器を渡す際に黒いローブの女性と一緒にいた人物だ。


 ただし、シルフィは見向きもしない。

 俯いて頭を抱えているのみだった。


「その女を礼拝堂に連れて行け」


「え、でもこいつは人質なんじゃ……」


「構わん、人質は体育館に無数にいる。 それより、ボマーの機嫌が悪い。 体育館の爆破といい、美術室の爆破といいこちらの計算外の動きが目立っている」


「へい! おい、動け女!」


 強引に手を引かれたシルフィはボスである人物を睨みつけた。


「あなたが、あなたが騙したのね!?」


 叫び声に近い怒声をキバに振りまく。

 

「どう考えても騙される方が悪い。 知っているか、この世界は嘘と金で動いている。 俺らウォー・ウルフも金さえ出されれば、殺しでもテロでもなんでもする」


「最低ね」


「そうだな、ただお前もその犯罪者に武器を流したんだ。 その罪は消えんぞ」


「……騙されただけよ」


 シルフィは俯きながら、自分の罪を掻き消すように呟く。


 その姿を見たキバはシルフィに顔を寄せた。


「騙されただけ? ぷ、はっはっは! そうか、騙されてただけか! いいなあ、お前の脳みそは花畑で。 いいか、教えてやる、この世界はそんな甘えは通じない! 金を持つ者が人の上に立ち、実力のある者が他を圧倒できる! お前の掲げる理想など、所詮ガキの絵空事、そんなことも知らないお前に理想など持つ意味はない!」


 先ほどまで落ち着いていたキバが、声を荒らげた。

 金に憑りつかれてしまった亡者、そんな印象をキバに抱いたシルフィ。

 

 私も同じだと、シルフィは思ってしまった。

 魔力がない者でも輝けるという理想を掲げ、それに憑りつかれた。

 それが金なのか、武器なのかの違いだけだと。

 その事実に気づいたシルフィは力が抜けた。

 何も考えられなくなってしまった。

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