第23話「予定外」

「爆発爆発爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破!」


 ここは美術室。

 筆や画用紙などの美術道具が床に散らばり、美術室の中心に位置する人物は絵と呼んでいいのかわからない線をとにかく描き続けていた。

 

「いい絵だな、それ」


「む?」


 明らかに肥満の男が振り返る。

 扉の近くで立っていた男は、包帯を全身に巻いたロイ。

 骨折したかのようなギプスをつけた片腕を左右に振り、男に挨拶をしていた。

 

「なぜ学園の生徒がここにいるんだな……」


 振り向いて怒りの表情を見せた男の額には汗が滲み、くたびれたTシャツにも汗による染みがある。


「ま、色々あってな。 そういうお前はボマーだな?」


 ボマーとロイに緊張感はない。

 ボマーは怒りに満ち溢れ、ロイはへへっと笑っている。

 両者の雰囲気に違いこそあれど、すぐにでも戦闘が始まる気配はなかった。


「黒ローブのお姉さんが言ってたんだな、学園生は体育館に捕まっているって。 どうしてここにお前がいるんだな」


「ちょいとボマーというやつの顔を見ておきたくてな」


 ロイは屋上から飛び出した後、すぐにこの美術室に駆けつけていた。

 アンとヤスケとの約束である人質を救うために囮になるという役割は放ったらかしにして。

 あの作戦会議中に出たロイの言葉は全て虚言。

 ロイの目的は初めからこの美術室にいるボマーに出会うことであったのだ。


「何をしに来たんだな」


「だから言ってんだろ、あんたを見に来ただけだって」


 ボマーは再度キャンバスに視線を向けた。

 無造作に書きなぐられる無数の線。

 

 ロイはその線をただただ見つめる。

 ロイが良い絵と言ったのはボマーを持ち上げるためではなく、本心。

 ボマーの感覚で書かれた線はボマーの内側に溢れかえった言葉のようだった。

 その絵の表現を、絵の意味を、ロイはロイなりに解釈できていたからこそ、褒めることができたのだ。


「……体育館の爆発はお前の仕業なんだな?」


「さあな。 ウォー・ウルフが何もしないお前に怒ってるのかも」


 ボマーの筆が止まる。


「あいつらうざいんだな。 僕のことを変な目で見てきた、お姉さんに止められてなければとっくに爆破してるんだな」


 ボマーとウォー・ウルフは手を組んでいるわけではない。

 お姉さんとボマーが呼んだ人物の手によって組み合わされただけの関係性。

 その関係性はほんの些細なことで崩れ去るものだ。


「いいね、ウォー・ウルフ爆破しにいくか」


 意気揚々にボマーの背中に語り掛けるロイはなにやら楽し気だ。

 ボマーがその気なら、それに乗っかるまで。

 楽しい事を優先し続けるロイにとってすれば、あらかじめ立てておいた計画など始まってしまえば無意味な空論となる。


「別にあんなやつらすぐ爆破できるんだな」


「そうか。 んじゃ、俺はやる事あるんで帰るとするよ」


「待て。 お姉さんの指示を思い出したんだな」


 ロイが美術室を後にしようとしたとき、ボマーの野太い声で呼び止められた。


「指示?」


 ロイの台本にここでボマーに指示があることは知らない。

 ここでロイがやる事はボマーと出会うことだけはずだ。

 

「ここに来た生徒を爆破してくれって、お姉さんに言われてるんだな」


「あの野郎……」


 ロイは頭である人物を思い浮かべた。

 ロイが指示を出し、その指示を忠実にこなした人物は肝心のところで裏切りを見せてきた。


(ま、面白いからいっか)


「僕の芸術を邪魔するやつは爆破なんだな!」


 ボマーは席を立ち、ロイに向かって駆けだした。

 決して速いとは言えない足、しかしゆっくりと走るブルドーザーのような衝撃が美術室の床に伝播している。


「おい、待て! まだお前と戦う気はないって——」


 ボマーがロイを殴ろうとする拳は止まるはずがなかった。

 ロイは何とかその拳を躱す。

 勢いそのままにボマーの拳が床に打ち付けられ、床にぽっこりと穴が開いた。


 そしてボマーの拳と床がぶつかった瞬間、爆風が美術室に轟く。


「おいおい、物騒だな~」


 美術室の床が爆発されても、優雅に振る舞い続けるロイ。

 包帯が全て取れ、顔に黒ずんだ跡があるもののロイ自身の体は無傷だった。


「聞いてくれ、ボマー。 本当のこと言うとさっきの体育館の爆発は俺じゃねえ、ウォー・ウルフだよ!」


 咄嗟の嘘。

 自分で言って、自分の嘘を褒めたロイ。

 焦っていながらも、ボマーへの注意は怠らない。


 先ほど床を爆発させた魔力量。

 あれはまだボマーの本気ではない。


(お前と戦うのはまだ早いって)


 嬉しさを前面に出さないように、ロイはとぼけながらボマーを制止する。


「嘘、なんだな。 どうせお前なんだな、お姉さんの言う事以外全部嘘なんだな!」


「違うって、俺は別にお前を倒したいわけじゃなんだよ。 それにこれを聞いてくれよ」


 ロイは腕時計型のデバイスの録音機能を再生した。

 

「助けて、助けてボマー! 私は今ウォー・ウルフに捕まっているわ、急いで礼拝堂に来て、きゃああああ――」


「というわけだ、今は俺よりも戦うべき相手がいるだろ?」

 

 心の中でほっとしたロイ。

 万が一に備えて、事前に音声を録音しておいてよかったと安堵する。

 ボマーは俯いていた。

 先ほどまでの威勢の良さは消え、禿散らかした頭がロイの目に映る。


(俺も将来こうなるのかな……)


 ロイの将来への不安はさておき、ボマーの魔力はその言葉を聞いてからぐんぐんと魔力が増幅している。


「……許さないんだな、ウォー・ウルフ! 許さないんだなあああああ!」


 ドタドタと足音を立てて、ボマーは美術室を後にした。

 ただし、ロイの歩くスピードと大差はない。


「よかった、あいつの頭に性欲しかなくて。 俺も気を付けておかないとな、頭に性欲しかないと髪に栄養がいかねえってことだろうな」

 

 ロイは笑って、爆破されところどころ風穴があいた美術室を見渡す。

 頭に浮かんだのはこの学園の学園長であるレイドの顔ではなく、ガミガミと怒っている祖母の顔であった。


「やべ、またばあちゃんに𠮟られちまうな」


 はあーあと溜息をついたロイは、ボマーが座っていた椅子に腰を掛けた。


* * *


「——どうなってるのよこれ!」


「わからん」


 カーラとケイトの二人組は学園内の廊下を全速力で駆け抜けていた。

 普段なら、この場面を見られて「廊下を走るな!」と教師に怒られているかもしれない。

 しかし、今は学園の緊急事態だ。

 ウォー・ウルフが侵入してきたとき、カーラは咄嗟にスキルを発動。

 同じクラスメイトの中で一番融通利くのがケイトだったため彼も『ピュア・ベール』に巻き込んで逃走を図った。

 

 ただ、逃走できたのはいいが一つだけ不運なことが起こる。

 彼女たちを追っているのは、ウォー・ウルフではない。

 それは幸運なこと。


 だが、不運なこともある。

 彼女たちを追っていたのは、戦闘兵器『キリング・マシン』。

 戦争に使われる自律式のロボットで、両手には八ミリほどの口径であるマシンガンが円状に十個取り付けられており、両足にはタイヤほどのローラーが取り付けられており車のようなスピ―ドを出すことができていた。


「なんで学園に戦争兵器が侵入しているのよ!」

 

 キリング・マシンは学園の壁という壁を破壊しながら進み続ける。

 標的はケイトとカーラ。

 直線状に伸びている廊下でマシンガンを放ち続けていた。

 学園生が体育館に集められているため幸いにも怪我をする人物はいないが、今まさに重傷を背負いそうな人物が二人いる。


「カーラ、戦うしかない」


「ちょっとケイト、正気!?」


 ケイトは足でブレーキをかけて振り返り、キリング・マシンを見やった。

 両手に携えているマシンガン。

 ケイトはその銃火器に恐れることはなく駆け出した。


「『ディスチャージ・ガス』」


 ポンッ!と音を立てて、キリング・マシンに向かって加速。

 キリング・マシンはとにかくマシンガンを乱射している。

 直線的な廊下。

 いくらケイトが人外的な速さで移動していたとしても、体が消えるわけではない。

 そのため、無差別に放たれた銃弾に対して避けられるはずはない。

 しかし、ケイトは怯まずに銃を放つキリング・マシンに向かって駆けていた。


 なぜそのような行為ができるのか。

 それは、カーラに全幅の信頼を寄せているから。

 ずっと昔から、小さい頃から彼女を見てきた。

 彼女がいなかったら王立学園に入ることもできなかった。

 その信頼と感謝はケイトの中で決して揺るがない。


「カーラ!」


「ほんっと、こういう時は強引なんだから!」


 オーロラが廊下に浮かび上がった。

 カーラの『ピュア・ベール』で作られるオーロラには質量など存在していない。

 そのため雲のように自由にゆらゆらと廊下を包むことができる。

 例え廊下という狭く直線的な空間であっても、キリング・マシンを包み込むほどにはオーロラが伸びていく。


「ガギッ!」


 忽然と消えたケイトに、機械音が鳴る。

 

「くたばれ、『ディスチャージ・ショット』!」


 しなるように繰り出されたケイトの右足。

 常人ならガスの加速に足が耐えられるはずはない。

 しかしケイトの体質である体の柔軟さにより、ケイトはそのディスアドバンテージをプラスに変えれることができる。

 ガスに乗ったケイトの攻撃が、キリング・マシンの頭にクリティカル・ヒットした。


「ガギギギ」


 しかし、キリング・マシンは壊れることも転がることもなかった。

 また、その場から動くこともなかった。

 動きといえば、首が三十度ほど傾いただけ。

 その勢いのまま百八十度回転し、頭から砲台がにょきっと出てくる。

 照準はもちろんキリング・マシンの後ろに向かったケイトだ。

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