第66話「自由とは?」

 「……わかった、その仕事を受けよう。 だけど一つだけ聞きたいことがある、ナナパイセンは何をしようとしているんだ?」


 ロイの疑問はなぜナナが危険にさらされる立ち位置にいるかというもの。

 そして、どうして危険に飛び込もうとしているのかということ。

 おそらく敵はラーク陣営でほぼ間違いない。

 この学園で危険なことを仕掛けてくる連中はそいつらしか見当たらない。

 それにナナとユンが救護室で出会っていたことを踏まえると前夜祭の事件でユンを助けたのはナナであると確証を持てた。

 だが、それだけではこれからナナが何をしようかわからない。


「セイラを助けたいの」


 ロイが悩み質問を考えていたところ、ナナが先に口を開いた。

 悩んでいる時間がないのか、どこか焦っている様子もある。


「セイラ? もしかしてナナパイセン、セイラとも友達だったりするのか?」


 こくりと頷いたナナ。

 うっすらと浮かんだ嫌な予感。

 そしてはっきりとその嫌な予感が嫌な現実へと移り変わった瞬間であった。


「ふむ、わかったこれ以上は聞かない。 とにかく俺はナナパイセンを守るよ」


「……本当に、これだけでいいの?」


 ロイがこれ以上尋ねなかったことに、眉をひそめる。

 彼女の優しさなのだろうか。

 ほぼ二つ返事で了解したロイに対して不思議な存在と思っているのだろうか。


「まあ聞きたいことは確かにあるが、今は事を争うときでしょ? たぶん俺と喋るよりもやる事があるんじゃない?」


「う、うん。 まあそうだけど……」


「大丈夫、きちんと約束は守るよ。 早く行ってあげて、ナナパイセン」


 ロイはナナの意思を汲む。

 こんな朝にロイを呼び出したということは、これからやるべき事が山ほどあるのだろう。


「ありがとう、ロイ君」


 そう言うとナナはこの場を立ち上がり、駆け足で去って行った。

 ロイはナナの後ろ姿を眺め、これから起こるであろう出来事に頭を働かす。


* * *


「こんにちー……、わっ!」


 引き扉の持ち手に手をかけ、半分ほど開いたところまではゆっくりとそこから勢いよく扉を開いた。

 全くもって意味のない行動。

 これもロイなりのコミュニケーションの一環である。


 ロイの視線の先にいたのは、丸眼鏡が特徴的な女性。

 資料を片手に持ち、体は動かさず口をぽかんと開けてロイを見ていた。

 

 ロイが訪れたのは新聞部の部室。

 これから起こりうるだろうラーク陣営とセイラ陣営の闘争に備え、情報を収集するためにここにやってきた。

 前回の裏選挙で何があったのか。

 ロイの推理力をもってしても、その推理に必要な情報がないのであれば意味をなさないのである。


「わあ!?」


「おひさ。 ネル部長」


「ロイ君? どうしたの?」


「いやー、新聞部の記事って第二の生徒に人気なんでしょ? 今は選挙活動の時期だから選挙の記事は大盛況って聞いたよ」


「え~、そうなのかなあ」


 頭をぽりぽりと掻きながら、褒められたことをまんざらでもない様子のネルである。


「どちらの陣営が有利かっていう比率も出している、さすがのリサーチ力だね」


「そんなことないよ~」


 体を左右にもじもじさせながら必死に手を隠そうとしている。

 自分の記事が人気だということは、新聞部としても鼻が高いことだろう。


「それで、そんなことを言いに来たわけじゃないでしょ。 ロイ君」


 ネルはふふっと笑い、ロイがここに来た理由を見透かしたような目をしている。

 

「さすがネル部長。 ちょっと票数の現状を聞きたくてさ」


「票数?」


「うむ。 実際セイラ陣営とラーク陣営の票がどれくらい離れているかを知りたくてね」


「うーんとね……」


 ネルは散らばった机上の資料から何かを探す。

 これだけ散らかっているのに目的の物を探せるということは、資料の位置を記憶しているのだろうか。

 

 ネルの頭の良さに感心しながら、ロイは近くの席に座る。

 そして、ネルはとある資料を手に取り眼鏡をかけた。


「現状三年生の票はほぼラーク陣営に入っているね、ほぼこれはサーガの実績で獲得した票。 一年生はまだどっち付かずな子が多いかな。 どちらの陣営も合同演習でいいところを見せようとしてたけど第一の生徒のせいであんまり目立ててなかったかな。 まあその中心は君だろうけど」


「む!? 俺何かしたのか!?」


「ふふ、君はあれだけの事をやったのに何も気にしていない様子だね。 うちの三傑に勝ったんだもの、第二の選挙よりも君に注目が集まるのは仕方のないことだよ」


 ロイのオーバーリアクションに思わず顔を綻ばせたネル。

 

「でも私が気になっているのは、二年生の票。 新聞部調べだけど、二年の大半の票はラークに入っているっぽいね」


「ラークのどこにそんな要素があるんだ?」


 確かにラークの実力は他の生徒と一線を画すものであるだろう。

 だがそれだけでは、票数に直結しないはずだ。

 ただ強いから票を入れるというのは、ロイの推理では考えがつかない。


「彼ルックスはいいからね、彼の悪評を知らない女の子からしたら票を入れたくなるのも頷けるって感じかな」


 確かに選挙において顔立ちの良さは票数に直結すると言ってもいい。

 選挙に興味がない生徒からしたら公約なんて関係ない。

 そんな生徒がいる中で何が判断材料になるかと言われれば、顔で評価するのが一番わかりやすく、決めやすい。


「でもラークのルックスに惚れて票を入れるなんて、女子票だけだろ。 男子のほうが多い王立学園で、女子票じゃ半数は取れない。 それにセイラだって決してブサイクじゃないだろ」


「その通り。 ここからは私の推測だけど、二年生の票はサーガの功績によるものだと思ってる」


「サーガの功績? 俺視点、嫌われている印象の方が強いけどね」


 現生徒会長であるサーガ・ビックバン。

 ただ彼の票の獲得方法は暴力による統制だったはず。

 だからそれを嫌悪する一般生徒の票はセイラに入ってもおかしくはないはずだ。

 それなのにどうして二年生の票がラーク陣営に流れてしまっているのだろうか。


「サーガ君の暴力による統制は、ある意味生徒を守っているんだよ」


「む?」


「第二王立学園にも魔力を持たない生徒、争いを好まない生徒は数多く存在する。 その子たちからすれば、サーガに従っているだけで学園生活が平穏になるのならどうかな?」


「なるほどね……」


 魔力を持つ者と持たざる者の因縁は、第一でもあった問題だ。

 ロイのパーティメンバーであるシルフィもそれに悩まされた一人。

 魔力に憧れ、魔力に憑りつかれてしまった生徒の一人。

 第一でも魔力を持つ者と持たない者でいざこざがあったことを考えれば、第二で同じ現象が起こっていても不思議ではない。

 魔力を持つ人間が力を持ち、魔力を持たない人間、戦闘が苦手な人間が日陰の道を歩く。

 そんな生徒たちが願うことは最低限の日常生活、最底辺の自由。

 それを守ってもらえるなら、多少の暴力には目を瞑れれるというわけだ。


 でもそれはある種の降伏宣言だと、ロイは考える。

 自分では何もできないから、せめてサーガの言うことを聞いていればある程度の平和は保証される。

 でもそれは本当の自由と言えるのだろうか。

 結局サーガの目に届かないところで恐怖に追われているだけなのではないのか。

 

「サーガが会長になったのは、一年生の時からだった。 でもその前から学園の方針もがらりと変わってね、正直サーガが会長になる前は目も当てられないほどの状況だった」


「というと?」


「自由にしたせいで、生徒同士の争いが絶えなかったんだよ。 先生たちも見て見ぬふりをしていたのも事実だわ」


「自由なのは学園生にとっては良い事からも知れないけど、被害者側からすれば最悪だね」


「その通り。 でもサーガが会長になってからはそれがパタリと消えた、彼のおかげで争いごとが選挙だけになったのは紛れもない事実」


 これこそがサーガの功績。

 ネルの話だけ聞けば、誰かが作ったような筋書きにも思える。

 サーガが入学する前に学園の方針を変え、サーガを英雄に仕立てあげるストーリー。

 その筋書きにまんまと登場人物として数えられた第二の生徒。

 第一のロイから見たサーガは学園に暴力を持ってきた生徒という印象しかない。

 では、第二の生徒から見ればどうなのだろうか。

 争いごとに巻き込まれないように生活しているのに、勝手に巻き込まれてしまう状況。

 それを見事に解決してくれた英雄のように思えるのではないか。


「理事長は何も言わなかったのか?」


「理事長はその時期、代理の人が入っていたわ。 私は理事長のこと詳しくないけど、あの人がこの事について何も言わないっていうのは考えられないけどね」


 メグがこの問題に黙っているはずはない。

 そう考えるとメグは誰かと戦っていたということだ。

 第二を守るために、生徒を守るために。

 結果、何もできなかったというのは合同演習前に会ったときに見た顔が物語っている。


「大人でもなければ、子供として扱うには遅すぎる。 でも学園生は学園生、私は教育はきちんとするべきだと思うけどね……」


 ネルは窓の外に目をやった。

 その表情はどこか悲しそうで、どこか悔しさが滲んでいるようにロイの目には映った。


「私は何もできなかった」


「……」


「もちろんサーガの功績は認める。 でも、未だに選挙の関係のない生徒は巻き込まれて、選挙で流れるはずのない血が流れている。 そんなの間違ってるよ……」


 たぶんこれはロイと会話するために言っているわけではない。

 何もできなかった自分に対しての台詞だろう。

 これまでの情報を入手するのは決して容易な事ではない。

 ラーク陣営に狙われる危険性はもちろんあったはずだ。

 その危険性を知っているからこそ、ロイがラーク陣営に囲まれたとき真っ先にロイを連れて逃げてくれた。

 

「誰かに怯えて学園生活を送って欲しくない。 学園生にはそんなことを考えずに、友達と遊んだり誰かと恋をしたりして、普通の学園生活を送って欲しかった」


 責任感が強い彼女だからこそ、こうして新聞部として活動できているのかもしれない。

 学園の闇を暴き、何か変わるかもしれないと願いながら過ごしていたのだろう。


「私も何かしようとした、実力のある友達にも力を借りた。 でもできなかった、一人の実力者だけじゃ学園を取り戻すことはできなかった」


「つまり、学園生以外の何かが関与していたってこと?」


 ネルは頷きで返す。

 サーガが入学してきたときから学園が変わった。

 そして台本でもあったかのように、サーガが生徒会長となり学園の実質的な支配を手に入れた。

 第二王立学園が方針を変えた二年前、筆頭出資者となったのはビックバン家。

 おそらくメグでも太刀打ちできなかったといのは、三大貴族に数えられるビックバンの力が強大なものであったからだ。

 未だに理事長の席に座れているのは、メグができたせめてものの抵抗。

 もしメグが理事長の席に座っていなかったらもっと悲惨な目になっていたかもしれないとロイは想像を膨らました。

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