第66話「友達を守るために」

 夜中の第二王立学園。

 ナナ・スカイは中庭のベンチに腰をかけていた。

 魔力演武直後にやってきたテロリスト。

 もちろん救護室にいたナナもその映像を見ていた。

 いつも当たり前だと思っていた平和が突如として混沌へと移り変わった。

 それはナナの中でも異様な光景。

 もちろん世の中には危険な人がいるのはわかっている、それでも誰かが守ってくれていると勝手に思っていた。

 そんな矢先、突如目の前に現れた危険。

 立ち向かう勇気もなければ、何か行動に移すという勇気もない。

 どうすることもできない現実、それは今ナナの状況にも思い当たる節がある。

 第二王立学園の選挙。

 ナナは関係ないと思っていたが、やはり関わることになってしまった。

 その一歩目は既に踏んでいる。

 ここから先、立ち止まるのかそれでも進み続けるのか。

 それを決めるのが今夜なのかもしれない。


「お待たせ、ナナちゃん」


「あ、ユン」


 ぐるぐると不安が頭の中で回転していたとき、待ち合わせの人物がやってきた。

 ユンはナナが腰かけていたベンチに腰を下ろす。

 中庭には明かりが一点だけ。

 それだけではユンの表情をわかるわけではなかったが、曇りがかっているのは間違いないだろう。

 ユンは選挙に奔走するセイラを心配している。

 そのユンの姿を見て、ナナはユンを心配していた。

 もちろんセイラも連日の選挙活動で精神が疲弊しているのはわかる。

 だが、それに付き従うユンもまたセイラと同じように疲弊しているのではなかと思っている。


「ユン、大丈夫?」


「え、うん。 何か、あった?」


 微笑を浮かべるユンだが、ナナにはその異変がわかる。

 去年もそうだった。

 悩みは誰にも打ち明けず、友達と会うときは常に笑顔を浮かべている。

 誰にも悟られないように、誰にも気づかれないように。


「ユンはいつも元気でいようとするからさ。 選挙に関係のない私の前では取り繕わなくていいんだよ?」


「あはは。 ナナの前では嘘はつけないね」


 それからしばらく、ユンの悩みをナナはずっと聞き続けていた。

 去年の選挙からのセイラの行動、そして今のセイラの選挙に懸ける思い。

 そして、ユンのセイラに対する心配。

 溜まっていたものを少しずつ吐き出すようにしてユンは語りかけていた。

 

 ナナはずっと聞いていた。

 意見に反対することは無く、ユンの言葉を聞き洩らさないようにして。

 

 一時間ぐらい過ぎただろうか。

 ひとしきり話終えたユンははあと大きな息を吐いた。


「ごめんねナナちゃん。 関係ないのに私の愚痴に付き合ってもらっちゃって」


「関係あるよ」


「え?」


「ユンの思いは今全部聞いた。 私にできることがあるかわからないけれど、私にも協力させてほしい」


「ナナちゃん……」


 こんなことを言うのはおこがましいのかもしれない。

 自分は前回の選挙を引きずって逃げた身だから。

 友達が困っていても知らないふりをしてしまったから。

 

 でもやっぱりそれは違う。

 彼女たちのことを友達だと思っているのなら、心配しているのなら。


「私もやる」


「本気なの?」


 ユンはナナが人を撃てなくなった理由を知っている。

 それが前回の選挙のせいということも知っている。

 

「うん」


 ナナははっきりとユンの目を見て頷いた。

 

「……わかった。 じゃあ私たちでセイラちゃんを止めよう」


 そう、ユンは選挙で勝つことが目的ではない。

 先ほどの話からも推察できることはあった。

 彼女の目的は、セイラを選挙から身を引かせること。

 それにナナが応じた。


「じゃあ作戦を考えよっか」


 二人の密会はもう少し続く。

 彼女らの友達を守るために。


* * *


 セイラは自分の心が摩耗しているのを理解していた。

 一体何人と口づけを交わせばいいのか。

 一体何人の人と関係を持てばいいのだろうか。

 リミット、『可愛い子には裏があるハニー・トラップ』。

 口づけを交わした相手を意のままに操れるようになるセイラのリミットだ。

 自身への好意が強いほど効果は上がり、継続もする。

 

 セイラはこの裏選挙が始まる前からずっとこのリミットを使い続けていた。

 一日に何人もの男と口づけをし、その度に化粧室で自分の唇を拭き続ける。

 拭いても、拭っても、擦っても取れない自身に纏わりついたカビ。

次第に鏡に映る自分の顔がどんどん暗く、そして醜くなっていくのもわかっていた。

 

「……マイカさん」


 彼女が心や体を犠牲にしてでも手に入れたいものがある。

 マイカに振り向いて欲しい。

 たったそれだけのために、セイラは全てを捧げるつもりだった。

だからこそ、ここで休んでいるわけにもいかない。


「サーガ陣営を潰さないと」


セイラは何者かに促されたように立ち、ゆっくりと歩き出した。

とっくに壊れているはずの心。

その心がまだ繋がっているのは、マイカへの愛。

 自分を救ってくれた恩人に対して、できることはすべてやる。

 例え、自分がどれだけ傷ついたとしても。


* * *


 テロリストの学園訪問から一夜明け、第二王立学園は閑散としていた。

 非常事態ということもあり合同演習は中止、プロライセンスを持つ第一と第二の生徒は【ダイヤモンド・キャピタル】の中心地に集められている。

 学園は緊急事態ということもあり、休園。

 だが、自習や自主練習をするちらほらいる。

 王立学園の生徒いたって真面目。

 それは短い期間しか在籍していないロイであっても思うことであった。


 第二王立学園射撃演習場。

 ここに生徒はいない。

 だがとある人物を待っていた。


「お待たせ、ロイ君……」


「おはよう、ナナパイセン」


 不安そうな顔を覗かせながら射撃演習場に入ってきたのは、黒いフードつきのパーカーを着ていたナナ・スカイだった。

 一応、ロイはナナが合同演習で倒れ救護室にいるときにさらっと連絡先が書かれた紙を渡してきておいたのだ。


「ナナパイセンから誘ってくれるなんてね、もしかしてパーティメンバーに入りたい気持ちになった?」


 もしかしたらパーティメンバーに入ってくれると、心を躍らせていた。

 だがナナの顔をじっくり見てみるとどうやら良い話ではないらしい。


「まあまあ、ナナパイセン」


 自分が座る長椅子の隣に手をぽんぽんと叩く。

 とにかく座って話そうとしたロイの意思だ。


「んで、何か話したいことがあって俺を呼び出したんでしょ?」


 会話を渋っているナナに代わり、ロイが口を開く。

 正直、ナナから呼び出されるとは思ってもみなかった。

 ロイの頭に彼女がどんな話をするか思い浮かばない。

 パーティメンバーになってくれるという話であればそれはそれで歓迎。

 だがきっとそんな話ではない。

 まだその時期ではないことを誘ったロイが一番わかっている。


「ロイ君、これ知ってる?」


 ナナがポケットから取り出したのは携帯型デバイス。

 そこに映っていたのはセイラ・クリーム。

 そして見知らぬ男。

 会話は聞こえない、だが男があくどい笑みを浮かべて鼻の下を伸ばしきっているのがわかる。

 直後、二人は口づけを交わした。

 そのまま動画は終了。

 たった十秒程度の短い動画だった。


「なんじゃこりゃ」


 ナナは何も言わない。

 続けざまに携帯型デバイスをいじり、別の動画を見せる。

 場所は同じ、セイラもいる。

 だが、男が違う。

 セイラのことを知らない人物であるならば、変な風に見られてもおかしくはない動画だ。


「どうしてこの動画を俺に見せた?」


「……セイラは私の友達なんだ」


 ナナは重苦しそうに口を開けた。

 この事実は初耳だ。

 サラを守るという名目でセイラと手を組んでいる、だがそこにナナが絡んでくるとは思わなかった。


 ナナとロイの関係性は親密なものではない。

 むしろ執拗にパーティメンバーに誘うロイにナナは引き気味であったはずだ。

 

「私じゃ、セイラを救えないから。 魔力演武で三傑の子に勝ったロイ君にお願いした方が確実だと思って」


 ずっとナナは俯きながら話続ける。

 ロイと目を向かいあって話すことを躊躇っているように。

 話をしながらでも、このまま頼んでしまっていいのかと悩んでくれているように。


「——私を守って欲しいの」


 だがこの言葉を発したとき、ナナの目の色は変わった。

 先ほどまで言葉ごとに視線を外され、どこか会話に集中していたような印象であった。


「急なお願いだし、私に頼まれてもって気持ちはもちろんわかる。 だからタダってわけにもいかないから…」


 覚悟を決めたような、そんな目つき。

 まるで人生の分岐点に立たされているようだった。

 

「もし引き受けてくれたら、私はあなたのパーティに入る」


 決意の籠った瞳。

 ナナは決して視線を逸らすことはなくロイの双眸を見つめていた。

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