第65話「貴族同士の戦い」
豪壮な城。
誰が見ても金持ちの所有物だというのがわかる。
その城に入っていった二人の人物。
清潔感溢れる紳士的なスーツに身を包んだ男性がアルフレッド家の当主ブレン・アルフレッド。
そして半歩後ろを歩くのが、若々しいギャルのような顔立ちをしているアルフレッド家のメイド長、ギン。
「今日はその姿でいくのか、ギン」
「はい。 この姿の方がビックバン家の当主様が喜ばれるかと」
「ははっ。 まあまずは、相手をしてくれるかどうかだな」
城に入った瞬間、黒服の集団がブレンたちを迎える。
「お初にお目にかかります。 アルフレッド家当主ブレン・アルフレッドです、突然の来訪失礼いたします」
深々と頭を下げたブレン。
それに連動してギンも頭を下げる。
「本日アルフレッド家の来訪が来ることは知りませんが」
黒服のとある男が先陣を切って話し始める。
とても歓迎されているとは思えない雰囲気。
それはたった一人から醸し出される雰囲気ではない、ここにいる黒服の人間約三十人全員がまるで今すぐに立ち去れと言っているようだった。
しかしブレンは我関せずといった態度で話を進める。
「すみません。 ですがとても重要なお話がありまして、ぜひ一度ビックバン家の当主、ヴェルモート様とお話させていただきたく馳せ参じました」
笑顔は崩さず、常に低姿勢で話続ける。
これは彼なりの礼儀の尽くし方。
いくら自分が怒っていようが、怒りの元凶を殺したいほど憎んでいようが交渉の席になれば自分の感情を出した方から負けていく。
「当主はただいま席を外しております」
「では待たせていただきます」
時には強情さも必要。
無名貴族だったアルフレッド家を国屈指の貴族にまで押し上げたブレンの力。
三大貴族の喉元まで迫る勢いのアルフレッド家。
それはまさしく、ブレンの実力そのものだ。
「それはできかねます。 これ以上我儘を仰るようでしたら実力行使に移りますが?」
「……それは困りました。 何か方法はないのでしょうか?」
きょとんと首を傾げた瞬間、ブレンの元に黒服の集団が波のように押し寄せた。
素早い動き、確実にブレンの命を狙った動き。
魔力の持っていないブレンは、自分の命が狙われていることに気づくことはできなかった。
「ブレン様、前を失礼」
疾風のように、否疾風を纏ってブレンの前に姿を現したのはメイド姿のギン。
長いスカートがひらりと舞い、ギンは迫る黒服集団と対峙した。
止まるはずのない黒服集団、ギンは両手を左右に伸ばす。
「破型、『インパクト・ショット』」
衝撃波がブレンを守るように放たれ、迫る黒服たちは一気に端の壁へと追いやれた。
「ギン、やりすぎは駄目だぞ」
「はい、十分承知しております」
若い女性の恰好をしているのにも関わらず、持つ魔力は一級品。
たった一人でブレンの護衛を務め続けているメイド。
一躍時の人となっているブレンに迫る脅威は数知れない。
裏社会で賞金首にされ、誰かが仕向けた暗殺者から命を狙われるのは日常茶飯事。
その脅威をたった一人で捌き続けているのがギンなのだ。
それは他のアルフレッド家のメイドでは務まらない。
ブレンが赤子の頃からアルフレッド家を支え続けているギンだからこそできる仕事だ。
「——おいおい、何の騒ぎだこりゃ」
扉から、ではなく扉の奥に設置された大階段に現れたのは大柄な男。
ただ身長や体つきがデカいだけではなく、佇まいもデカい。
「お久しぶりです。 ヴェルモート様」
軽く会釈をしたブレンだがその目に再会を喜ぶ感情はない。
あくまで戦いの相手としてビックバン家の当主と出会っているのだから。
「おう。 世界会議ぶりだな、ブレン」
会釈をして丁寧な対応をしたブレンを横柄な態度で見下ろすヴェルモート。
相反する両者、だが保有資産であれば両者に大きな差異はない。
ヴェルモートについていき、応接間へと通されたブレンとギン。
応接間といっても教室ぐらいの大きさにソファが対になっておかれ、中央には高価そうな机。
壁にも国で有名な画家による絵画が何枚も飾られており、この部屋を見るだけでビックバン家がどれだけ金持ちかがわかる。
ソファに腰を下ろしたブレンヴェルモート。
両者の使用人は主の背中に立つ。
応接間に通されたヴェルモートの使用人はたった一人。
大広間でブレンに向かって来た黒服のことを考えれば、たった一人でヴェルモートの護衛をするこの男は相当ない実力ということだろう。
「んで、何用だブレン」
先に口を開いたヴェルモートは長い脚を交差させて、横柄な態度でブレンを迎える。
対するブレンは背筋をピンと伸ばし、朗らかな笑みを浮かべヴェルモートの顔を見ていた。
「率直にお聞きしたいのですが、うちのテーゼをどこに隠しました?」
ブレンから出た言葉は誰もが目を疑う内容である。
三大貴族にアポも取らずに入城し、その当主を自分の娘を隠した犯人として言葉を投げつける。
愚行と言っても過言ではないこの内容。
仮にも国屈指の富豪の仲間入りを果たしたばかりのアルフレッド家が口に出してはいけないことであろう。
「テーゼ? ああ、お前のところの娘か。 そんなもの俺が知るわけなかろう」
ブレンからの言葉に眉一つ動かさなかったヴェルモート。
普通の人間であれば疑いをかけられるものなら激高するなどのリアクションをしていいはず。
だがこの男に『世界』は狭すぎる。
ビックバン家の当主の器を持つ彼にとって、この世界で起こっていることは全て想定の範囲内ということなのだろうか。
「先日【ダイヤモンド・キャピタル】にてテーゼが攫われました。 アルフレッド家のメイドや『
ブレンは淡々と説明を始める。
だが目に宿る闘志は彼の本気を現しているかの如く、燃え盛っている。
「そこで私は一つの仮説を立てました。 それはアルフレッド家では立ち入ることのできない場所にテーゼが拉致されているという説です」
「ほう。 その場所とは?」
「——第二王立学園です」
第二王立学園。
王立と名前が付けられたその学園はもちろん国の所有物。
だが国の資金力をたかが学園生に大量に注ぐことは国民の反発を招くためできない。
そのため資金を持つ貴族などから資金を募って運営しているのが現状だ。
これだけでは学園側にしかメリットがないようにも思えるが、学園生の実力者を自分たちがオーナーとなっているギルドにスカウトしたり、護衛として貴族に迎え入れることもしばしばみられる。
三大貴族も王立学園に資金を提供している貴族のうちの一人。
そしてビックバン家は二年前に第二王立学園の出資率百%を実現させた。
このニュースは瞬く間に貴族に知れ渡る。
それぞれの貴族たちが出資率で競いあっているのにも関わらず、それを嘲笑うようにビックバン家は百という数字を叩きだしたのだ。
「なぜ第二なのだ?」
「アルフレッド家の情報網は国でも随一と自覚しております。 もし【ダイヤモンド・キャピタル】からテーゼが移動したとなればアルフレッド家はその情報を掴める、そして今その情報がないのであれば【ダイヤモンド・キャピタル】にテーゼがいるということになります」
「……ガハハ。 ブレン、お前も所詮その程度か?」
天上に向かって高笑いをしたヴェルモートは直後ブレンを睨みつける。
魔力など発していないヴェルモート。
それでも彼の眼圧は見る者を震え上がらせるほどのものだった。
「ブレン、お前の推理は破綻している。 そもそも俺はアルフレッド家の情報網など信用していない、この時点でお前の話した内容は全て無に帰したぞ?」
ヴェルモートの意見は的確にブレンの話の本質を見抜いている。
アルフレッド家が持つ情報を提示したところでそれは推論の域を超えない。
証拠がないという単純な理由だけで突っぱねられてしまうのだ。
だがブレンもそれは重々承知していること。
ブレンがそんな推論のみでここまで来たわけではない。
「そうです。私の推理はただの推理。 それを踏まえてご相談なのですが、第二王立学園の中を調査させていただいてもよろしいでしょうか?」
ブレンはここでビックバン家を追い詰めることが目的ではない。
真の目的はテーゼを無事に取り戻すことにある。
「ああ、どうぞお好きなように。 とは言えねえなあ」
ニヤリと笑ったヴェルモートはあくまでもブレンの考えを退ける。
憮然と構えた彼から発せられるオーラには誰も口答えを許さないそのようにも見える。
「それはなぜでしょうか」
ブレンはヴェルモートのオーラに負けることはなく、彼の真意を問う。
「はいどうぞって第二にアルフレッド家を招いたら、何をされるかわからねえ。 ただでさえ今のアルフレッドは国中が警戒しているからなあ」
アルフレッド家はまさしく時代の中心にいる。
アルフレッド家が動くたびに国に影響を与え、どこかの地方貴族が衰退していく。
それだけの存在感と影響力。
おそらくビックバン家もアルフレッド家の動向を注視する貴族の一つ。
だが、ヴェルモートの真意はおそらく違う。
そのアルフレッド家の影響を盾にして言い逃れするつもりだ。
「私の娘に命の危険があっても第二に入らせるわけにはいかないと?」
「確かにお前のところのお嬢ちゃんの安否は心配だ。 だからと言ってそう易々と第二に入らせるわけにもいかねえ。 お前も俺の気持ちはわかるだろ?」
ヴェルモートとブレンはあくまで敵同士。
テーゼの心配もおそらくはリップサービス。
テーゼがいなくなれば、ビックバン家の障害は一つ取り除かれることにもなる。
ブレンはまだビックバン家の真意をわかっていない。
テーゼが【ダイヤモンド・キャピタル】から都市を移動していない、かつアルフレッド家の捜索でも見つからないとなれば第二王立学園しかない。
アルフレッド家の影響力、実力を知っているならばテーゼを誘拐する行為はアルフレッド家を敵に回すということだ。
そんな行為はとても地方の貴族にできるわけがない。
彼らは何よりも自分の家の資産が大事なのだから。
だから犯人はアルフレッド家を敵に回しても問題ない貴族。
それは三大貴族しか考えられない。
そして第二王立学園にテーゼがいるとなれば、おのずと犯行の黒幕はビックバン家というところにもなる。
だがその真意は何なのだろうか。
今アルフレッド家を敵に回したところで得られるメリットはない。
いや、メリットどうこうではないのかもしれない。
牽制、といったところだろうか。
アルフレッド家が三大貴族の邪魔になってきたという証拠。
テーゼを攫った行為はその始まりなのかもしれない。
「……そうですね。 わかりました、今日の所はここで失礼させていただきます」
「おう、すまんな助けになれなくて」
申し訳なさの欠片もないヴェルモートの表情に温厚なブレンでさえも腹が立ってきた。
最愛の娘を攫われて大人しくできるほど人という路線を踏み外していない。
彼もまた人の子。
人と頭の作りが違うだけの天才。
「これは明確な敵意として受け取ります」
ブレンは席を立ち、ヴェルモートに背を向けた状態で呟く。
「……ほう?」
「次からは私が直接相手をしてあげますよ、ヴェルモート」
ブレンはおしとやかに扉から出た。
怒りに身を任せて扉を強く閉めることもしない。
その怒りは、心に燃え盛る怒りの炎は次の戦いに向けてしまっておかなければならないのだから。
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