第64話「宣戦布告」

 ロイが観客席で名も知らない第二の制服を着た女性とひと悶着あったころ、コロッセオの中央では冷戦が起こっていた。

 誰かが一歩でも動けば間違いなく大戦闘が始まる雰囲気。


「やはりあの子は特別ですねえ」


 仮面の男は視線をちらりと観客席に向けていた。

 その場所にいるのはロイ。

 ちょうど何者かと接敵しているところだ。


「お前らではあやつには勝てん。 諦めろ」


「ふっふっふ。 孫バカも大概ですねえ」


 にやりと笑う不気味な仮面の男。

 レイドはその男に一切警戒を解かず、常に殺すタイミングを見計らっている。


「ではわたくしたちはこれにて失礼しますよ。 伝えることは伝えましたからね、『森の王』」


 レイドは掌を仮面の男に向けた。

 轟という魔力の音。

 周りを取り囲む空気もそれに驚いたように突風となり、仮面の男に向かう。


「これはなかなか」


 すると仮面の男の取り巻きの一人が動いた。

 仮面の男は長身で脚も長くスタイルが良いという体格であり、動いた男も仮面の男と同じぐらいの慎重である。

 ただ唯一違う、これがあるから全く違うと言ったほどの筋肉のつきかたが仮面の男とは一線を画す。

 手だけで簡単に人の頭を潰せそうなほどの大男がレイドの前に現れた。

 レイドの魔力の圧を全く感じず威風堂々としたその男の目は閉じられ、手に持っているチェンソーがより男の恐怖感を演出している。


 そして一振り。

 レイドの胴を真っ二つに切り裂いた。


「小童が……」


 二つに割れたレイドの体。

 すると下半身から木が生えてきた。

 レイドの下半身から生えた細い幹が、上半身を探すようにして地面を這う。

 レイドの上半身と結合した幹、そのまま徐々に上半身と下半身がくっついた。


「老体をもっと丁重に扱え」


 チェンソーを持った大男の地面が小刻みに揺れる。 

 ダイヤモンド・キャピタルに起きた地震ではない。

 レイドが放った魔力、とてつもない力が地面に送られたのだ。


「『フォレスト・グリード』」


 大男の地面から木の幹が有象無象と生えた。

 幹に絡まれた大男は当初ほどこうと必死にもがいていたが、木々が生えるほど幹の力は強まりやがて木々が揺れることはなくなった。


「あらあら。 やはりシンギュラー一人ではあなたを殺せませんか」


「貴様らが何人束になってこようが負けんわい」


「ふっ。 お楽しみは明日に取っておきましょうか」


 仮面の男の右腕に魔力が集中する。

 その魔力にレイドも警戒することになるが、決して後ろに下がることはしない。

 これでも学園の理事長。

 自分が一歩下がることでも、学園生の不安を煽ってしまうことを心配してのことだ。


 一閃。

 大男を包んでいた、木の幹が弾け飛ぶ。


「逃げますよ、ミサイルマン!」


「了解!」


 ミサイルの男はアートを注視していたが、仮面の男の指示ですぐに後ろに下がった。

 突如現れた不審者四人組はミサイルの男を中心に集まる。


「それではまた明日。 せいぜい無駄なあがきをしておいてください」


 放たれたミサイルは四方八方に飛び交う。

 レイドは魔力の障壁を展開、コロッセオの闘技場部分だけを包み込むような魔力だ。

 ドンっと一発ずつミサイルが当たるが、レイドが作成した魔力の球体には傷一つついていない。

 

 しかし、その球体の一番高い部分に凄まじいスピードで突っ込む四つのロケット。

 そこに乗るのは先ほどここに現れた、三人のシンギュラーと一人の仮面男。

 

「……面倒くさいことになったわい」


バリン!


 レイドが展開した魔力の壁を突き破ったロケットとその一行。

 彼は近い未来に一抹の不安を感じていた。


* * *


 テーゼ・アルフレッドは暗くじめじめした牢獄で退屈そうにしていた。

 牢獄の高い位置に人も入れないほどの小さな窓。

 唯一の道楽を見出すならば、窓から見える丸い月ときらきらと光る満天の星空。


「は~あ、暇だなあ。 ロイに会いたいなあ~」


 ちらりと見た檻の向こうには背中を向けた一人の看守。

 うとうととしており、今こそ絶好のチャンス。

 と言いたいところだが、テーゼには檻を破れるほどの力も看守を倒せるほどの魔力を有しているわけではない。

 彼女の才能と呼ぶべき頭の回転の速さも檻の中に入ってしまえば何の役に立たない。

 ここに入ってから三日が経過している。

 日付の感覚だけは忘れないようにしているテーゼだったが、こうも助けが来ないことを考えるとどうやら別の問題も絡んでいるようにも感じている。


(おそらく『秘密の花園シークレット・ガーデン』も動いている、てことはここは関係者以外は入れなっぽいのよねえ)


 質素な食事、遊ぶおもちゃもなにもこの場所テーゼができる暇つぶしは犯人捜しであった。

 テーゼは自分が殺されるためにこの場所に軟禁されているわけではないことを知っている。

 殺しが目的ではないからこそ、きちんと食事が用意されているのだ。

 そう考えると犯人像というのも自然と見えてくる。

 ただその犯人捜しもテーゼの頭脳があれば一日で解決してしまう。

 恐ろしいほどの頭脳を持つ少女、テーゼ・アルフレッド。

 アルフレッド家を大富豪にのし上げたブレンでさえその才を認めている。

 奇想天外な行動、常識を逸した投資活動。

 堅いブレンのやり方とはまた違った方法で金を稼ぎまくるのがテーゼ。


「ねえねえ、そこの看守さん。 ちょっとお話しない?」


 彼女もまたロイと似て飽き性。

 特殊な環境に入れられ少しばかりこの雰囲気を味わっていたが、それももう限界を迎える。

 今からは彼女の交渉術が開始。

 ロイほどの攻撃力はないものの、彼女のはロイを上回る。

 これからは彼女の戦い。

 だが、化け物と称される彼女であればすぐにでもこの檻から脱してしまうことだろう。


* * *


 第二王立学園に告げられた宣戦布告。

 嘘か真かわからない言葉。

 しかし、その言葉を告げた男の魔力は事実と裏付けることを自然に導いてしまう。

 

 慌ただしくなった第二王立学園。

 プロライセンスを持っている学生も招集される異常事態である。

 明日の夜という時間的制約により、国からの支援も期待できないこの状況では学生を戦闘の場に連れ出すのも頷ける。

 

 第二王立学園の寮。

 部屋にて集会をしていたロイとローズ。

 ローズはプロライセンスを持っており招集対象者であったが、テーゼの一件がありロイの護衛として第二王立学園に残っていた。


「んで見つかった?」


「すみません、未だ行方はわかっていない状況です」


「ふむ。 これだけ探して見つからないってことは、逆に絞れるなあ」


「というと?」


「アルフレッド家のメイドと『秘密の花園シークレット・ガーデン』の情報操作力は国で探しても肩を並べられるものはそういない。 そんなやつらが探せないところは限られる」


「となると、考えられるのは部外者立ち入り禁止のエリア」


「そう。 例えば、とかな」


 ニヤッとロイは笑う。

 しかし、この程度ならブレンも辿り着ける内容。

 であれば、とっくにメイドにも『秘密の花園』にもその内容は伝わっているはず。

 彼ら彼女らが動けない理由は、別にある。


「父さんは?」


「ブレン様はギンと共にとある場所に行かれたそうです。 場所はメイドにも『秘密の花園シークレット・ガーデン』に共有されていませんが……」


「ふむふむ。 まあ父さんが動いたってことは、相当厄介なやつに絡まれたっぽいな」


 ふわーあと緊張感のない欠伸をするロイ。

 大方の犯人像もつかめているロイだったが、ブレンが動いたとなればロイが出る幕はない。

 ここで動いてしまえば余計テーゼが危なくなるということはロイもわかっている。

 ローズが残っているのも万が一ロイが暴走しないようにとブレンに止められてのことだろう。


「テーゼ姉のことだ、簡単には死なねえ。 それよりも俺らはサラを守ることだ」


 第二王立学園に突如登場した不審者。

 それによって生徒の中でも実力のある者と、教職員が引き抜かれた状況。

 事を起こすには十分な状況。


「ええ。 ロイ様もどうかお気をつけて」


「ふ。 そんな状況になったら最高だな」

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