第63話「最悪の来客」
耳心地の良いゆったりとした口調がスピーカー越しに観客席に伝わる。
観客席にいた生徒たちも何かのサプライズだと思っているのか、はしゃぐものが多い。
だが、ロイはその観客席ではしゃぐ生徒の気持ちはわかっていない。
コロッセオに突然現れた何者か。
滲み出ている負の魔力、その危険性に気づくことができているのは一体何人いるだろうか。
「誰じゃ貴様ら」
誰よりも先にふわりとコロッセオに降り立ったのは第一王立学園の学園長レイド・グローウッド。
次いでそこに降りたのは第二の学園長メグと、『剣星』アート・スカーレット。
ここにいる最高戦力が一同に会したコロッセオの真ん中は異様な空気に包まれていた。
さすがにレイドが降り立ってきてから、観客では不安の声が漏れ出たようにざわざわとし出す。
マイク越しに伝わっているレイドの声音。
普段温厚な彼が珍しく渋い声を発しているのが、余計生徒の不安を煽ってしまう。
「どうも、『森の王』よ。 私どもが来たのは理由がございまして」
「理由などいらぬわ。 さっさと消えろ、でなければ殺す」
「お~怖い怖い。 しかし、いいんですかそんなことをして?」
その瞬間、仮面の男の隣にいた男が魔力を展開した。
「行くぜええ! 『ミサイル・バースト』!」
ガチャっとした音が鳴り、数十本の魔力ミサイルが男の背中に配置される。
ミサイルはレイドの方向を向いていない。
コロッセオを取り囲む観客に向かってそのミサイルが向けられていたのだ。
「生徒を危険に晒すわけにはいきませんよね、学園長」
仮面で覆われていない口元から白い歯が見えた。
形勢逆転とはまさにこのこと、突如現れた不審者三人組は観客席に標的を移している。
「ウノ・スタイル、『ホムラ』」
瞬間的にミサイルの男へ辿り着いたのは、国の戦力にも数えられるほどの人物アート・スカーレットであった。
鞘から刀を抜きだすさまを捉えられている学生は数えられるほどしかいないことだろう。
それだけ速く、しかも正確であった。
「——へっへっへ。 アート・スカーレットと戦えるなんて光栄だねえ」
そのアートの剣劇は、ミサイル男の間に入ってきた不気味な一人の男によって止められてしまう。
男が手に持っているのは刃がギザギザしている鎌。
アートの速度についていったことを考えると、この男もまた普通の人間ではない。
アートは一旦距離を取り、不審者四名を睨みつける。
その隣にいたメグも怪訝な顔を浮かべて男たちに質問を投げた。
「王立学園に何が目的?」
「私たちは王立学園などは標的ではありません。 宣戦布告をしにきたのですよ」
「宣戦布告?」
「ええ。 明日の夜、ダイヤモンド・キャピタルを襲います。 それも魔力暴走者二百体、加えてここにいるシンギュラー三人を引き連れて」
仮面の男の声に生徒たちは息を飲んだ。
魔力を勉強している生徒であれば、彼が放っている異質な魔力を感じているはず。
だからこそ、彼の言葉を信用してしまう。
これは演技ではない、脅しでもない。
本当に起こりうる未来に危惧しているのだ。
「じゃあ逃がしてはおけんな。 今ここでお前らを蹴散らすわい」
コロッセオが、揺れた。
それは地震などという自然発生したものではない。
人工的に作られた魔力。
レイド・グローウッドから作られた、悍ましい魔力だ。
「ふっふっふ。 やはりあなたは私たちの目的を完遂する上で、あなたは一番邪魔な存在ですね」
* * *
「面白そうだな~」
ロイは悩んでいた。
コロッセオに降り立った何者かに対して、今から攻撃を仕掛けるかどうか。
少し前のロイなら、すぐにでも飛び降りて膝蹴りでも喰らわせていたところ。
だが第一のテロ行為をしてしまったがために、ここで悪目立ちをしてしまい再度祖母に怒られる危険性があるのだ。
そしてロイは『プレゼント・チルドレン』。
常人とは一線を画す魔力量、それに伴う強力なスキルを生まれてたときから取得している人物が『プレゼント・チルドレン』と呼ばれているのだ。
一応ロイが『プレゼント・チルドレン』ということは隠すようにとアルフレッド家から通達されていた。
ロイの強さに気づいている人物は確かにいるだろうが、今はまだただ単純に強いという評価しかないことだろう。
アンカーに勝ってしまったとはいえ、それぐらいの実力者は第一にもいるはずだ。
だが、コロッセオに降り立った人物と肩を並べて戦えてしまうという事実は不味い。
ロイの目から見ても彼らは常人とは一線を画した魔力量。
レイドがスキルを使おうとしている時点で彼らの実力が異質だと認めたようなもの。
「まあいっか、今回はじいちゃんを立てよう」
ロイはとぼとぼと観客席を歩く。
生徒の表情は恐怖に怯えるものが多数であった。
レイドが魔力壁を観客席の前に展開しているが、それでも生徒たちから不安の表情は消えない。
ロイが観客席の生徒を見渡していると、目に入ったのは見知った顔。
先ほどまでコロッセオの合同演習を見ていた第一のメンバー。
上級生で実力者であるダオレスとサクヤは座ったまま動かず警戒を強めている。
だが、周りにいるアン以外の一年生は動揺の色が見え席を立っていた。
アンはまだ治療中、正義感の強い彼女がこの場にいたら真っ先にコロッセオに降り立っていたのかもしれない。
これが実力の差なのか、上級生と下級生という差なのかはわからないロイだがひとまずその場まで歩いて行く。
「まあまあ落ち着けよ、俺らが出て行ったところで邪魔するだけだ」
そして空席に腰を下ろし、一年生たちをなだめた。
「ロイ!?」
一年生の中ではヤスケが驚いた顔をしているのみで、他の連中はロイの登場に見向きもしない。
「まあ今は静観だな」
「うん、そうだねロイ君の言う通りだよ」
「む?」
ロイは隣にいる女性に気が付いていなかった。
いや、ロイが歩いてくる前にはいなかった人物。
白のブレザーを着ており、一見すればただの第二の生徒。
だが明らかに違うものが一点だけある。
それはコロッセオの中心に立つ、不審者と遜色ない異質な魔力。
ロイがそう認識したとき、周りにいる生徒はこの場から距離を取った。
女性の魔力それだけ異質であり、不気味なもの。
実戦経験の多い、ダオレスやサクヤまでもが距離を取っていることを考えるとこの女性は明らかに何か違うらしい。
「お姉さん、第二の生徒じゃないよね?」
「どう、ロイ君。 似合ってる?」
「うーん、悪くない」
「ロイ君、すぐその場から離れて!」
二人の穏やかな雰囲気に意見を発したのは生徒会長であるダオレス。
ダオレスを含めた第一の生徒たちは、隣に座る女性に対し今すぐにでも攻撃を仕掛けそうな魔力を放出していた。
「まあ落ち着けダオレスパイセン、そしてそのほかの者たち。 この人の実力ならとっくに全員やられてるぜ」
「そうそう、その通り。 私はロイ君とお話したかっただけだから」
表情から、言葉から何者かは汲み取れない。
一見すれば彼女はどこにでもいる普通の女子生徒。
ただ、魔力が明らかに常人のそれではない。
「はあああああ!」
突如、カーラが観客席から飛び掛かった。
おそらく彼女は考えることを辞めた。
自分が死なないためには、ロイの隣にいる人物を殺せという遺伝子的な反応。
「ふむ」
ロイはすぐに席を離れ、カーラと女性の間に立つ。
「破型。 『インパクト・ショット』」
盲目的に迫るカーラに向かってロイは掌を構え、魔力を放出した。
轟という音とともに、カーラは観客席の上段へと吹き飛ばされていく。
「あら? ロイ君味方に容赦がないねえ」
「あんたがカーラに対して殺気を少しでも見せたからだ。 あんたも戦う気なんてないんだろ?」
「うん、そうだよ。 さっきも言った通り、私はロイ君を見にきただけだから」
「ふむ、だったらもう用は済んだだろ。 ここにあんたがいると、他の皆が困るらしい」
「ふふっ、そうだね。 じゃあ私はこれで失礼するよ、また会おうねロイ君」
突然、黒い影のようなものが女性の中心に広がった。
ロイは右手にはめた手袋に触れたが、周りの目もあるためこの場では躊躇う。
そして影が晴れるとロイの隣に座っていた女性はどこにもいなくなっていた。
本当にいたのかさえ疑わせるほど、彼女は突然現れ忽然と消えた。
「……ロイ君、あの人は知り合いかな?」
不思議そうにロイを見つめるサクヤ、その隣にいるダオレスは怪訝な顔をロイに向けていた。
ダオレスが警戒するのも頷ける。
あのような魔力を持った人物の隣にいても動揺せず、それもその人物から名前まで知られていた。
疑いなのか、警戒なのか、敵意なのか。
今はきちんと知り合いではないことを伝える必要がある。
「いや、俺の記憶にはない人だ」
「そっか、うんわかった」
サクヤは短い言葉で終わらす。
ダオレスの警戒心も感じてのことだろう。
改めてサクヤという人物の洞察力には驚かされる。
あの場で一番冷静だったのはサクヤであろう。
ダオレスの魔力を見て、いつでも例の女性に攻撃をできる準備はしていた、
「まあ今はじいちゃんたちを信じよう。 大丈夫だ、あの人は普通のじじいじゃねえから」
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