第67話「先輩」
「学園は『退屈』?」
「え?」
ロイはネルに唐突に質問を投げた。
「正直さ俺からしたら与えられた自由なんて『退屈』以外の何ものでもないんだ。 結局自由であると、その自由に縛られる」
両親はロイに本当の自由を与えてくれていた。
何もかも許すわけではなかった、欲しいものはすべて与えてくれたわけではなかった。
でももし、ロイが望むものすべてを与えられていたらロイはきっと『退屈』に全てを支配されていたことだろう。
ある程度の困難はロイにとっても、『退屈』にとっても効果的な薬であったことは間違いない。
「『退屈』なんか学園生に必要ないよ。 誰かに押し付けられた『退屈』なんて、本当に最悪なものだからね」
ロイにはその誰かはいない。
特殊な子どもとして生まれ、特異なスキルを強制的に身に付けられた。
どこにもぶつけられない『退屈』。
こんなことを経験するのは、自分だけでいいと思う。
「ネル部長、一緒にその『退屈』を壊さない?」
たぶんこれは寄り道。
ロイの目的はあくまでナナを仲間にするだけでいい。
ヤスケがいたら止められてしまうかもしれない。
ロイもなぜ自分が寄り道をしようとしているのか、はっきりとわかってはいない。
なぜ自分が動いてしまうのか、第二の『退屈』を壊そうとしているのか。
そんなことはどうでもいい。
ロイの敵は昔からずっと変わらない。
それが自分以外のところにあってもこの怒りは等しく持つ。
「取り戻そう、本当の自由ってやつをさ」
* * *
人がいなくなった、新聞部部室。
ネルは一枚の写真を眺めていた。
そこに映っていたのは、笑っている四人の女性。
一人は二年生、他の三人は一年生。
この写真はネルがちょうど去年のこの時期、強制的に撮らされた写真。
ここに映る四人が屈託ない笑顔を浮かべているから、今日までネルは捨てられなかった。
「もしかしたら、学園が変わるかもしれないよ」
ネルは写真を仕舞い、もう一度新聞部の活動に戻る。
何かヒントがあるかもしれないと過去の資料を漁る。
ネルにとってもこれはある種の賭け。
何もしらない第一の生徒に第二の命運を任せるなど、本来してはいけないこと。
それでもなぜか、彼ならやってくれると思った。
もしかしたらと期待をしてしまった。
だったら止まるわけにはいかない。
ここで自分の取材力を使わずして、いつ使うと言うのだ。
ネルは自分の持っている情報を全てロイに渡した。
第一の生徒に第二の問題を任せることが、正しい行動かはわからない。
それでもネルは彼に託してみたくなった。
自分が変えられなかった学園を、自分が大好きな学園を。
「私はあの子に託すことにするよ。 あなたはどうする、ブライト……」
* * *
日も暮れてきた、第二王立学園の中庭。
夕日が落ちていくタイミング、中庭は薄暗く涼しい風が漂う。
ロイは図書室に向かう前、とある人物をここに呼び出していた。
「こんな時間に何の用かな、ロイ君。 私、テロの防衛に行かなくちゃいけないんだけど」
ロイが呼び出した人物は、マイカ・カスタード。
学園に突然やってきたアノロスを語った不審者集団。
テロを示唆さしたことで、プロライセンスを持つ者や学園の教職員はほぼ全員【ダイヤモンド・キャピタル】の中心地に集められていたのだ。
ローズからの情報であるが、マイカはプロライセンスを持っている。
夜の襲撃に備えて時間がないことは承知だが、前回の裏選挙のことでマイカにどうしても尋ねたいことがあったのだ。
「あの不審者たちのところに行きたいところ申し訳ないけど、その前に少し聞きたいことがあってね」
「行きたくないけどね。 それで何か聞きたいことでもあった?」
「前回の裏選挙、負けた原因はセイラ先輩にあると俺は思ってる」
「ふ~ん、どうして?」
マイカはロイが腰をかけていたベンチの隣に座る。
ふうと息を吐き、思い出すようにして空を見上げていた。
「責任の負い方だよ。 ただ選挙に勝ちたいだけなら、何かに迫られているような顔はしないさ」
セイラは微笑を浮かべるのみで答えは出さない。
ロイは続けざまに言葉を並べた。
「そのことにマイカ先輩が気づいてないはずがない。 それなのにマイカ先輩は何一つとしてアドバイスしている様子がないんだ、まるでセイラ自身に気づいて欲しがっているみたいにさ」
ずっと疑問だった。
マイカが選挙に勝ちたいと思っていて、セイラにその意思を継いでほしいと思っているのなら積極的にアドバイスするのが常。
だがマイカがセイラに接触している様子はないと、サラが言っていた。
「何がしたいんだ、マイカ・カスタード。 このままだと、セイラが壊れるぞ?」
魔力探知に長けるロイは、既にセイラの体が暴走寸前であることを知っている。
このまま黙って見ていれば、壊れるのは時間の問題。
「……選挙で負けたのは私のせい。 セイラがミスをしても、選挙の負けはセイラのせいじゃない」
黙っていたマイカがついに口を開いた。
リーダーとしての責任の取り方なのだろうか。
「何で今回の選挙に興味がないんだ?」
ここで逃げられてしまってはもう聞くことができなくなってしまう。
だからここで聞かなくてはならない。
彼女の真意を、なぜ彼女はそこまで選挙活動に必死ではない。
それが前回の裏選挙を知るきっかけにもなるのだから。
視線を逸らし、まるでその会話から逃れるようにしたマイカ。
それを見たロイはやはり彼女の思惑を知る必要があると思った。
「マイカ先輩は全くと言っていいほど、今回の選挙には参加していない。 俺にはそれが理解できない」
「え~そうかな? セイラからの相談には乗っているつもりだし、まあセイラはあんまり相談してくれないんだけど」
「セイラが相談しない性格なんてあんただったらわかっているはずだ。 本当に勝ちたいんだったらあんたが口を出してセイラを操ったほうがいい」
「へ~、意外に人のこと見ているんだね」
ロイはセイラのやり方にずっと懐疑的であった。
言葉巧みに生徒たちの票を集めるのはいい、ただ結局ラークたちのほぼアウトな恫喝行為によりその結果は泡となって消えて行ってしまう。
それを反省することはなく、マイカに相談するわけでもなくセイラは絶対正しいと言わんばかりにその作戦を続けている。
「あんたはセイラに何を求めてる?」
セイラを助けることが結果としてナナを助けることになる。
ロイの推測が正しいのならば、セイラの行きつく先は自滅だ。
その前に止めなくてはならない、解決しなくてはならない。
「私は、セイラが自由になってくれればそれでいい」
「自由?」
「今のあの子は少し、私を追いかけすぎているからね……」
マイカは何を求め、セイラは何を追いかけているのか。
陣営は一体どこへ向かっているのか。
「じゃあ私の陣営を手伝ってくれている君にヒントを上げよう」
悩むロイにマイカは笑顔を浮かべていた。
「私はね、本当は誘いたくなかったんだ。 このくだらない選挙は彼女たちとは程遠い場所だからね」
そう言うとマイカはこれでおしまいと言ってこの場から離れた。
こちらに背を向け手を振るマイカに対して、ロイはこれ以上のことは話してくれない雰囲気を感じ取ってしまった。
閑散とした中庭のべンチに深く腰をかけて空を見上げる。
選挙に参加させたくなかった二人。
これでロイの推測はかなり確実なものになっていた。
「ややこしい事になってるぜ、第二王立学園。 まさか、第一もこんなことになっていないだろうなあ」
それはそれでよしと思ってしまい、ロイはにやりと笑う。
だが第二の問題は事を争うので、いつまでも妄想に耽っている時間はない。
「まあいいや。 第二の『退屈』とやらは、俺が破壊してやる」
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