第68話「ギルドマスター代理」

 そろそろ日が沈み、都市が半分黒く染まりそうな頃。

 都市が一望できる屋上は対策本部としてテントが設置されており、せわしくない何人もの大人がイヤホン型のデバイスを使って様々な人間と連絡を取っているところだ。

 レイド・グローウッドと、メグ・ウォーロードは厳かにその場に座っていた。

 

「それにしても、本当に国はちょっとしか戦力よこさないんだね」


 嫌味のように呟いたのは、レイドと同様に対策本部長として指揮するメグである。


「まあ儂らがいるからじゃろうな」


 レイドもやれやれと言った具合であるが、正直国の対応には何度も抗議の電話を入れたところである。

 ただでさえ人が足りなく、学園生のプロライセンスを持つ者も呼んでいるというのに国は最低限の人員は派遣しているの一点張り。


「可哀そうね、学園生の子らは」


「当たり前じゃ。 それは我々の力不足としか言えんじゃろうな」


 レイドの鋭い視線は街を見ている。

 だが、内に秘めたる怒りは来るテロリストたちだけではない。

 学園生を兵士として使う国に対してもレイドは怒りを燃やしているのだ。


「学園長」


 レイドとメグの元にさわやかな青年がやってきた。

 すらりと伸びた長い脚を持っているのにも関わらず、どこか人を馬鹿にしたような顔つきの男性。

 そしてその後ろには金髪の女性がやってきた。


「フウガとナルカか」


 レイドの元に現れたのは第一王立学園の教師、フウガ・ニノマイとナルカ・カロテリアである。

 二人もまた対策本部の重役なので、こうして【ダイヤモンド・キャピタル】のいくつもの場所に指示を出し終わったところだろうか。


「やっぱり数は足りないっすね」


 フウガが溜息とともに、頭を抱える。

 仕事量で言えばただ座っているだけのようなレイドよりも、現場に指示を出し続けるほうのフウガの方が圧倒的に多い。

 だからこそより現場の声を聞いているだろうし、数が足りないという危機感もより実感していることであろう。


「まあ限られた人数でやるしかないわい」


「というか学園長のお孫さんは? あの子プロライセンスを持ってないけど、学園長の推薦付きならここに来られるでしょ?」


「もちろん誘ったわい」


 こんな国の一大事に貴重な戦力を放っておくレイドではない。


「だが、やりたいことがあるから無理ってすぐに断られた」


 そしてしょんぼりと肩を落とす。

 自分の孫に嫌われたくないという思いと、テロから国を守ることを天秤にかけ僅かながら孫への愛情が勝ってしまった。


「たはははは! 国のピンチより自分のやりたいことか、ロイ君らしいな」


「笑いごとじゃないわい、フウガ。 だが、その代わり…」


「——お待たせいたしました、レイド様。 ギルド『秘密の花園シークレット・ガーデン』、副ギルドマスター代理のレーテ・シャドウィです、本日はよろしくお願いいたします」


 突如屋上に現れたのは、華奢な体躯の目鼻顔立ちが整った高貴な女性。

 表情は氷のように冷たく、優しさなどはどこからも感じられない。


「あれ! レーテちゃんじゃな~い、おひさ~!」


 レイドよりも先に笑顔で抱きしめに向かったのは、隣に座っていたメグであった。


「あ、わわ! メグ理事量、今は仕事中ですよぉ」


 レーテの言葉などお構いなしにメグは頭を撫でまくっていた。

 その行動にレ―テも思わず、氷のような表情から一変してあたふたした表情へと変貌する。


 レーテ・シャドウィは第二王立学園の卒業生、そして今は『秘密の花園シークレット・ガーデン』に所属している。

 ほぼ身内で固められた『秘密の花園シークレット・ガーデン』では珍しい外部のギルドメンバー。

 外部の人物でギルドに入れる条件はただ一つ。

 ロイの母親であるベルから直接スカウトされた者だけ。

 一見簡単そうに見えることだが、ベルがスカウトしてくる人物は五年に一回程度。

 そんなベルのお眼鏡にかなった人物は相当優秀な人材であることは間違いないだろう。


「なるほど、自分が行かない代わりにギルドをよこしたか。 さすがロイ君って言ったところだね」


 フウガがうんうんと感心しているところに、レイドは大きな溜息をついた。

 

「だったら最初から自分が来ればいいものを……」


 我が孫ながら、その面倒くさい性格に頭を悩ませているレイド。

 レイドが見てきた人物の中でも最高級の才能だというのに、性格に難がある。

 努力家なのは認めているが、決して真面目とは言えない性格。

 だが彼なりの悩みも存在している。

 だからこそレイドは自分の孫であるロイに厳しい言葉を投げられない。


「突然すまぬな、レーテ」


「いえ。 アルフレッド家から頼まれれば、私たちは第一優先で動きますので」


 メグの抱擁という名の拘束を受けながら、レーテは真顔に切り替えて返答をする。 


 ギルド『秘密の花園シークレット・ガーデン』は、アルフレッド家が出資一〇〇%のギルド。

 もちろんギルドマスターがアルフレッド家の夫人ということもあってのことだろうが、それにしてもこの緊急事態にも関わらずこの短期間でここに来てくれたのはさすがとしか言いようがない。

 

「レックスはどうした?」


 『秘密の花園シークレット・ガーデン』副ギルドマスター、レックス・フォルスマン。

 レイドがロイから聞いていた話によれば、この場所にはレックスが他の者を率いてここに到着する手はずだったはず。

 だが、レックスの姿はどこにも見当たらない。


「すみません、レイド様。 当方のレックスはロイ様からの指示で動いています故、テロ防衛戦線には参加いたしません」


 丁寧にお辞儀をするレーテ。

 そして普段はロイに対して様などはつけないはずなのに、やはり人前しかもお客様の名前を呼び捨てになどはしないところは若いのにさすがと言ったところか。

 こういうところの品性やマナーを考えるとこの場に来たのはレーテが適切かもしれない。


「テロよりも大事な用事があるっていうわけ?」


 レーテに対して悪態をついたのは、ここまで沈黙を貫いていたナルカ。

 

「どうせまたあの子が私たちがいない間によからぬことをしようとしてるんじゃないの?」


 ナルカは神妙な顔でレーテを見ている。

 対するレーテもナルカに対して、静かなる怒りを表すかのように少しだけ眉間に皴を寄せていた。


「お言葉ですが、例え王立学園から依頼されても私たち『秘密の花園シークレット・ガーデン』は動きません。 あくまでアルフレッド家の嫡子であるロイ様からの指示だから私たちは動いています」


「たかが学園生の指示で動くギルドってどうかと思うけど」


 少しだけ眉が吊り上がったレーテ。


「まあまあナルカその辺にしておきなよ」


 ニヤニヤと笑うフウガがナルカの肩を叩く。


「ロイ君はたかが学園生の枠に入れたらだめだ。 それは君が一番理解しているはずだよ」


「……本当に、手がかかる生徒だわ」


 ナルカは顔を背け、レーテとのにらみ合いを終了する。

 

 その一幕にレイドはふうと溜息をもらして、眼前に広がる【ダイヤモンド・キャピタル】を見やる。


「では、私はこれで。 細かい指示はロイ様からすでに聞いておりますので」


「ばいば~い、レーテちゃん!」


 最後まで手を振り続けるメグに対し、照れくさそうそうにお辞儀をしてそそくさと去っていったレーテ。

 あの若い年齢でギルドマスター代理を務めるほどの有能っぷりだ。


「ほいじゃあ、全員配置につけ。 来たぞ」


 レイドが見上げた真っ暗な空にはこの時間飛ぶことはない飛行船。

 その中から悍ましい魔力がいくつも確認できた。


* * *


 第二王立学園、第二校舎屋上。

 夜空には無数の星が浮かび、辺りは黒い影が覆う。


「先ほどブレン様から連絡がありました。 テーゼ様は王立学園にいるそうです」


「やっぱりそうか。 それにしても父さんが動かないといけない相手か、いいなあそいつと戦いたいなあ」


 ロイは戦闘をしたいことを言っているわけではない。

 頭を使った戦いだとしても、『退屈』を忘れさせてくれる存在ならそれは歓迎するべきこと。

 自分が負けたいと願うように、ロイは言葉を出していた。


「私はここにいてもいいのでしょうか」


 ローズの実力は学園生のレベルではない。

 単純な戦闘能力だけで言えば、ロイ専属メイドの中で二番目。

 実力一番のヒマワリは頭が弱いため、実戦的な戦闘をすればローズの方が上であるかもしれない。

 きっと彼女の言葉の意味は、学園生たちの揉め事に付き合っている暇があるのかということだ。

 テーゼが攫われ、テロリストからの宣戦布告を受けている状況。

 『秘密の花園シークレット・ガーデン』もテロ防衛戦線に参加させられている。

 他のメイドたちや、ロイ専属メイドが奔走している中でこの学園で何もしていない自分が不安なのだろう。


「大丈夫だ。 ちょっとだけ嫌な予感がしてるからな、ここにお前はいたほうがいい」


「……承知いたしました」


 メイドと主人の会話。

 ローズは感情を表に出すタイプではないため、他のメイドに比べて心情を読み取りにくい。

 だが、ローズの態度は気に入っている。

 なにせロイの頭の中で比べる人物(ヒマワリ)は近くにいるだけでくっついて離れなくなる。

 それに比べたらこうして適度な距離を保ってくれるローズといると、気持ちが安らぐというものだった。


「すまんな」


「何がでしょうか」


「いつも俺の『退屈』に付き合ってもらって」


 ロイの近くにいる五人の専属メイド。

 アルフレッド家の特殊な訓練によって育ち、その中でも実力がある人間だったからこそロイの傍にいてくれる。


 彼女たちにはいつも感謝していると同時に、不安を覚えてしまっているのも事実。

 第一の襲撃事件も、今回の選挙についても、いつもロイの我儘に付き合っているのがメイドたちなのだ。

 ロイが普通の人間でなければ通らなかった道。

 メイドの普段の仕事から逸した道。


「それは違いますよ、ロイ様」


「む?」


「私たちはロイ様が楽しく元気に過ごしてくれているのが一番嬉しいことです。 私たちは全く『退屈』などしておりませんよ」


 無表情のローズ。

 だが今回はいつもよりその氷の仮面がはがれているような気がした。

 

 そんな正直なローズ少し照れくさくなり、ロイは話題をすり替える。


「さて、俺もそろそろ行くとするか。 想定しているよりも早く事が進んでいるらしい」


 ロイは今からは自分のやるべきことをやらなければならない。

 きっとここから先戦いは避けられず、そして失敗することも許されない。

 だからこそ、楽しみが膨れ上がっていく。


「さ、第二王立学園の未来を懸けて遊ぼうぜ」


 そして二人は一瞬で屋上から消える。

 ナナを手に入れるために、第二の『退屈』と戦うために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る