第69話「裏選挙」

 第二王立学園、第一校舎屋上。

 セイラとラーク、そして選挙管理委員会が三人集結していた。


「では、セイラ・クリーム二年より宣戦布告がなされましたのでこれより裏選挙開会の儀をさせていただきます」


 言葉を発していたのは、ティム・イコール三年。

 選挙活動や裏選挙を取り締まる選挙管理委員会の委員長である。


 だがセイラの心はここにあらずであった。

 動画が出回ってしまった時点で、セイラ陣営へのダメ―ジは大きい。

 犯人は誰なのか、ラーク陣営がやったのか。

 でも悩むことはなかった。

 あの動画が流出してしまった時点でセイラの心はぽっきりと折れてしまったのだから。

 もうどうなってもいい。

 であれば、あとは裏選挙を開幕させて正々堂々とラークを倒せばいい。

 最初からこれでよかったのかもしれない。

 回りくどいことをしなくとも、サラを生徒会長候補として立てなくても。


「裏選挙にはいくつかルールがございます。 知っているかもしれませんが、今一度私の話を聞いてください」


 裏選挙。

 第二王立学園の実権を握れる生徒会長、その選挙において多くの血が流れることを危惧し学園側が設定した正規の戦争である。

 

「ルール一、殺しは禁止です。 そしてその二、選挙活動に三加していない生徒への暴力行為の禁止。 その三、裏選挙をしていいのは夜十時以降から深夜二時まで、生徒がいなくなった時間からです。 以上のことを守っていただけなければ、選挙の三加は即取りやめとなりますのであしからず」


 裏選挙のルールはたった三つだけ。

 裏を返せば、それさえ守れば何をしてもいいということだ。

 学園側が用意した生徒を守るためのルール。

 だが、選挙に参加するものが守られるルール何一つない。


「では、裏選挙は明日の夜から。 健闘を祈ります」


 ラークは俯くセイラに対して、一歩だけ近づいた。


「裏選挙を仕掛けたところで変わんねえだろ。 それにあの動画が出回っている時点で陣営内にも信頼はない、やけくそになったか?」


「……」


 ラークの言葉はセイラの耳に入らない。

 いや、ティムの言葉も入っていなかった。

 そしてセイラは屋上の出口に足を運び、屋上を後にする。


 マイカが成し遂げられなかった夢のために、マイカに褒められるためにセイラはラーク陣営を潰す。

 例えどんな手を使ってでも。


* * *


 屋上の夜風が吹き上げ、選挙管理委員会の委員長であるティムとラークだけが残った屋上。

 ラークはポケットから携帯型デバイスを取り出し、右腕のような存在であるレオ・ウィンストンに通話を繋げた。


「レオ、始めるぞ」


『……わかった』


 たった一言の会話でラークとレオの会話は終了する。

 あらかじめラークとレオの二人で決めておいた作戦を実行せよという命令だった。


 セイラが裏選挙を仕掛けることは想定外だったが、別にセイラが宣戦布告をしなくともラークはとある計画を今日の夜から始めるつもりだった。

 教職員もいない第二王立学園。

 ラークが好き勝手できるようになったこの状況は好都合。

 国の危機だろうが、都市の危機だろうが今のラークには関係のない話。

 第二王立学園を手に入れる、それだけの話。

 無駄なことは考えなくていい。

 セイラ陣営、ローズ・アルフレッド、アジトの壁を壊した第三者。

 そして、もう一つの勢力を潰す。


「まずは、お前らから潰す」


「今の言葉、どういう意味ですかラーク二年」


「そのまんまだ。 今から俺は殺し合いをする、お前らは邪魔だよ選管さん」


 ラークの体からぼわっと魔力が溢れ出す。

 彼の魔力は殺気に満ち溢れていた。


「……殺しはルール違反です。 それに裏選挙は明日から、そのことはわかっていますねラーク二年」


「裏選挙にルールなんて必要ねえ。 殺すか殺されるか、それだけで十分だろうが」


「……かしこまりました。 これより裏選挙のルールにのっとり、違反を犯そうとしたラーク・カンサダを処罰します」


 ティムからも魔力が溢れ出す。

 ここから始まるのは血で血を争う裏の選挙戦。

 ラーク・カンサダはルールを破って、全てを壊そうと動く。


「始めるか、本当の裏選挙をな」


 屋上に巻き起こった突風。

 それは自然現象的なものではない。

 ラークが地面蹴った時に起きた衝撃波である。

 ラークが狙う対象は、正面にいるティム。

 彼の右脚にはすでに悍ましい魔力が巻かれ、まるでティムを殺しにいくのではないかと思うほど強烈であった。


 ティムは両手に魔力を込め、ラークの一撃を防いだ。


「何をしているか理解していますか、ラーク二年」


「わかってるよ」


 ラークは止められた右脚に力をぐっと込めて、ティムを蹴飛ばした。

 地面に足を着けることも叶わなかったティムは屋上の周りを囲うフェンスに激突。

 

「第二は俺のもんだ」


 ティムを見下げたラークはすでに学園生の雰囲気ではない。

 本気で人を殺しにいっている、今の彼はまるで殺人鬼だ。

 ラークの殺人的な魔力に呼応するようにティムは魔力を練り込む。

 それはラークにも引けを取らない魔力。

 彼はプロライセンスを有しているほどの実力者。


「参ります」


 ティムの速度はラークよりも速かった。

 すぐにラークの元まで辿り着き、右左と拳を打ち込む。

 ティムの拳は音を置き去りにするほどであった。

 加えて拳一つ一つに骨を軽く粉砕できるほどの威力。


 反撃をする隙を見せないティムに対して、ラークは防戦一方。

 ただティムの拳を次々と魔力を纏った腕でガードしており、骨が砕けている様子もない。

 つまり二人の魔力量は拮抗している。


「ラーク二年。 選挙管理委員会に反抗した罪は重いですよ」


「そうか。 ただ、その選管がなくなっちまえば、それすら意味はねえよな?」


 がちゃりと開いた屋上の扉、一瞬だがティムの視線がそちらに注がれた

 その隙を見逃さないラークは右拳をティムのみぞおちに叩きいれる。


「っ!」


 一旦距離を取ったティム。

 だがティムは痛みを感じる暇さえなかった。

 彼の視線の先屋上の扉から入ってきたのはラーク陣営のレオ・ウィンストン。

 そして彼の片手には襟を掴まれた選挙管理委員会の生徒がいる。


「こっちは終わったぜ、ラーク」


「そうか。 じゃあ後はこいつをやれば、殺してもいいってことだな」


「何を言っているのですか、ラーク二年」


 ティムは恐れている表情を浮かべ、脂汗が額に滲んでいる。

 彼は頭脳明晰、きっとラーク陣営が仕掛けた言葉の意味を理解したからこそこのような表情になっている。


「私以外の選管をやったということですか?」


「ご名答、残るはお前一人だティム・イコール」


 ぶつりと何かが切れた音がする。

 いつも冷静なティムの魔力は膨れ上がり、一番上まで留めてあったボタンが弾け飛んだ。


「——クソガキがああああ!」

 

 冷静なはずのティムは怒りに震えた様子でラークに向かってきた。

 魔力が嵐のようにティムの周りに現れる。


「『パワー・リフレクション』」


 ラークは荒れ狂うティムをじっと見つめ、彼の攻撃を待っていた。

 右脚に魔力を集中して、数歩の距離に近づいたときにその脚を振るう。

 

「『イコール・フロー』!」

 

 ティムはそれを狙ったようにスキルを発動。


 ただし、ラークは落ち着いていた。

 前回の裏選挙で彼のスキルは知っている。

 ティムのスキルは魔力を受け流すスキル。

 知らなければ厄介な能力であるが、知ってしまえば対策もできる。

 

「お前は退場だ、ティム」


 ラークの右脚がティムに届いたとき、ティムはスキルでラークの魔力を受け流す。

 その魔力を自身の右拳に集め、カウンターをラークにぶつける。

 ティムの頭ではその結末であっただろう。

 

 ラークの攻撃はティムに辿り着く寸前で止まった。

 『イコール・フロー』を発動したとき、ラークの攻撃は止まったのだ。

 まるでラークがティムの攻撃を知っていたかのような動きなのだ。

 そして、ラークは再度脚を始動させる。


「がっ!」


 ティムのスキル『イコール・フロー』は何回も使えるスキルではない。

 スキルの元となっているのは魔力の反射現象であり、相手と同等の魔力をスキルとしてぶつけることで自身の魔力に変換している。


 それを利用したラークは、一度目の蹴撃をティムの寸前で止めた。

 そして、もう一度魔力を練りなおし二回目の攻撃は渾身の一撃を振るう。

 ティムはラークのスキルを知らないことを利用したまさに一撃必殺。


「じゃあな、選管さんよ」


 口から胃液を出して倒れたティムを一瞥したラーク。

 彼の右脚には気絶した人を十分に殺せるほどの魔力量が宿り、とどめを刺そうとしていた。


「やめとけ、ラーク」


 レオはそのラークの姿を見て止めに入る。


「そいつが死んだところで俺らの選挙戦が有利になるわけじゃないだろ」


 ラークがティムにとどめを刺す寸前、右腕的存在であるレオが口を挟んだ。

 ラーク陣営の中でラークに唯一口答えできる人物。

 彼がいるからこそ、ラークは暴走せずここまで来ていた。

 レオがいなければラークはセイラ陣営の一人や二人は殺していたことだろう。


「ちっ……」


 ラークは鬱憤を晴らすようにして気絶しているティムを蹴飛ばした。

 

「サーガ、もうすぐお前と戦う切符が手に入る」


 ラークはサーガ・ビックバンという圧倒的な存在に出会ってから、学園を手に入れたいという思いが芽生えた。

 そうでもしないと、サーガに挑戦することさえ叶わないと思ってしまった。


 カリスマ性と圧倒的な強さを持つサーガ。

 そんな彼に出会ったのは、入園して間もない頃であった。

 ラークは学園に入学する前から、邪魔するものを全て排除してきた。

 気づけば自分が歩く道を邪魔する者はいなくなり、後ろを振り返れば部下が大量に増えている。

 刺激的な毎日だったはずなのに、気づけば退屈な日々になってしまっていた。

 そんな時王立学園からの推薦がかかったのだ。

 もちろん最初は断った、エリートの真面目共が通う学園など自分の肌に合わないことは明白だからだ。

 そんなラークが入学した理由は、ある一人の男と戦うため。

 入園前から轟いていたサーガという悪名。

 退屈な日々を唯一刺激的にしてくれそうな男の名前。

 その男が第二王立学園にいるから、ラークは入園を決めた。

 入園してすぐサーガに挑んだが、彼の持つ圧倒的な強さに届く前に負けてしまった。

 学園内で彼を取り巻く集団に完膚なきまでに、あっけなくやられてしまったのだ。

 だから、彼の下に入った。

 そこで必死に爪を研いだ。

 その爪でサーガの首を掻っ切るために。

 必ずサーガ・ビックバンという男を潰すために、ラークは会長になる必要があるのだ。

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