第70話「それぞれの選挙戦」

「ナナちゃん!」


「ユン!」


 焦る二人が待ち合わせに指定した場所は空き教室を使ったセイラ陣営のアジト。

 だが二人は言葉を交わさずとも既に会話の内容は連絡を取って確認していいた。

 ユンの部下からその事実を知り、ユンはすぐにナナへとメッセージを飛ばす。


「ユン、どういこと!?」


 息がまだ整えられていないが、それよりも早く説明して欲しいっていう顔。


「私も詳細はわかんない。 でも、急がないと」


 ユンもセイラに聞きたいことはたくさんある。

 なんでこのタイミングで裏選挙を宣告し、どうして陣営の誰にも言わずに行ったのかを。


「そ、そうだね。 とにかくセイラを止めないと」


 二人の目的はこの場所で出会う前から一致している。

 今は暴走するセイラを止めなければならない。


「とにかくナナちゃんはセイラを探して。 私は陣営の統率を取ってくる、このままじゃみんなが大変なことになっちゃう」


「わかった。 セイラはどこに?」


「まだ第一校舎の屋上を出たばかりだと思うから、まだ遠くに行ってないと思う」


 ナナは頷きだけを返して、廊下を走り去っていった。

 

 ユンのやる事はとにかくセイラ陣営の足を止めること。

 リーダーであるセイラからの指示であれば従う生徒は多いが、ユンの部下も存在する。

 まずは部下を使って動きを止める。

 無駄な血を出すわけにはいかない。

 セイラ陣営についている生徒はサーガ・ビックバンの暴力的支配から一旗揚げようとした勇敢な生徒たち。

 責任感が強く、それでいて優しい人物だ。

 だからこそ、戦ってほしくない。

 貴重な戦力をここで失うわけにはいかない。

 正義の灯を絶やしてはいけない。


「急がないと……」


 ユンが廊下を飛び出したそのときだった。

 振り向いたときにはすでに遅い。

 振り抜かれた拳はユンの脳天に一直線にぶつかる。


「——Shit、ユンガール」


「っく、あ……」


 視界がぐるぐると回り立っていられるのもやっとな状態。

 それでもユンは攻撃してきた相手を睨みつけた。


「ボローニャ、ライト!」


 目の前に現れた敵は、ラーク陣営屈指の実力者ボローニャ・ライト。

 最悪のタイミング、最低の男がユンの前に立ち塞がる。

 ここで負けるわけにはいかないと思い、ユンは金属バットのグリップを強く握りしめる。


「Good Bye、ユンガール」


「ぶっ殺す!」


 殺意剥き出しのユンと圧倒的な魔力量を持つボローニャ。

 これをもって、セイラ陣営の裏選挙は開始を告げた。


* * *


 サラ・クリスティーナは月を見上げながら、学園のベンチに腰をかけている。


「僕って案外嫉妬深いのかな……」


 まだ自分の気持ちに整理がついていない。

 でも、その感情をぶつけるわけにはいかない。

 その感情を押しつぶさないといけないことはわかっている。

 誰もいないこの場所なら、少しだけ本音をこぼしてしまってもいいのだろうと思。

 ここはいい思い出と悪い思い出が混在した場所だ。

 ロイと前夜祭を一緒に回り、恋人っぽいこともできた。

 だがこのベンチに来た瞬間、サラの友人がひどい目に遭っていた。

 友達はまだ病院のベッドの上。

 それをしたラークを許すわけにはいかない。


「——サラさん!」


「ん?」


 サラの元に駆けよってきたのは一人の女生徒。

 その顔には見覚えがあり、セイラ陣営の一年生。

 彼女の顔は青ざめていて、顔のところどころに傷もある。

 制服もぼろぼろで、何かあったことは恰好だけでもわかった。

 

「サラさん、みんなが、みんなが」


「一旦落ち着こう、ゆっくり話を聞かせて」


 サラが落ち着かせようとしても、呼吸が浅いまま。

 それでも何かを伝えようとしていることはわかる。

 今はその内容を一刻も早く聞かなければいけないようだった。


「ユンさんとセイラさん以外の陣営全員がラーク陣営に人質に取られました!」


「えっ!?」


 ユンとセイラ以外の陣営全員。

 それは陣営の危機を通り越して、壊滅という言葉がふさわしい。

 

「私だけが逃がされて、サラ・クリスティーナを連れてこいと」


 きっと罠だ。

 頭を使う戦いにめっぽう弱いサラでもそんなことはわかる。

 いや、この見え見えの罠は罠とも呼べない。

 セイラ陣営の壊滅を狙った、正面からの宣戦布告だ。

 きっと向こうは数多くの生徒を配置してくるはず。

 ローズと繋がっていることが合同演習で明るみになっている今、あの狡猾なラークがローズを無視しているはずがない。


「分かった。 じゃあ君はもう寮に帰るんだ、あとは僕が何とかするよ」


 そしてサラはベンチを立ち、歩き出す。

 セイラ陣営を救うために、ラーク陣営と戦うために。


* * *


 ラーク陣営第一アジトの倉庫。

 ラークとレオがここに着いたときには、既に多くの陣営の生徒で埋め尽くされていた。

 ラークの登場により騒がしかったアジトは一気に静寂に切り替わる。

 そしてラークが進もうとする道が自然と出来上がった。

 その先にあるのは、倉庫を見渡すように少しだけ高い土台の上に置かれた豪勢な椅子。

 かつてサーガ・ビックバンがこの玉座に座り、生徒会長の座を手に入れた場所。

 彼が座る場所、彼しか座れない場所であった。

 ラークでさえも届かなった玉座に、今はラークが座っている。

 これは認められたわけではないと、ラークは自覚していた。

 会長にならないと、彼への挑戦は許されない。

 彼を殺す、その心持ちは今も昔も変わっていなかった。

 

「おい、人質はどこだ」


 誰に声を掛けるわけでもなく、近くにいた部下に声を掛けた。


「はい、こちらに」


 手を紐で繋がれた五十人近くのセイラ陣営の生徒が連れて乱暴に連れてこられた。

 男女問わずに黒い布が顔に被せられており、表情を確認することはできない。

 ただ制服の摩耗度合いや、生徒たちが一言も言葉を喋っていないことを考えるとかなり痛めつけたのだろう。


「これでサラを餌にしてローズ・アルフレッドを釣る」


 ラークがここに陣営の大半を割いたのには理由がある。

 それは徹底した『氷の女帝アイス・エンペラー』対策。

 第二の生徒ではないローズ。

 なので、こちら側にも情報がない加えてラーク陣営の屈指の実力者であるボローニャと対等に渡り合った実力者。

 彼女を相手にするには、それ相応の準備が必要だとラークは考えていた。

 

「レオ、ボローニャはユンを連れてくるように頼んであるんだな?」

 

「ああ。 あいつなら時間もかからないだろうよ」


「そうか、じゃあ後は雑魚どもを待つだけだな」


 長い脚を交差させ、けだるそうに獲物を待つ。

 生徒会長になるのは絶対条件。

 そうしないと、サーガへの挑戦権すら得られない。

 まずは今サーガの所有物である学園を手に入れる、そしてその状態でサーガを潰す。

 あの時の屈辱を忘れた日はない。

 負けたことがないラークが、初めて敗北した日のことを。

 それを思い出しただけで、悔しさ怒り、全ての負の感情が沸いてくるのがわかる。

 セイラ陣営、及びそれに加担するローズを潰すことはそれを晴らす目的もあった。

 あくまでサーガに辿り着くための寄り道。

 あくまでサーガを潰すための暇つぶし。


「雑魚どもが俺とサーガの戦いに入ってきていいわけねえだろうが」


 彼のうちに眠る支配欲。

 生徒会長であり三大貴族であるビックバン家の嫡子に留まらず、第一の実力者である『氷の女帝アイス・エンペラー』にもその欲は浸食してた。


* * *


 背中にケースにしまったスナイパーライフルを背負って走るナナ。

 セイラがまだどこにいるのかわからない。

 でも止めないといけない。

 セイラが暴走してしまったのは、きっと自分のせい。


 ナナはセイラを止めようとしていた。

 セイラを止めないといけなかった。

 だが、結果としてセイラは裏選挙を仕掛けてしまったのだ。


「止めないと、私のミスだ」


 自分のミス。

 それは去年の自分と重なる。

 何も変わっていない。

 あのときからずっと。

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