第71話「友達」

 入園したときは不安だった。

 自分が人見知りであることは知っている。

 だからと言ってこのままではいけないと思っていた。

 仲良くしたくても、何を話せばいいかわからなかった。

 共通の趣味も探した、みんなが話題に出していたことも頑張って覚えて学園に行ったこともあった。

 でもそれだけでは何も起きない。

 自分が動かなければ何も始まらない。

 結局友達はできなかった。


 だから、銃を持った。

 射撃には才能があると思ったわけではない。

 これをしていれば人と関わることはなく自分の世界に入ることができたから。

 友達と遊ばない分、射撃に打ち込むことができた。

 それが功を奏してか、第二王立学園への推薦が決まる。

 第二王立学園はみんなが憧れを抱く学園。

 だからこそ、それだけ入園するのも難しい。

 ナナは新たな決意と、新たな出会いを求めて第二王立学園へと入園を決めたのだ。


 戸惑いのなか席につき、ナナはあたりを見渡す。

 隣にいるのは長い黒髪で、眼鏡をかけた静かそうな女子生徒。

 人を外見だけで判断するわけにはいかないが、ナナはどこかシンパシーを感じていた。


「あの!」


 ナナが言葉を発した。

 だが思ったよりも声が大きかったのか、隣にいた女子生徒はびくっと体を震わせる。


「……はい?」


「あ、えっとごめんなさい」


 ここからどう話を進めればいいのか。

 当たり前のことだ、今まで自分からコミュニケーションをとったことなどなかったのだから。


 頭が真っ白になり、何も言葉が思い浮かばない。

 そして徐々に恥ずかしさが自分を蝕んでいく。

 緊張がピークを迎え、心臓の鼓動が激しくなっているのがわかる。


「セイラちゃん」


 ナナが心を落ち着かせることができない状態で、屈託ない笑顔が特徴的な女子生徒。

 セイラと呼んだということは、この隣にいる女子生徒がセイラという名前なのだろうか。


「邪魔しちゃったかな?」


「あ、いや、全然、大丈夫、です……」


 助かった、と胸を下ろしたナナ。

 正直このまま時間が流れるのを待つことはできなかった。

 だから何か喋ろうとしてしまい、また同じように言葉を詰まらせてしまう未来が見えていた。


 今このときから一年間は隣に座る女性と一緒の空間で過ごさなくてはならない。

 それを考えただけで、もう学園に行きたくないとまで考えてしまっていたところだった。

 

「お名前は?」


「私は、ナナ・スカイ、です」


 敬語が取れずに挙動不審に対応してしまう。

 なぜ自分がこんな状態で話してしまうのか、言葉を発してから自問自答を繰り返すのは早く治したいことでもある。

 

「あはは、そんなに構えなくても大丈夫だよ。 私はユン・ホイップ、こっちの子はセイラ・クリームちゃん。 これからよろしくね!」


 今思えば、この時の出会いが運命の始まりだったのかもしれない。

 ユンを中心にセイラとナナはすぐに打ち解けた。

 中等部時代はどんな感じだったのか、何をしていたのか。

 ナナは最初ためらい気味であったが徐々に打ち解けることができた。

 それはユンのコミュニケーション能力、セイラが優しく聞いてくれたからだ。

 友達ができなかったことも打ちあけた。

 そしたらセイラも同じだったということもわかった。

 すぐに三人は意気投合。

 放課後遊びに行くこともしばしばあった。


「ねえ、二人とも。 私、選挙に参加しようと思うの」


 入園して一ヶ月が経過したときだっただろうか、セイラからこんな一言を聞いた。

 聞いた時は第二王立学園の選挙はどのようなものか分からなかったが、セイラの話を聞く限りどうやら危険なものだという。


「私、セイラちゃんと一緒に戦うよ」


 その時、いつも笑っているユンに笑顔はなかった。

 真っすぐセイラの目を見つめていた。

 ナナの目に映った彼女、どこか覚悟を決めたようなそんな顔だ。


「ユン、分かっているの? これは危険な戦いなのよ」


「だからってセイラちゃんを放ってはおけないよ」


 きっとこの事を打ち明けるのにセイラはためらっていたことだろう。

 でも選挙に三加するのであれば、三人とはいつも通り遊べない。

 真面目なセイラだからこそ、これから三人で遊べないことをはっきりと言いたいのだろう。


「ユン、本当にいいの?」


「うん」


「……わかったわ」


 二人は中等部からの仲。

 であればこういうときのユンの頑固さをわかってのことだろう。

 

 では、ナナはどうするのだろうか。

 せっかくできた友達。

 やっと仲良くなってきたところ。

 

「私も、やる」


「え?」


「ナナちゃん?」


 セイラとユンは一様に驚いた顔を浮かべた。

 

 正直、怖いと言うのがある。

 選挙で血を流すことがあるかもしれないとセイラは言っていた。

 誰かと戦ったことなどない。

 

「私も選挙に参加する」


 ナナは射撃しかやってこなかった。

 自分に何ができるかはわからない。

 もしかしたら邪魔になるかもしれない。

 でも、友達のために黙ってはいられなかった。


「私もセイラちゃんの友達だから」


 どんなに怖くても友達がいれば大丈夫。

 友達が戦うなら、一緒に戦う。

 それが友達のあるべき姿だと思うから。


「ナナ……」


* * *


「探さないと、セイラが困ってるんだ」


 学園内の夜道を駆け抜けるナナ。

 目指すは第一校舎。

 とにかく走る。

 苦しい、立ち止まりたい、座りたい。

 でも、友達を助けなくてはならない。


「——止まれ、ナナパイセン」


「っ!」


 空中から突如現れた人影。

 ナナが目を凝らしてよく見てみると、そこには第一の一年生であるロイの姿があった。

 

「どこに行こうとしているんだ?」


「セイラを助ける」


「駄目だ。 今学園は危険な状況だ、無理に動くとラーク陣営に狙われる」


「セイラを止めないと、セイラが危ない」


 裏選挙を誰にも言わずに実施したという事実。

 それはセイラが切羽詰まっていることを暗に示しているのだ。

 セイラが多数の男性とキスをする動画が拡散されたことは、きっとセイラの耳にも入っている情報。

 このまま選挙が続いたところでセイラ陣営に票が入るわけがないのだ。

 だからこその裏選挙の宣告、陣営の実力に明らかな差があるのにも関わらずだ。


「——あんたのせいだろ、ナナパイセン」


 ロイの目はまるですべてを見透かしているみたいに鋭かった。


「どういう、こと?」


「セイラの動画を拡散したのはあんただからな、ナナ・スカイ」


「え?」


 思わぬ一言。

 正直不安が顔に出てしまったのかもしれない。


「だが、今はそれを追求する気はない。 正直証拠っていうのはまだないからな」


 ロイの言葉まるで犯人を追い詰めるかのよう。

 追い詰められている、そんな感覚がナナの心に浮かぶ。


「だったら何をしに来たの?」


「あんたを止めにきた」


 ロイから魔力が放出される。

 見たことも、感じたことのない魔力。

 本当に後輩なのか、本当に学園生なのかと思ってしまうほどの威圧感。

 

「あんたと約束したんだ、俺はあんたを守らなきゃならん」


 ナナは無意識に一歩下がっていた。

 だが、その足でもう一度前に踏み出す。


「私はもう、逃げたくない」


 ナナは背負っていた鞄を下ろし、中からスナイパーライフルを取り出す。

 スコープも付いていない、銃身のみのライフルをロイに向けた。


「二人と約束したから、ずっと友達でいようって、ずっと遊んでいようって。 だから私は戦う、友達を守るために私は戦うんだ!」


 こんなに声を上げたのはいつ以来だろうか。

 いや、今までこんな経験はなかった。

 何かが込み上げてくる、そんな感覚は初めてだった。


「何でそんな友達のことを思っているのに、友達が不利になるようなことをした?」


 ロイの意見は至極当然のことだ。

 ナナの言葉には矛盾が生じている、それは口に出したナナでも承知のことだ。

 だが守りたいという言葉に嘘はない。

 選挙から離れさせることで、セイラを守る。

 セイラは芯が強い人間だ。

 だからちょっとのことでセイラは選挙をやめることはない、友達だからこそ彼女の性格は理解しているつもりだ。

 

 そんな彼女を選挙から遠ざけるには、動画を拡散してセイラの心を折るしかなかった。

 きっとセイラは傷つく、そしてナナのことを一生恨む。

 でも、それでもナナは止めたいと思った。

 二年生になってからの選挙のことは知らない。

 でもユンが話してくれた。

 セイラがずっと悩んでいたことを、セイラがずっと顔色を悪くしながら過ごしていたことを。

 ずっと、去年の出来事を引きずっていることを。

 それを聞いたとき、自分は何をやっていたのだと自責の念に駆られた。

 去年の選挙で起きたこと。

 その責任は間違いなくナナにあるのだから。


「過去に何があったかは知らない。 だが俺はあんたのやったことが正しいとは思えない」


 ロイの言う通りだ、ナナが行ったことは到底正当化できない。

 この作戦はユンと二人で考えたものだが、実行したのはナナ自身。

 全く選挙に関係無いナナだからこそできたこと。


「ナナ・スカイ、お前は何をしようとしているんだ?」


 覚悟は決まっている。

 セイラに自分の思いを話して、きちんと謝罪をする。

 そしてその後のことも。


「あなたには関係ない」


「関係ある。 もし俺の推測が正しいのなら、あんたは友達のために」


「撃つ!」


 ナナはロイの言葉を遮り、もう一度銃口を向け直す。

 ここで立ち止まるわけにはいかない。

 ロイがどれだけ強かったとしても、ナナは友達の元に走るのをやめてはいけない。


「人が撃てないお前に、俺が撃てるのか?」


 ナナは魔力を銃身へと込めた。

 手先が震えているのがわかる。

 でもこのままではダメなのだ。

 このままでは、友達を救えない。

 

「どうして今更ユンに加担する」


「友達だから」


 優しいから。

 これほど優しい人物が世の中にいるのだと思ってしまうほど、彼女は優しかった。

 きっと彼女は今でも苦しい思いをしながら金属バットを振るっている。

 血を見るのも苦手だった彼女。

 そんな人間が途端に変われるわけがない。

 友達のために、セイラのために心を押し殺して、仮面を被って戦っている。

 そんなユンを、助けたい。 


「セイラをどうして守る」


「友達だから」


 セイラは友達思いで先輩思い。

 去年選挙で起こったことを自分のせいにしてしまっている。

 本当はナナのせいで選挙が負けたというのに。

 そして今回の選挙戦でも、セイラは責任を全て自分に押し付けている。

 決して心が強いわけではない。

 それでも陣営のリーダーとして弱音を決して吐かず、自分を強く見せつけている。

 セイラも普通の女の子なのだ。

 甘いスイーツを食べたり、ショッピングをしたりすることが好きな普通の女の子。

 そんなセイラを、助けたい。


「どうして助けに行く?」


 どうしてなのか。

 たかが三か月程度一緒に過ごしていただけではないか。

 そこから会話もなく、遊ぶこともなかった。


 でもその短い期間は、ナナを変えてくれた。

 時間の長さなど関係ない。

 ナナの人生にとって二人と遊んだ時間はかけがえのないもので、ナナの人生を間違いなく変えてくれた時間だったから。


「それが友達だから」


 だから感謝している。

 一緒に遊んでくれて、一緒に笑ってくれて、時にはちょっとだけ喧嘩したりして。


 だが、過去の選挙戦でセイラとユンと喋ることも減ってしまった。

 ナナが二人を遠ざけた。

 謝れば済んだことかもしれない。

 きっと二人は笑って許してくれたかもしない。

 でもそれをナナが許さなかった。

 いや、二人に許してほしくなかった。


「私の、友達だから!」


 言葉にしていいものか。

 この一年間、ずっと悩んできた。

 なんで今になって言葉にできたのだろうか。

 こんな状況にならないと言えない自分に嫌気がさす。

 

 でもいいのだ。

 これが終われば、この学園からいなくなることを決めている。

 いや、この世界から消えていくことを決めている。

 セイラを助けると決めていたときから、その覚悟は決めている。

 セイラとユンを助けられればこの第二王立学園で思い残したことはない、この世界でやり残したことはない。

 結局、こうなるまで何もできなかった。

 結果、覚悟が決まっていなかった。

 でもこうしてロイと向き合って、自分と向き合って覚悟が決まった。


「私が二人を助けるんだあああああああ!」


ズゴオオオン!


 ナナは魔力の銃弾を弾く。

 真っすぐ進んだ弾はロイの胴体に当たった。


「うっ、あ、うう……」


 ぱたりと後ろ向きに倒れていくロイ。

 

「ごめんね、ロイ君。 そして、ありがとう。 もしで会えるなら、またもう一度私を誘ってくれるなら。 そのときは一緒にフラッグ・ゲームやろうね……」


 ナナは鞄と銃を抱えて走り去る。

 ロイに撃った弾はゴム弾。

 殺傷能力はなく、きっとロイであればすぐに復活することだろう。

 申し訳ない気持ちでいっぱい、助けてと言ったはずなのにこちらが裏切る形となってしまった。


 だけどやらないといけないことがある。

 守りたい人がいる。

 友達として、親友としてナナは走り続けるのだ。

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