第72話「裏」
「いってえ~」
ロイは地面に倒れながら空を見上げていた。
魔力を展開することなく受けた銃弾。
この場でこれが正解だったのかはわからない。
ナナを止めることもできた、一対一ならロイが負けるわけがない。
「ま、俺にできるのはここまでか」
ロイはぴょいっと立ち上がり、辺りに魔力を張り巡らした。
ロイだからできる魔力探知。
ロイの魔力量であっても学園全体を囲むほどの魔力を展開することはできないが、この近くの出来事ならおおよそ掴める。
ナナが行く先は第一校舎。
まだ屋上にある魔力、おそらくこれはセイラ。
そこにぞろぞろと集まってくる魔力の数々。
「不味いな。 もし暴走寸前までリミットを解除して生徒集めてたら、セイラは本当に壊れるぞ」
ロイは危機感を募らす。
数は約二十人。
だが二十人を操る魔力を展開するということは、使う魔力も二十倍。
いつ壊れてもおかしくない状況であることは間違いないだろう。
「——その前に、誰だてめえ」
神経を張り巡らせていなければ、気づかなかった気配。
木陰へ目を向けると、女性らしき姿が出てきた。
「やっほー、ロイ君。 元気してた~?」
出てきたのは、カーラ・プライム。
だがロイは感じ取っている。
これはカーラの魔力ではない、何か別の感じたことも出会ったこともない魔力。
「だから誰だよ」
「ん? カーラだよ~」
「ちげえよ。 カーラはもっとこんなんだ」
ロイは両指で目を吊り上げ、ぶすっとした顔をする。
ロイから見ているカーラは常に怒っている。
その心はほとんどロイへの憎しみのせいなのかもしれないが。
だが実際、ロイは目の前にいる何者かはどこからどう見てもカーラ。
魔力の違いをロイが感じ目の前にいる何者がカーラではないとロイが判断している だけで、魔力さえなければカーラ本人なのだから。
ロイの中の警戒心に連動して、魔力が上昇する。
目の前にいる女性。
その女性が持つ魔力、それをロイは侮ることはできなかった。
「ふふっ。 さすが第一を襲撃しただけはあるか」
「……オレハヤッテナイ」
はぐらかすロイだが、カーラを模した何者かはうすら笑みを浮かべている。
「まあそんなことはどうでもいい。 お前、何しにここにいる?」
「それは守秘義務だよ。 『裏』でもそれぐらいは守らないとね」
「『裏』?」
「あれ、知らない? この国にはね、『裏』って呼ばれる組織があるの。 ま、組織ってくくると反対する『裏』は出てくるだろうけどね」
聞いたこともない名前。
何かの集団でもあるのだろうか。
「んでその『裏』であるお前がここにいるってことは、何か第二に目的があるってことか」
「さっすが~」
けたけたと笑う姿は本当にカーラそのものだ。
顔面をどこからどう切り取っても不自然な点が見当たらない。
だが彼女の振る舞い、立ち姿、振る舞いはどこか違う気もしている。
それはロイが観察眼に優れているからこそわかる些細な違いだが。
「『裏』っつうのは金で動くのか?」
「う~ん、一概にはそうは言えないかな。 対価は必ずしも金である必要はないけど、それに近しい何かがあれば一般的『裏』は動くよ」
一般的なという言葉を聞く限り、彼女も『裏』の全容を理解していないということだろうか。
正直なところロイの頭でも『裏』という存在を噛み切れていない。
だが、彼女がここにいるという事実。
それは考えなくてはならない。
「偽カーラ」
「ん、それ私のこと?」
「今からお前を金で買い取る」
「交渉ってことかな?」
「いくらで動く?」
今ロイはこの場で、偽カーラと戦うわけにはいかない。
戦闘をすれば長い争いは避けられないことは、偽カーラの魔力を見ればわかる。
そこらにいる学園生ではない。
偽カーラがそもそも学園生である保証はどこにもないのだが。
「残念、私はお金で動かないんだ。 お金なんて所詮、ただの紙切れだしね」
「じゃあ何なら動く?」
正直財力で偽カーラを止められるなら、そうしたい。
今様々な場所で裏選挙が激化しているなか、無駄な因子は排除しておきたい。
だが『裏』を名乗る彼女は金で動かない可能性だって十分に考えられる。
ロイが第一を襲撃したことを知っているのならば、ロイの実力というのも頭に入っているはず。
それなのに彼女はあっけらかんとしてロイの目の前に現れ、『裏』を名乗った。
その不気味さは一番厄介。
何をしてくるかわからないからこそ、あらゆる可能性を想定してしまう。
「そうだな~。 んじゃ、君の命」
偽カーラが微笑み、思わぬ角度からの言葉を発した。
その顔に、ロイは底知れぬ闇を感じた。
きっと彼女も普通に生きてこなかったうちの一人ということなのだろうか。
ロイとはまた違った異常な環境で育ち、異常なまま成長してしまった人間なのだろうか。
「それはできねえな、他に何かないのか?」
「え~、残念。 それ以外だったら無理、何一つ飲み込めないよ」
「というか、俺の命に価値はねえだろうが」
「いやいや、『裏』からすれば欲しい人はいくらでもいるよ。 『裏』の中じゃ有名人だしね」
「やっぱり俺はどこにいっても人気が出てしまうな」
困る、困ると言わんばかりにロイはえっへんと腕を組む。
「んじゃ、私はそろそろ行くね」
「待ちな、まだ俺の魅力を語ってない」
「無理。 ばいば~い」
瞬間、ロイは偽カーラの手を取った。
逃がすわけにはいかない、この存在はロイが立てた計画の邪魔になることは間違いない。
「『裏』に関わるといいことないよ?」
「お前らが既に関わってきてんじゃねえか。 お前、わざと俺の前出てきただろ?」
きっと彼女の力があればロイに気づかずとも計画を実行できたはずだ。
いずれ関わるにしても、こうしてカーラの姿をかたどれる能力があるのならば別の誰かにだってなれたはず。
それなのに、こうして偽カーラはわざとらしくロイの前に現れた。
「会いたかったんだ、君に」
「幼馴染か!?」
「あはは、違うよ。 第一を襲えるほどの学園生が一体どんな子なのか直接見たかっただけ」
「どうだった?」
偽カーラの手を握る強さを強めるロイ。
逃げられないように、逃がさないように。
「私と似ている。 現実に興味がない顔してる」
そして偽カーラはロイの手を軸に背負い投げをする。
ロイは決して油断していたわけではないが、偽カーラの体術はロイの予想を優に上回っていたのだ。
「逃がすか」
ロイが飛び起きたとき、彼女の姿はどこにもない。
一体彼女が何者なのか、『裏』とはどういう組織なのか。
そして、『裏』は第二王立学園で何をしようとしているのか。
「まさか……」
ロイは頭の中で思考を巡らす。
そして推理する。
彼女の存在、突然ロイの目の前に姿を現した理由。
「やっぱり幼馴染?」
サラと出会ったとき全くわからなかった。
その時を思い出し、ロイはありえもしない可能性に考えをめぐらす。
もしヤスケがここにいたなら「そんなわけねえよ!」と、華麗なツッコミをロイに見舞ったことだろう。
* * *
「はあ、はあ……」
第二校舎の玄関口。
ひとまず目的の地に辿り着き、ナナは呼吸を整える。
ナナが走ってきたルートは第二校舎を通りつつ、第一校舎へと辿り着くといったもの。
最速で第一校舎へと向かうこともできたが、ロイが立ち塞がったことに焦ってしまいルートを変えてしまった。
だがそのおかげで第二校舎の屋上に不穏な魔力を感じ取ることができた。
魔力探知に長けるナナだからこそわかったこと
ずっと一緒にいたから、わかった魔力。
セイラが屋上にいることがわかる。
「行かなきゃ」
ナナは再び走り出す。
友達を救うために、友達を守るために。
* * *
夜風が轟轟と音を立てながら走り去る第二校舎屋上。
セイラ・クリームは何も考えることはなく、屋上にいた。
「はあ~い、セイラちゃ~ん」
屋上に入ってきたのは、第一王立学園のカーラ・プライム。
でもその姿は偽りだということをセイラは知っている。
「……『裏』の人間ね」
「さすがセイラちゃん。 頼まれた仕事はきちんとやってきたよ」
にこっと微笑むカーラの姿をした『裏』。
『裏』をここに招いたのはセイラ自身。
依頼は、セイラがキスをしている動画の投稿主を探してもらうこと。
セイラには『裏』を動かせるほどの資金力はない。
それをこの目の前に存在する『裏』に相談したところ、『裏』はセイラのとあるものを欲しがった。
当初、セイラはそんなもので『裏』が動くとは思ってもいなかったがセイラの依頼が殺人のようなリスクの高い仕事ではないということで承諾してくれたのだ。
「それじゃあ、セイラちゃんを追い込んだ犯人を発表します!」
まるで司会者のように意気揚々と喋る『裏』。
「犯人は——」
別に誰でもいい。
誰であっても、殺す。
ラークだろうが、その部下だろうが完膚なきまでに叩き潰す。
去年からの悲願である選挙戦を制するために、まずはその人物を殺す。
早く答えを教えてくれと願う。
その人物名を聞いた瞬間、すぐさま動ける準備はできている。
「ナナ・スカイちゃんでした!」
パリンとした音がセイラの心の中でなった気がした。
張り詰めていた緊張が切れ、体を脱力させる。
「ねえ、どう? 苦しい? きつい? 悲しい? どういう気持ちなの? ねえ、友達に裏切られた気持ちはどんな気持ちなの? 教えてよ! ねえ、ねえねえねえねえ!」
眼前に嬉々とした顔を寄せてくる『裏』。
だがセイラはそれを邪魔とも思えないほどの精神状態だった。
立っているのがやっと。
脚が力を失って震えているの。
自然と地面にへたり込んでいくセイラ。
「は、はは。 そう、そうなのね。 あは、あはははははは!」
涙が溢れ、頬を伝うのがわかる。
それも一滴ではない、まるでダムが崩壊したように涙が止まらない。
「あら、壊れちゃった?」
『裏』への信頼など何一つ持っていない。
だが、『裏』が嘘をつく理由もない。
いや、セイラにとって『裏』の真偽はどうでもいい。
ナナという名前が出てきた時点で、セイラの持っていた大切な何かが壊れたのだ。
「んじゃ、目的の物は貰っていくね」
そう言うと『裏』はセイラのポニーテールを乱暴に片手で掴んだ。
ポケットから取り出したナイフ。
そして、一閃。
セイラの髪が切れ、髪型がショートカットに変わる。
ナイフで切ったせいか、整えられていない毛先。
ぼさぼさになった髪を見て、『裏』はにっこりと悦に浸ったような表情を浮かべる。
「これでよしっと。 んじゃまた何かあったら連絡してきてよ、『裏』はいつでも待っているからさ」
『裏』は瞬時に屋上から消え去った。
髪の毛を切られたことはどうでもいい。
今は、何も考えられない。
バタン!
「——セイラちゃん!」
慌てた様子で屋上の入り口に顔を出したのは、ナナ。
「あら、ナナじゃない」
困惑した様子のナナは今のセイラを見て何を思うだろうか。
ぼさぼさの髪、泣き崩れたせいで丁寧にした化粧も落ちている。
それを見て、ナナはどんな気持ちなのだろうか。
「ねえ、嬉しい?」
「え?」
「私が落ちぶれている姿見れて嬉しい?」
あははと笑いながらセイラは問いかけた。
ナナは、友達だと思っていた人物は今喜んでくれているのだろうか。
「セイラちゃん?」
「来ないで!」
「っ!」
ゆっくりと踏みだしたナナだったが、セイラの罵声により動きを止められる。
「あなたがあの動画を拡散したのね」
「そ、それは……」
「とぼけないで! もういいわ、何もかもどうでもいい。 あなたのことを信じていた私がバカだったみたい、あなたを心配して尋ねたときもあなたは心の中で笑っていたんでしょ?」
笑いながら、セイラは語る。
自分が馬鹿だったと言い聞かせるようにして、喋る。
友達を信じてしまった自分を笑うように、話す。
「ねえ、ナナ。 友達ならさ、私の痛みがわかるよね? 私の苦しみをわかってくれるよね?」
「セイラ、私は」
「ナナ、あなたは私の敵よ。 戦いましょ、どちらかが壊れるまで」
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