第73話「三人の少女と一人の先輩」

 ナナは唇を噛みしめる。

 自分が犯してしまった罪を噛みしめる。

 それがセイラのためとはいえ、結果的に彼女を苦しめる形となってしまった。


 なんの言葉をかけていいかわからない。

 でも、止めなくてはならない。

 自分がどう思われてもいいと思って、あの動画を拡散したのだから。

 自分が嫌われてもいいと思ってやったことだ、後悔はない。


「セイラ、私のことはどう思ってもいい。 でも私はあなたを止める!」


「そう、人も撃てないあなたにどうやって私を守ってくれるの?」


「撃てるよ」


「へえ、嘘もつくようになったんだ」


「本当に、撃つ!」


 ナナは鞄から愛用武器である、『ハイ・スナイパー』を取り出してスコープを取り着けた。

 狙いはナナ。

 先ほどロイに撃ったゴム弾であれば打撲程度の怪我でセイラを止められらる。

 ナナの目から見てもセイラの魔力は限界。

 これ以上使い続けてしまえば、魔力暴走を引き起こし最悪の場合死んでしまうことも考えられる。


「セイラ、ごめんね」


「あは」


「っ!」


 ナナが魔力弾を放とうとした瞬間、突如後ろから何かで殴られた

 鈍い痛みが頭を巡り、体から平衡感覚を失わせる。


 振り向いた先にいたのは、男子生徒。

 この男はナナが動画を撮ったときに、セイラとキスをしていた相手。


「セイラ様」


「ありがと、私の奴隷」


「セイラ様」


「セイラ」


「セイラちゃん」


 倒れ込むナナの横を次々と通り抜けていく生徒たち。

 屋上の入り口から波のように押し寄せる人。


 殴られた後頭部を押さえながらナナはセイラを見つめる。

 女子男子、詳しくは学年を問わない生徒が二十名ほどセイラを取り囲んでいた。


「さあナナ、始めましょうか。 人が撃てるようになったのでしょ?」


「っ!」


「行きなさい、私の奴隷たち」


 ナナの元に押し寄せる人の波。

 本当のところ、ナナは人が撃てるようになったわけではない。

 ロイとセイラに放った射撃時は、感情が高まっており心に任せて銃を撃つことができた。

 セイラを救いたいという思い、それが積み重なって放った一撃だった。

 だが今はどうだろうか。

 目の前にいるセイラが操った生徒たち。

 いくらセイラを助けるためとは言え、関係のない生徒を撃てる度胸は今のナナにはなかった。


「セイラ様」


「っ!」


 逃げようとし、屋上に設置された扉を開こうとした瞬間再び生徒が現れた。

 手には包丁を持ち、目には光がない。


 ナナは後ろに飛び、その生徒と距離をとる。

 ナナが咄嗟に判断できたのは持ち前の反射神経。

 後ろを振り向けば、生徒の大群。

 行くも後ずさるも、ナナに残された道はどこにもなかった。


「離れて、撃つよ!」


 ナナはスナイパーライフルを構えた。

 威嚇だけでもできたらという苦肉の策。

 だが、生徒たち一歩ずつナナに近づいてくる。


 この生徒たちにもう感情はない。

 セイラのために、セイラを守るため、セイラに愛してもらうため。


 ナナを取り囲む生徒。

 すぐにでも手が届く距離、だが生徒たちは立ち止まったままだった。


「ナナ」


 聞こえてくるセイラの声。

 彼女は生徒たちの奥に潜み、どんな顔をしているのだろうか。

 体は大丈夫なのだろうか、生徒をこれだけ操ってしまえば魔力暴走してしまう危険性だってあるのに。


「私たちって何だったのかしらね」


 ナナの頭に記憶が流れる。

 セイラと笑った日々を、セイラと共有した日々を、友達頃を。

 きっともう、一緒に笑うことはできない。

 ナナの罪はそれだけ、重い。


「ほんの些細な出来事だったのかもしれない。 私が選挙に三加すると言って、ユンとナナが手伝ってくれるってなったときから歯車が食い違ったのかもしれなわいね」


 去年の出来事が今にも繋がっている。

 去年の選挙戦、それがなければナナとセイラはまだ笑いあっていたのかもしれない。

 ナナが失敗しなければ、セイラが暴走しなかったかもしれない。

 その可能性は、全部ここに辿り着く運命だったのかもしれない。


「さようなら、ナナ。 あなたのおかげで、選挙に負けることができたわ」


 押し寄せる生徒の波。

 戦う気力は失っていたナナは過去を思い出す。


* * *


 セイラが選挙に参加すると言って、とある空き教室に連れて来られたナナとユン


「んで、セイラ。 この子たちが私の陣営を手伝ってくれる子たち?」


「はい」


 教室の中央に長机が置かれ、白いテーブルクロスがひかれている。

 その上には白を基調とした高貴なティーカップが置いてあり、この場にいる四人の生徒の為に用意された香ばしい紅茶が注がれている。


「うーん、なんかパッとしないね」


 はっきりとその言葉を口にしたのは、一学年上のマイカ・カスタードという人物だった。

 ナナとユンはセイラに連れられるままこの教室へと連れて来られた。

 教室に入り、ナナの目に真っ先に飛び込んできたのはとびきり可愛らしい見た目をし、金髪でふわふわしたミディアムパーマが特徴的な女性だった。

 夕暮れの時間帯、差し込む橙色の夕日が彼女をより一層際立たせる。

 だがナナはその彼女にどこか不思議な感じを抱いていた。

 それがどういう感情なのか、ナナはまだ言語化ができないままセイラに従い席についたのだ。


「ぱっとしないとは、実力が足りないということでしょうかマイカさん」


 マイカの発言に対し、真っすぐと返事をするセイラ。

 おそらくマイカはナナとユンに対して心よく思っていないことは人付き合いが苦手なナナでもわかった。

 だが真面目な性格のセイラはきっちりと言葉として受け取りたいのか、マイカに対して臆することはなく返事をする。


「違う!」


「え?」


「セイラもそうだけど、君たち可愛くない! せっかく整った顔なのにこれじゃあもったいないよ!」


 ぷくぅっと頬を膨らませたマイカ。

 ナナは何に対しての怒りだろうと疑問に感じていたが、口を挟めるわけではなく黙ってマイカの言葉を待つ。


「君たちには女子力の向上から指導する!」


 マイカとの出会いはそんな具合だった。

 特に選挙のことを話すわけではなく、化粧の話や仕草の話ばかり。

 マイカの言葉に従うしかなかった三人は、女子力の向上と真剣に向き合った。

 一番変わったのは、間違いなくセイラ。

 眼鏡からコンタクトレンズに変え、髪もポニーテールにして化粧を覚えたセイラは見違えるほどの美人となっていたのだ。

 性格は相変わらず真面目、だが性格からは想像できないほど可愛らしい容姿になる。


「マイカさん、これは選挙とどういう関係があるのでしょうか」


 放課後、空き教室に集まっていたいつもの四人。

 マイカはいつ選挙のことをしているのか、どこで選挙の戦いを繰り広げられているのか全く見当もついていなかった。


「ん? なんも関係ないよ」


「えっ!?」


 驚いた顔をしたセイラであったが、ナナは彼女ほどの驚きはなかった。

 たぶんユンも気づいていた。

 これのどこが選挙と関係があるのか、と。

 放課後、ショッピングをしたりカフェでお茶をしたり。

 全くと言って、選挙に関係がなかったのだ。


「君たちをあのつまらない選挙に巻き込むわけにはいかない」


 ずっと笑っていたはずのマイカが真剣な眼差しでセイラを見つめていた。

 彼女はこう見えて様々なところに気が付く、だからきっとナナとユンがセイラに付き添う形でついてきたのだろうと見抜いていたのだろう。

 三人は魔力での戦闘をやったこともなければ、フラッグ・ゲームという魔力競技も経験したことがない。


「そもそも、ただの魔力素人三人が危険な選挙で何かできるの?」


 はっきりとマイカはその言葉を口にする。

 普段優しい性格で人を怒ったりすることはないマイカの口からこの言葉が発せられたからこそ、教室での緊張感を張り詰める。


「……何かできるかじゃないんです」


 セイラは一瞬目線を下げたが、再びセイラの双眸を見つめていた。

 

「私はマイカさんの役に立ちたいと思ってここにいます。 覚悟はとっくの昔にできています」


 セイラの真っすぐな言葉は、マイカに伝わっているかどうかわからない。

 ただ、その熱意と覚悟にナナとユンが動いたのは事実。

 きっとマイカにも伝わるはずだと、ナナは友達の思いに期待を寄せる。


「覚悟だけじゃ、選挙は勝てない」


 だが、マイカはセイラの覚悟ある言葉も突き返す。

 マイカの圧、それにセイラは言葉を失ってしまった。


 マイカの言葉が正解だと、ナナも思ってしまう。

 選挙の邪魔をしてほしくないのか、セイラたちのことを守りたいのかその真偽はわからない。

 だが選挙に関わってほしくないという思いは伝わってくる。

 

「……じゃあどうして、私たちを陣営に入れてくれたのですか」


「さあね、それは自分でもよく分からない。 芋っ子娘たちとたまには遊びたくなったのかな」


「じゃあマイカさんに認めてもらえるようにします」


 セイラは勢いよく立ち、教室を後にした。

 まるで怒りに身を任せて行動を起こしたかのように。

 普段の冷静なセイラからは考えられない行動であった。


「あ、待ってセイラちゃん」


 後を追うようにナナよりも長年の付き合いである、ユンがセイラの後を追って駆けて行く。

 教室に残ったのは、人付き合いが苦手なナナとセイラを怒らせた張本人であるマイカのみとなった。

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