第74話「第二のマドンナと第二の人見知り少女」

「あ~、セイラ怒っちゃったかな」


 あっけらかんとして、扉を見つめる二年生のマイカ。

 

「ナナはどうするの?」


 優しい笑みを浮かべながら、彼女はナナの心に直接問いかけるように質問を投げる。


「私はセイラの友達です。 だから今は、あなたと話します」


 きっとセイラを守る、セイラを手伝うためにはマイカの意図を把握しておく必要がある。

 ナナが感じていた、マイカに対する違和感。

 ナナはこの違和感を拭うまではここから離れてはいけないと思ったのだ。


「どうして、私たちを選挙から遠ざけているのですか?」


 どうしてか、マイカならすんなりと話を始めることができた。

 彼女のコミュニケーション能力の高さの賜物なのか、ここまでナナが打ち解けているのも珍しい。


「さっきも言った通りだよ、あなたたちが選挙に三加しても何かできるとは思えない」


「じゃあ何で私たちと一緒に行動してくれているのですか?」


「それもさっき言った。 芋っ子たちを可愛くしてあげるのも、私の役割だからね」


 人差し指をえくぼに当て、渾身のぶりっこを披露したマイカ。

 これだけをぶりっ子をしているのに、ナナの心に一切の嫉妬や怒りが湧かないのも不思議な現象だ。

 こういう女性と接した経験がないからか、そもそも人とコミュニケーションをとってこなかった人生だったからか。

 いや、きっとこれはナナ自身の経験的な話ではない。

 マイカ・カスタードという女性の性格なのだろう。


「マイカさん。 一つだけ聞かせてください」


 たぶんこのままマイカと喋り続けてもはぐらかされるだけ。

 であれば、せめても一言だけ聞いておきたい。

 きっとそれが違和感の正体なのだから。


「本当は、こんな優しい性格じゃないですよねマイカさん」


 きっと違和感の正体はマイカの正体についてだ。

 ナナが出会った最初の瞬間。

 そのときナナはかなり警戒心を高めていった。

 セイラについていくと決めた日、セイラから聞かされた選挙の悲惨さ。

 学園生という立場なのに、命を懸けた魔力の戦いというのを行っているということ。

 

 そしてまさにその戦いを主導しているリーダーであるマイカと出会うとなったとき、ナナがマイカに対して恐怖心を抱いていたのは事実。

 だが出会ったときのマイカは、大人の優しさが溢れているような女性だったのだ。

 色々な遊びに連れてってもらい、女子らしいこともたくさん教えてくれた。

 だからこそ思う。

 彼女の本当の性格はこんな優しい人物ではないと。

 だってそうじゃなければ、きっと戦いなどできないのだから。

 部下を戦力として数え、危険な地に送り出す。

 それがリーダーとしての役目であるとナナは考えていた。

 

「……そうだとして、ナナはどうするのかな」


 マイカの言う通り、これをナナが聞いたとしても何が変わるわけでもない。

 でも、今からセイラを助けるということにきっと関わってくる問題でもあるのだ。

 

「ずっと疑問だったんです。 あなたがどういう人で、なんでセイラはあなたに惹かれているのか」

 

 セイラが言葉巧みに操られているとしたら、それは止めないといけないことだ。

 ただ、もしもセイラが心の底からマイカを慕い、マイカを助けたいと思っているのなら。


「でも短い期間でしたが、あなたの人となりがわかった気がします」


「本当に? ナナはあんまり友達いなかったって話だけど」


「友達がいないからこそ、それがわかるんです」


 友達がずっと欲しかったから、友達と遊びたかったから。

 だからこそ、人を見る目が養われた。

 教室の隅で仲良く談笑しているグループを見つめ、自分だったらどういうことを喋るのだろうといった恥ずかしい妄想までしていた。


「だから今できた友達を失いたくない。 そのために、私はあなたを知っておきたかっただけです」


 ナナもセイラを追いかける必要がある。

 彼女は真面目な性格、だからこそ自分のことは顧みずに危険なことを冒してしまう人物なのだ。

 

「私はセイラを助けます。 だからあなたの選挙に関わることはできません」


 マイカならわかってくれているのだろう。

 今からナナがやろうとすることはセイラを止め、選挙から離脱させることにあるのだから。

 そもそも、セイラとユンとナナは戦うための戦力は持っていない。

 選挙に参加したところで、役に立つことはなく退場させられることになるだろう。

 加えてマイカは初めからセイラを選挙に三加させるつもりはない、それはマイカの立ち回り方を見ればわかっていたことだ。


「わかった。 セイラをよろしくね、ナナ」


 マイカの言葉に頷きで返し、ナナは教室を後にした。


* * *


 ナナが一年生だった頃の裏選挙は突然起きた。

 裏選挙が開幕したとき、セイラは行方をくらましていた。

 尊敬しているマイカの前から飛び出し、今はどこにいるかわからない。

 

 裏選挙。

 魔力の戦いが認められた公の戦い。

 これはもう、戦争と言ってもいいものだ。

 一年生になってまだ日が浅いナナたち。

 そんな彼女らが行おうとしていることは、素人が裸一貫で紛争地に乗り込むようなものだ。


 二人は別々の場所でセイラの捜索に当たった。

 だが、ナナの携帯型デバイスにユンからの連絡がなかったということはセイラを見つけられなかったことだろう。


「どこにいるんだろうね、セイラちゃん……」


 裏選挙が始まっているため、そこらへんをうろうろしながらセイラを探すことはリスクが伴う。

 だが、セイラはまだ学園内にいるはず。

 広い敷地である第二王立学園。

 だが、セイラは未だ見つかっていない。

 

「あ、そういえば」


「どうしたの、ナナちゃん」


「セイラがぼそりと言っていたの。 私だけではサーガ陣営を潰すことはできないけど、傷をつけることはできるって」


「う~ん。 その言葉だけじゃ、セイラちゃんがどこにいるかまではわからないねえ」


「でも、やろうとしていることは分かった気がする」


「え?」


 ナナはセイラの状況を整理する。

 最近セイラから聞く話は大抵マイカの話であった。

 マイカがどんな人物で、どんな性格で、どれだけ優しいか。

 それを話すセイラはとても嬉しそうにしていた。

 普段接しているナナやユンに見せることはできない顔。

 きっとマイカの前でしか出していない顔だ。


 だからセイラはマイカの為ならなんでもする。

 どんな手を使っても、どんな手段を用いても。


「ユン、学園をくまなく探そう。 私は屋上から魔力探知で探してみるから!」


「う、うん! わかったよ」


* * *


「お待たせ」


 裏選挙の開催が告げられ、セイラはとある場所に来ていた。

 ここは人が寄り付かない倉庫。

 学園の端の方に建てられており、学園生がここに来ることはめったにない。


「おせえよ」


 切れ長の目に、鋭い眼光。

 背丈も高く細身ながら筋肉がしっかりついているのは制服の上からでも確認できる。

 ラーク・カンサダ。

 一年生ながら既にサーガ陣営の幹部になっており、マイカ陣営内で要注意人物の一人として挙げられている人物だ。


「悪いわね、このタイミングで呼び出して」


「ん? ああ、別に」


 口数が少なく、ぶっきらぼうな顔が特徴のラーク。

 人の感情を機敏に感じ取るのが得意なセイラでさえ、彼の本心を掴めるのは難しい。

 

 だが既に彼はセイラの術中にはまっている。

 

「ねえラークお願いがあるのだけれど」


「なに?」


「サーガの陣営を潰して頂戴」


 セイラとラークは敵同士。

 そんな彼と彼女からこんな会話が生まれること自体がおかしな話。

 だが、セイラは何も心の変化なくその言葉を口にした。

 

「できるわね?」


 セイラが持つ魔力がぶわっと溢れ出す。

 彼女に戦闘系のスキルはない。

 だが彼女のリミットは人を操ることができるもの。

 人を操ることができるなら、それが駒となり武器となる。


 ゆっくりとラークに近づくセイラ。

 そして彼の首に手を回し、ゆっくりと顔を近づける。


「んっ……」


 二人の唇が重なり、セイラの魔力のオーラがラークを包み込んだ。

 リミット、『可愛い子には裏があるハニー・トラップ』。

 意中の相手を自分の意のままに操ることができるリミット。

 唇が離れ、白い糸が両者を結ぶ。


「行きましょ、ラーク」


「……わかった」


 セイラに続いてラークも暗闇に向かって歩き出す。

 この裏選挙で台風の目となり、マイカの勝利に貢献するために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る