第75話「一年前の裏選挙」

「僕はやらないよ」


「え~、そこを何とかお願い! こんなに可愛いマイカ様が頼んでるんだよ?」


「魅力的だとは思うが、残念ながら僕のタイプではない」


「ちぇ~。 ブライト君は横にいるネルちゃんの方が好みか」


「え、私!?」


 ぼわっと顔が真っ赤になった女の子。


 ここは図書室。

 裏選挙が開幕したというのに、二年生のマイカはこの地に一人でやってきていた。

 目的はブライト・ポートフルという二年生の男子をマイカ陣営の助っ人として引き抜くため。

 そのためにマイカは二週間ほど足繫く図書室に通っていたのだ。


 なぜ目の前にいる冴えない、マイカに釣り合うわけがない男なのか。

 その答えは単純に彼の実力にある。

 マイカは部下を使ってサーガに対抗できる生徒を探し続けていた。

 今の戦力では到底サーガと戦うことができない。

 そしてようやく見つかったのがブライトという人物だ。

 同じ学年でありながらマイカはブライトの名前さえも知らなかった。

 サーガに対抗できるという実力を持っているならばマイカの耳にも入ってくるはず。

 だがブライトという男に関しては本当にいたのかという疑問を持ってしまうほど、地味でスター性がない。

 目立ってしまう性格のマイカとは正反対の位置にいる人間。

 まだ半信半疑ではあるマイカだが、裏選挙が始まってしまった現在で背に腹は代えられない。

 だからこの危機的状況になっても、一縷の望みを信じて図書室へと足を運んだのだ。


「じゃあ隣のネルちゃんに聞くわ。 第二がどうなってもいいの?」


「え?」


 マイカは悪戯にその質問を投げる。

 彼女の狙いははじめからブライトではない。

 ブライトと仲良くしている姿を学園で見た時、マイカは標的をブライトからネルに標的を変えたのだ。

 ネルは新聞部員。

 ネルの情報網を使ってネルはどういう性格なのか、どういうことが好きでどのようなことを嫌うのかを徹底的に調べた。


 人当たりが良く、優しい性格。

 人とのコミュニケーションを積極的に取り、嫌われているということも聞かなかった。

 だが一つだけマイカが気になった点がある。

 それは彼女の書く記事が、学園の態勢に対して真っ向から批判をしていく内容ばかりであったのだ。

 第二王立学園は生徒の自由を謳った学園。

 学園運営の権利をかなりの割合で生徒会に委託しているのが現状だ。

 これはマイカが入学してきたときからだ。

 そして一年生ながらサーガ・ビックバンが生徒会長の座に座り、学園がさらに自由となった。

 学園生の大半はサーガが生徒会長になったことに喜びの声を上げていたが、一部の生徒は悲しみの声を漏らした。

 その一部の生徒は魔力を持たない生徒や争いごとを好まない生徒。

 学園が自由になるということは、魔力を持つ生徒たちが暴れてもおかしくはない状況になるということ。

 人が死ぬような大事件は起きていないが、戦闘が苦手な生徒たちからすれば常にそうなるかもしれないという恐怖と隣り合わせで貴重な学園生活を送らなければならないのだ。

 心優しいネルが魔力を持たない生徒たちの肩を持つのもわかる。


「このままだと、第二がめちゃくちゃになるよ?」


 マイカは追い打ちをかけるようにネルの双眸を見つめて言い放った。

 彼女は正義感が強い、その考えは学園新聞に色濃く反映されている。

 またサーガが会長になることを望んではいない。


「……だけど、どうすればいいの?」


「そこのブライトが動けばいい」


 ちらっと視線を隣に移し、ブライトを見やる。


「僕が動いたところでサーガ陣営が負けるとは思えないんだが?」


「サーガは私が何とかするよ。 あなたはそれ以外の雑魚を相手してほしい」


「マイカさん」


「ん?」


 マイカの言葉を聞いた後、俯いていたネルが口を開いた。

 

「本当に、ブライトがいれば勝てるんですか?」


「うん。 私はそう信じている」


「本気かい、ネル」


 驚いた顔を浮かべたブライト。

 どうやらネルの表情を察知し、本気で学園をマイカに託そうとしている思いを汲み取ったのだろう。


「うん。 たぶん何かしなきゃ、この学園は変わらないと思うから」


 ブライトはおそらく学園のことに関心がない。

 実力がある生徒ならば、これ以上心地の良い学園はないだろう。


「お願いブライト、学園を救って!」


 上目遣いでブライトを見たネル。

 はあと溜息をつき、ブライトは手に持っていた本を机に置く。


「駄目だ。 ネルの願いでも聞けない」


「ええ~、ケチ」


「本好き眼鏡」


 マイカの小言に合わせて、ネルもブライトの悪口を言う。

 それに対しブライトは先ほどよりも大きな溜息を出した。


「何でそこまで選挙に出たくないわけ? あなたの性格的に人助けが趣味ってわけじゃなさそうだけど、別に雑魚を片付けるぐらいはしてもいいんじゃない?」


 確かにブライトが学園のために動くとは思えない。

 メリットもないし、助ける義理もない。

 だが別にサーガほどの実力を持っているのならば、友の願いをかなえるためにひと肌脱いでもいいものかと思うマイカ。


「……目立ちたくないんだ」


「え」


「ええ~」


 マイカとネルがあんぐり口を開いてブライトを見た。

 二人からの視線を嫌うように、ブライトは本に視線を落とした。


「別にいいだろ。 僕にとってはそれが学園での至上命題、変に目立つと本を読む時間が減ってしまうからね」


「なーんだ、そんなことか」


「そんなことって、僕にとっては大事なことだ」


「それなら解決できるよ」


 マイカは自身のバックからあらゆる化粧品を取り出した。

 普通の女子学園生が持っている倍ぐらいの量が机に散らばる。


「これで何とかできるでしょ?」


 にこっと笑うマイカ。

 だが、ブライトは怪訝な顔を浮かべるのみだった。


* * *


「一体どこ行ったんだろ、セイラちゃん!」


 学園内を駆ける一人の学園生。

 魔力はあるが、戦ったことはない。

 心優しい彼女が、人に暴力を振るうなど縁もない話だ。


「——おい、お前何をやっている」


「まさか、マイカ陣営か?」


「まだ生き残ってやがったのか」


 ユンの行く手には数人の生徒。

 こんな時間に学園をほっつき歩く生徒でユンが知らない顔ということはサーガ陣営の生徒に違いはなかった。

 一人の男子生徒の手には血痕がついた金属バット

 それだけで彼らがどんな戦闘をしてきて、どうやって戦いに勝ったのがわかってしまう。


「やるしか、ない!」


 ユンは見よう見まねで両腕を上げ、複数人の男と対峙する。

 

「ぷふっ、あはは。 おいおい、どう見ても素人じゃねえか」


「おいこいつ殴って、良い事しようぜ」


「いいね、賛成」


 男たちが醸し出す雰囲気にユンは背筋を凍らせる。

 相手は男。

 体も大きいことはさることながら、魔力量もただの学園生とは一線を画している。

 こういう人間がごろごろいるのがサーガ陣営の特徴とも言える。


 逃げ出したくなる気持ちをこらえるようにぐっと拳を固く握りしめる。

 

「行くぜえ!」


「ひっ!」


 咄嗟に飛び出した男子生徒。

 構えていたはずのユンの体がびくっと震え、少しだけ体が仰け反った。

 ユンの反応を見逃すはずもなく、男子生徒は迷いなく拳を振るう。

 防御することは叶わず、後方へと吹き飛ばされた。


 痛い、という言葉すら出てこない。

 頬骨が折れているのか分からないほど麻痺し、目の焦点が合わない。

 

「っ!」


 遅れて痛みがやってくる。

 これが戦い。

 これこそが戦争。

 こんな場所に飛び込む勇気なんてそもそもなかった。

 でも友達を助けたいという一心で、友達の痛みを分かり合う気持ちだけで選挙という名の戦争に飛び込んでしまった。


「おいおい、もう終わりかよ」


「早くしねえとラークさんに何言われるかわからねえ。 とっととやっちまおうぜ」


 足音が近づく。

 ドタドタとした足音。

 なぜかいつもより敏感にその音を感じる。

 恐怖というものに襲われ、神経が過敏にでもなっているのだろうか。

 

 恐怖という感情からずっと目を背けていた。

 例え選挙での戦いが恐怖そのものだったとしても、友達がいるならと歩いてこれた。

 でも、今ここには誰もいない。

 なんて自分は無力なんだと痛感する。


「は、はは……」


 なぜか笑いが込み上げてきた。

 防衛本能ともいうべきか、何もおかしい事がないのに笑ってしまう。


「キモいなこいつ」


「やめだ、とっとと片付けちまおう」


「さんせーい」


「あは、あははははははっ!」


 突如、ユンから魔力が溢れ出した。

 どうなってもいい。

 そんな覚悟にユンの魔力が答えた結果。


 立ち上がり、笑いながら男三人を見渡した。


「あは」


 突風のように駆け出したユン。

 頭の中に考え事は何ひとつなかった。

 恐怖も友情も今のユンには何もない。

 ただ目の前の敵を倒す、ただその目的を完遂するような無機質なロボットのようだ。


 突然のユンからの圧に先頭に立っていた男がたじろぐ。

 人が変わったように、精神が壊れたかのような人物が防御無視の突撃をしてきたから。


 金属バットを握る手が緩まったのを視認し、ユンは渾身の一撃を振るう。

 身長差がある分、ユンの攻撃はちょうど男のみぞおちに入った。

 魔力の籠った一撃、その魔力は男が纏っていた魔力を優に超していた。


「が、あっ……」


 男が白目をむきながらばたりと倒れ、ころころと金属バットがユンの足元に転がる。

 

「これ、もらうね」


 足元に落ちていた血痕付きの金属バットを拾い、恍惚な表情でそのバットを見るユン。

 笑顔が絶えない彼女に焦る男たちの顔には血管が浮き、怒りにより魔力が増幅していた。


「てめえ!」


「クソが!」


 舐めていたはずの女子生徒が突如膨大な魔力を放出したことにより、連携など関係なく男たちはユンに詰め寄る。

 ほぼ同じタイミングで腕を引き拳を振るった。

 が、ユンは何も焦ることはせずその男たちの攻撃をずっと見ていた。

 

 彼女の目には彼らの攻撃がゆったり見えているのだろうか。

 俗にいうゾーン状態。


 何もできなかったらぼこぼこにされる。

 友達も救えない。

 その閉塞感がユンの魔力を解放し、リミット解除に近い状態へと昇華させた。


「あは、あははははははっ!」


 ぶぅん!


 ユンが横に振った金属バット。

 その軌道は漏れなく男二人の顔面にぶち当たり、ぐちゃりと音を立てる。

 男たちの口から噴き出た血。


「あは」


 その返り血を浴びてユンは再びうっとりとした気持ちに浸る。


「あら、騒ぎ過ぎたかな?」


 既に気が付いていたが、ユンは目の前の敵に集中していたためあえて自分の頭から外していたこと。

 夜の学園の小さな通り道。

 そこで起きた戦闘音に駆けつけ、数十人のサーガ陣営がユンを囲んでいた。


「あはっ!」


 迷うことなく、集団に進むことを選んだユン・ホイップ。

 戦闘狂と化した彼女は、戦いが終わるまで止まらない。

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