第76話「第二の実力者」

「何かしら」


 足並みをそろえて学園の夜道を歩く、一年生のセイラとラーク。

 その目線の先にはサーガ陣営の集団が見えた。

 すでに戦闘は終わった模様。

 だが、集団の多くは膝をつき何人かは地面に伏せている者もいる。


「戦闘が起こった後?」


「……さあな」


「頼むわよラーク。 マイカ陣営の私があんなところに行ったら何をされるか」


「心配すんな、あいつらもう戦えねえよ」


 セイラが目を凝らして見てみると、すでに彼らから魔力を感じていなかった。

 あの集団を相手に戦えるほどの人物がマイカ陣営にいただろうか。


「あ、何であの子が……」


 集団の隙間から見えた、一人の女子の姿。

 すでに女子は仰向けになって倒れている。

 彼女の制服は赤色に染まっているかのようになっており、夜でもわかる美しい白い肌には似つかわしくない血の斑点模様が付着していた。

 

「ユン!」


 戦闘意欲のない集団をかき分け、彼女の体を抱きかかる。

 近い距離で見てみると彼女の腕や顔にはいくつもの痛々しい傷があった。


「どうして、ユン!」


「ナナ、ちゃん……」


 絞り出したかのようなか細い声がセイラの耳に届く。

 彼女は戦いが好きな性格ではない。

 いつもセイラの傍で笑ってくれる心優しい人間なのだから。

 

 自分が選挙に行くと言ってしまったからか。

 ユンとナナは一人にさせまいとこの危険な戦争に足を踏み入れてさせてしまった。

 

「ユン、しっかりしなさい! ユン!」


 セイラは必死に叫ぶが、ユンの目は徐々に光を失っている。

 ここにいるサーガ陣営の集団を一人でやっつけたとは考えにくいが、状況から察するにユンがここにいる数十人をひとりで相手取ったのだろう。


「ごめんね、セイラちゃん……」


 なぜ謝るのか。

 謝らないといけないのは自分の方なのにとセイラはユンを抱きしめる手に力が入ってしまう。


「おい、こんなところで何してるんだラーク」


 こつこつと音を立てて歩いてきたのは、同じ一年生の生徒。

 いつもラークと行動を共にするレオという男子生徒だ。


「あ? こいつらにやられたのか?」


 眉毛を吊り上げてこちらを見つめてくるレオ。

 本来ならばその男に対して焦る必要があるセイラだった。

 だが、今はレオの登場よりも抱きかかえるユンの心配なのだ。

 ユンがこの状況であれば、ナナにも似たようなことが起きてもおかしくはない。

 一刻も早くナナの元へ駆けつけなければ大変なことになる予感がしていた。

 おそらくユンは魔力の覚醒によるものだ。

 マイカ曰く、ユンが生来持ち合わせている魔力の質は第二王立学園でも群を抜いているらしい。

 もっと早くフラッグ・ゲームを始めていればWFGワールド・フラッグ・ゲームにも出場できるかもしれないとも言っていた。

 だがナナは違う。

 彼女の射撃能力は高いが、戦闘となれば話別だ。

 ナナを上手に使える者がいればフラッグ・ゲームでも上位に入れるかもしれない、という話であったがそもそもそんな人物であれば他の実力者とパーティを組んでいるのだろう。


 焦る気持ちを押さえ、セイラはゆっくりと息を吐く。

 そして、命じる。

 

「ラーク、その男を倒しなさい」


「……わかった」


 セイラはユンをそっと地面に置き、立ち上がってラークの横に並ぶ。

 ラークを使うことができれば、そこらへんを徘徊するサーガ陣営の生徒ならば蹴散らすことができる。


「もういいだろ、ラーク。 いつまでそれ続けるんだ?」


「今から」


 瞬間、セイラの視界がぐるりと回った。

 遅れて頬に鈍い痛みを感じる。


「何をしているの、ラーク!」


 殴られたことを確認し、隣に立つラークを睨みつける。


「俺がお前に惚れるわけねえだろ。 今まで散々俺の部下を痛い目に遭わせてくれたみたいだな」


 全て嘘だったということ。

 ラークを操ったと錯覚し、彼を手中に収めていると思い込み、マイカに啖呵を切って飛び出してしまった。


 全て、自分のせいだ。

 自分が選挙を手伝うと言わなければ。

 自分でもマイカの助けになると思わなければ。

 自分の力を過信しなければ。

 ユンも、ナナも、自分もこんな風にならなかったのではないか。


「あ、ああああああああ!」


「じゃあなセイラ。 今まで俺に情報を与えてくれてありがとよ」


 悍ましい魔力が纏わりついたラークの右腕。

 セイラの思考は既に停止していた。

 自責の念に駆られ、頭が真っ白になる。

 

「——やめておくんだ」


「ん?」


 割って入ってきたのは、一人の男子生徒だった。

 ネクタイは二年生のもの。

 どこから来たのか、なぜここにいるのか。

 セイラの止まった思考回路では判断もできない。

 だが、彼がラークの拳を握っているのはわかる。

 助けられた、ということだろうか。


「誰だ、お前」


「そうだ、名前が必要だね。 サッチ、サッチ・カートリッジって言っておこうか」


「おらあ!」


 その男の登場に対して、真っ先に動いていたのはラークの側近であるレオ・ウィンストン。

 彼もまた一年生でありながら、ラークとともに実力を評される男。

 サッチの登場に動揺することなく、この混乱した状況でも敵を敵と認識して攻撃を仕掛けていた。


「『ブック・マーク』、スタート」


 レオの重そうな一撃に対して、ちらっと目線を移しただけで華麗に打撃を避けた。

 流れるようにサッチはレオの腹部に向かって膝を入れた。


「っ、がはっ!」


 レオの口から胃液が漏れ、地面に膝をつく。

 拳を握られ続けられるラークも黙っているわけではなく、自由に動かせる逆の手を乱暴にサッチに当てに行く。


「『ブック・マーク』、リスタート」

 

「っ!」


 ラークはその場に膝をつく。

 まるで先ほどレオで見た光景だ。


 サッチは動いていない。

 サッチから放たれた魔力により、ラークはダメージを受けたのだ。 


「危ないね」


 下からサッチを睨みつけるラーク。

 歯をくいしばり、普段表情を滅多に表に出さないラークが怒りを滲ませている。

 

 横から見る、ラークとサッチの戦いはセイラの目から見てもレベルの高い戦いであった。

 過去一度だけ見たことのある第一と第二で行われた練習試合の映像。

 そこに映っていたマイカと第一王立学園『氷の女帝アイス・エンペラー』との一戦。

 そんな彼女らのハイレベルな戦いと何ら遜色はない攻防にセイラは目を奪われていた。

 

 しかし、この戦いはセイラが映像で見た時よりも一方的な戦いだ。

 サッチ・カートリッジの圧勝。

 先ほどから何とか喰らいついているラークだが、サッチは手に取るようにラークの動きを避け適切に急所に攻撃を入れている。

 戦いが長引けば長引くほど、ラークへのダメージは蓄積されていく。

 

「もうやめた方がいいよ、そろそろ君の身が持たなくなる。 残念ながら僕は戦闘では手が抜けなくてね、それに君に手を抜いたら何をされるかたまったもんじゃない」


 戦闘能力はサッチの方が上。

 結果は明白、誰が見てもサッチの方が強いと言うだろう。

 しかし、ラークの目は全く諦めてはいない。

 どこか、何かを期待しているかのように、何か起これと願っているばかりのように。


「じゃあ、もう会うことはないだろうけど。 さようなら、期待の一年生」


 サッチの拳に魔力が集まる。

 見上げるラークに防御用の魔力は残されていない。

 

 これで決まってくれる、決まってくれなきゃ困るとセイラは思っていた。

 でも、どうしてか変な予感がしている。

 確かにセイラの短絡的な行動で、ユンを巻き込んでしまった。

 ラークを味方にしたという錯覚をしていたせいで、自分とユンを危険な状況へと進めてしまった。

 だがサッチという男が来て、あれよあれよという間にラークは追い詰められている。

 上手くいっているのはいい事、しかし上手くいきすぎてしまうことは逆に不安心を煽ってしまうものだ。


「危ないっ!」


 セイラは叫んでいた。

 彼女の目に飛び込んで来た屋上での光。

 あれはまさしく、ここにいる誰かを狙っている。

 

「え?」


「はっ、そのままくたばれ」


 ラークが軽く笑ったとき、サッチの左肩から血が溢れていた。

 咄嗟の判断で急所を避けたものの、地面に滴る血を見ればサッチにダメージが入っていることはわかる。


「これは、少し不味いかな……」

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強すぎるスキルを持っているので縛りプレイをしながら楽しいことを見つけたいと思います~大富豪の息子は五人のメイドに囲まれながら超余裕な人生を嗜む~ 松浦 @soshi

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