第14話「元七星」

 屋上で風を感じている、ロイとヤスケ。

 ロイはローズに作ってもらった特製のサンドイッチを、ヤスケは売店で買ったカツサンドを頬張りながら屋上でのんびりと昼休みを過ごしていた。


「んで、ヤスケ。 見つかったか?」


「おいおい、簡単に言うなよ。 お前の条件に合う人物で、パーティを組んでいない人物なんか早々見つかるもんじゃないぜ」


 ロイはヤスケの情報収集能力を買い、ロイが求めるパーティの条件に合うかつパーティを組んでいない人物を探すように頼んでいた。

 ロイが求めるロールそれぞれの条件とは、

 ・ どんなことがあっても、一人でフラッグを守り抜けるガードナー

 ・ ここぞというときに、確実に一人を落とせるスナイプ

 ・ 一対一なら、絶対に負けないアタッカー

 ・ 常に周りが見えている、サポーター

 ・ 敵に気づかれることはなく、情報を取ってくるアサシン

 アサシンはヤスケ、アタッカーに関してはアンを仲間にする予定なのでそれ以外の人物の捜索を依頼していた。

 アンの勧誘に関しては難航を極めているのだが。

 

 提示した条件にヤスケが困り顔を浮かべたのはロイの記憶にも新しい。

 正直、ロイの中でもこの条件に合う奴なんかいるもんかと思っていたことは確か。

 それでも一年でフラッグ・ゲームの頂点に立つという目標を立てた以上、パーティメンバーに関して妥協は許されない。

 ヤスケの情報収集能力を信じてロイは頼んだのだ。


「俺の中で第一王立学園にはその条件を満たしている人物は一人しかいないぜ」


「お、なんだ仕事が早いじゃないか。 で、誰なんだ?」 


 食い入るようにヤスケに尋ねたロイ。

 ロイの条件に当てはまったとなれば、今すぐにでも見に行きたい気分となっている。


「その人は元七星しちせいで、元ガードナー・ランキング一位のやつだ」


 ヤスケが指をパチンと鳴らし、ドヤ顔でロイを見る。

 それを見たロイも思わず「お~」という声を上げながら、拍手を送る。


「七星?」


 ヤスケの言葉を脳までしっかりと届かせたことで、ロイの頭には?マークがたくさん浮かんだ。


(七つの星?)


 ロイの頭には七つの星もキラキラと輝く。

 

「七星を知らないのか!?」


 ヤスケは驚いた表情を浮かべた後、ロイにきちんと説明をした。


 七星とは第一王立学園の総合順位オーバーロールが上から数えて七人目までの人物のことを生徒たちの間でそう呼ばれている。

 学園内でもファンが多く、近づくことさえもためらわれる存在。

 もちろん人気以外に実力でも他を寄せ付けることはなかった。

 ここ一年、七位だったものが八位に下がることもなく七人だけで一位を争うそういう構造がすでに第一王立学園では出来上がっている。

 それだけこの七人は他の学園生と一線を画しているということにもなる。

 実力だけならすぐにでもプロになれると言われている圧倒的な七人だ。

 

 ロイにとって現在の七星は興味の対象ではある。

 しかしそれだけの実力を持っているならば既にパーティメンバーは決まっているだろうし、もしパーティメンバーが決まっていなかったとしてもたかが新入生であるロイの誘いを受け入れるとも思えない。


 ヤスケが探してきてくれた人物は元であっても七星となれば、実績は十分。

 学園の中一番強い七人のうちにヤスケが見つけてきてくれた人物が入っていたという事実はロイの評価で加点対象にもなり、基本的な動きはできるということもわかる。

 今は人を選り好みしている場合ではない。

 自分の条件に重なった人物がいれば、自分の目で確かめるのがロイの行動方針だ。


「でそいつはどこに?」


「基本は武器製造室に籠ってる、ただ……」


「よし、わかった」


 そしてロイはすぐに立ち上がり、武器製造室へと向かった。

 

「おい、まだ俺の話の途中だぞ~!」


 ヤスケの声はロイに届くことはなかった。

 扉がガチャリと勢いよく開き、ロイの姿はすぐに消えていく。

 

* * *


「こんにち~、は!」

 

 武器製造室の扉をガシャンと勢いよく開け、元気よく登場したのはロイ。

 そして武器製造室に入ったとき真っ先に映った背中は、歴戦の戦いを勝ってきたような威圧感をはらんだごつごつとした背中。

 毎日トレーニングを積んでいてやっと辿り着くことのできる肉体だろう。

 

「誰だ」


 低い声音を発した男性はロイのほうを振り返ることはなく自分の作業に集中していた。

 

「俺はロイ・アルフレッド、一年」


「俺に何の用だ、武器製造室はまだ俺の時間のはずだが」


 やっと振り向いた男性。

 溶接用の手持面を取り、顔を見せる。

 ロイの身長を二倍にし、ロイの体躯よりも三倍近いほど分厚い筋肉。

 顔は険しく、厳つい。

 子供や猫がこの男に睨まれてでもしたら、一瞬で逃げてしまうほどの鋭い目つきだ。

 オーガ・アブソリュート。

 元七星、そして元ガードナー・ランキング一位の男。


「あんたをパーティに誘いに来た、俺のパーティに入ってくれ」


「断る」


 ロイを一瞬睨みつけ、手持ち面をはめ再び自分の作業に戻ったオーガ。


「え、なんで!? 金か? 金ならある程度は出せるけど……」


「帰れ、作業の邪魔だ」


 それ以降、ロイがいくら問いかけてもオーガが振り返ることはなかった。

 仕方なく、武器製造室を出てきたロイ。


 武器製造室を出た瞬間通信用のデバイスを取り出し、ヤスケに連絡をする。

 

「ヤスケ、一つ聞きたいことがある……」


 ヤスケとの通信が終わり、ロイは武器製造室を眺めた。


「楽しくなりそうだ」


 ニヤッと笑った少年の顔は、いたずらをする前の顔となっている。


* * *


 オーガの朝は早かった。

 誰よりも早く武器製造室の予約をし、朝から武器の製造に注力する。

 オーガは三年生。

 元七星だけの栄光では就職先は決まらない。

 武器の製造で実績を上げないと将来はないという危機感か、オーガはここ最近ずっと武器製造室に籠って武器開発を続けているのだ。


「ん、なんだこれは」


 武器製造室に着いた瞬間、一枚の手紙を見つけた。

 その表紙には、「果たし状」という文字。

 明らかに怪しい手紙だ。


 オーガはその手紙を恐る恐る手に取り、中身を開ける。


 その手紙には

 「オーガ先輩へ

  どうも、ロイ・アルフレッドです。

  オーガ先輩があまりにも話を聞いてくれないため、こうして果たし状を送りました。

  屋上で俺と戦ってください。

  もし、屋上に来ないようならオーガ先輩が未だにシルフィ先輩のこと好きってこと言っちゃうよ~」

 と書かれていた。


「あのチビ…!」


 オーガは怒りをぶつけるように、扉を開いた。


* * *


「お、来たなオーガ先輩」


 屋上で待機していたのは、ロイ。

 そして屋上に入ってきたのは、オーガ。

 まるで今から決戦でも行われるかのような風が屋上で巻き起こっている。


「お前は何がしたいんだ?」


 オーガがロイに見せたのは、一枚の手紙。

 果たし状、と書かれた手紙。

 手紙を持つ手に怒りが伝わっているようだ。


「オーガ先輩をパーティに入れたい」


 ロイはあっけらかんとして、オーガを見つめている。


「俺はパーティに入らないと言ったはずだが?」


「そんなの関係ない。 どんな方法を使ってもあんたを仲間にする」 


「そうか、お前のようなガキは一度締めておく必要がある」


「へえ、できるならやってみてよ」


 突然、オーガは魔力を纏いロイにタックルを仕掛けてきた。

 まるで猛スピードで突っ込んでくる大型トラック。

 速度も速く、威力も相当なものに感じる。

 当たっただけで体がなくなりそうな勢いであることは間違いない。


 しかし、そのトラックに近いオーガの魔力を見てもロイが怯むことはなかった。

 跳び箱の要領でぴょいっとオーガを飛び越え、二人の位置が入れ替わる。


「さすが元七星。 魔力の質が明らかに他の生徒とは違う、でも今フラッグ・ゲームをやってないから身体的な能力は下がっているな」


「俺の何を知っている!」


 オーガは自身の拳をぶつけようとする。

 ロイは寸でのところで避け、裏拳でオーガの腹に拳を入れた。


「…なんだそのへなちょこなパンチは」


「タフだね」


 フッと笑ったロイの顔にオーガの貼り手がぶつかる。

 その勢いのままロイは後方へと移動させられてしまった。

 軽く叩いただけに見えたがロイの中に響き渡るダメージは相当なもの。

 口の中が切れ血をぺっと地面に吐いたロイ。


「一年のくせに、意外に動けるな」


「へへっ。 オーガ先輩もフラッグ・ゲームから離れたはずなのにトレーニングは積んでるみたいだね」


 オーガの眉が少しだけ上に上がる。

 

「なぜお前が俺の過去を知っている」


「俺の友達に情報通のやつがいてね、過去に何があったか全部知ってんだ」


「……」


 過去。

 その言葉にオーガはついに口を挟まなくなってしまった。


「それにしてもオーガ先輩、たかが負けたぐらいでだらしないね。 そんな人はシルフィ先輩に振られてもおかしくはない」


 ロイは笑った。

 すでに怒っているオーガの心に再び火を焚きつけるように。


「……その減らず口、叩きのめす」


 突如、オーガの魔力が増幅した。

 つまり先ほどまでの戦いは本気ではなかったということ。

 オーガなりにも加減をしていたようだ。

 

 魔力を全身に纏わせたオーガ。

 ロイの肌にもその強さが伝わる。

 魔力量は生まれ持った才能。

 それに加え、恵まれた体格。

 改めてロイはオーガを仲間にしたいという気持ちが芽生えてしまう。


「さあ、ここで俺をぼこぼこにしないと変な噂が一年生の耳にも入っちゃうよ~?」


「黙れ」


 魔力を纏ったオーガはロイに突撃する。

 まるで重機が突っ込んでくるような感覚をロイは覚えていたが、そんな感覚を抱いてもロイは躱すことをしない。

 肘を伸ばして両手を前に突き出し、腕に魔力を溜める。

 正面からオーガの攻撃を受け止めるつもりのようだだ。


 いくらフラッグ・ゲームのような実戦から遠ざかっていたとは言え、オーガの魔力は凄まじい。

 それにロールがガードナーであるはずなのに、アタッカーになれるほどの攻撃力を持つオーガにロイは舌を巻いていた。

 

「ますます欲しいな」


 ロイが笑った瞬間、オーガの攻撃がロイに激突する。

 爆発のような衝撃が屋上に漂う空気を揺らした。

 


「もう俺に近づくな」


 ロイの体は、屋上の扉の横にある壁に激突した。

 アスファルトの粉塵がロイの頭に降り注ぎ、ロイは下を向いている。

 まるで遊ばれなくなった人形のような状態になった彼はピクリとも動かなかった。

 その姿を横目で見たオーガはその隣にある扉を開き屋上を出ていく。


 靡く風がロイの髪をさらさらと揺らし、白いアスファルトの破片が左から右に向かって流れていく。


 ロイの心に悲しみもなければ悔しさもない。

 あるのはオーガの実力が予想以上だったことによる期待心のみだ。


「……ぷっ、あはははは! この学園に来たのは正解だったかもしれねえよ、じいちゃん!」


 オーガが出ていったのを横目で確認していたロイは腹を抱えて高笑いをした。


 ロイは魔力を足に溜めていなかった。

 いわば滑り止めがない状態でオーガの攻撃を受け止めていたのだ。

 ロイの技量があれば、足に魔力を注いで滑り止めにすることも容易なこと。

 

 しかし、ロイはそれをしなかった。

 オーガの実力をできるだけ肌で感じたかったから。


「ロイ様、お怪我は?」


 扉から姿を現したのは、ローズ。

 表情が乏しい彼女。

 言葉とは裏腹にとてもロイを心配しているようには見えない。

 

「あるわけねえよ」


 ロイの表情は未だに笑みが消えていない。


「……失礼いたしました」


 ローズが差し出した手を握り、ぴょんと跳ね起きたロイ。

 ぼろぼろになったロイからは想像できないほど軽快に体を動かす。


「ローズ、楽しくなってきた!」


「それは何よりです」

 

 満面の笑みを浮かべたロイに、少しだけ口角を下げたローズ。


 やっと学園に来た意味ができたと、ロイは心で高笑いを浮かべながら将来への期待を膨らませていたのだ。

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