第13話「勝つ為に」
「キモ」
カーラの言葉などモミジのロイ一色に染まった耳には届かなかった。
モミジは笑いながら、制服の裾に小型の爆弾を取り付けていった。
その数は五つ。
モミジが持ち込んだ三つと、ロイからもらっていた二つ。
トラップ・グループ、『
腕に着けられた爆弾はピコピコと不協和音のように鳴り響く。
もうフラッグ・ゲームが始まったときから爆弾のタイマーはスタートを切っていたのだ。
トラップ・グループということもあり、本来はどこかに設置して使うはずの武器。
そうであるはずなのに、新入生である彼女は爆弾を腕に巻き付けている。
その光景にBクラスの生徒は奇異の目でモミジを見つめ、言葉も出せない様子だ。
命の危険を伴うほどの自爆。
たかが模擬戦で、たかがミニゲームでやる芸当ではないことは間違いない。
「あは、あははは! 私は、私は今自分で歩いてるんだ!」
モミジの顔は晴れやかだった。
悩みが全て吹っ切れたように、晴れやかだった。
「私の勝ちです、私たちのパーティの勝ちです。 あ、違いますね、ロイ君の勝ちです」
「狂ってるわね。 あんたも、ロイ・アルフレッドも」
カーラはモミジの単独犯でないことはわかっているだろう。
だからこの作戦を指示した人物、指示された人物を「狂ってる」と表現したのだ。
味方を犠牲にして、フラッグ・ゲームに勝ちに来ている。
たかが練習試合、たかが模擬戦。
公式戦でもなければ、成績にも全く影響しない。
この自爆は間違いなくモミジに怪我を与える。
それもかすり傷程度では済まされない。
公式戦であれば審判員となる先生を設ける必要はあるが、今回は演習のため事前の申請さえしておけば審判を設けずとも試合はできる。
だからこの場でモミジの行動を咎められるものは一人もいない。
「いいえ、狂ってなどいません。 狂った人生を歩くことが私の、私の人生の目標だから!」
モミジが笑った瞬間、オーロラまでも破壊する勢いで爆発が起こった。
ズドーン!という音とともに黒煙が立ち上り、まるで大気圏にも届くかの如く上がっていく。
同時にシャボンも続々と浮いてきた。
その数は五つ。
中には顔中黒ずみのモミジの姿もあった。
そのシャボンが過ぎ去る中、地上の影がゆったりと上に伸びるようにして人の形になった。
黒い影は徐々に色が付き、人に変わっていく。
「お前の性格が少しわかった気がするよ、ロイ」
ヤスケは近くにあったフラッグを奪取し、影の中に姿を消した。
* * *
ミニゲームは三体〇でロイパーティの勝利。
ただ、ミニゲームの負傷者であるモミジはすぐに近くの病院へと運ばれた。
幸いにも重傷にはならず、命に別状はないとのことだ。
アキハはモミジが心配になり、一緒に病院へと付いていった。
控室に残ったのはロイ、ヤスケ、アン。
三人は帰り支度を済ませているところだった。
「アン、良い戦いだったな。 ところで、よければこれからも俺のパーティで戦ってくれないか?」
一言も会話を交わすこともなかったが、急に明るい口調でロイが話し始めた。
ヤスケは帰り支度をしたまま、その言葉に耳を傾けている。
「お断りします」
「え!? どうしてだよ」
本気で驚いた顔をするロイ。
ただ、アンはその表情を見て溜息を洩らしながらロイを睨みつけていた。
「あの作戦はあなたの指示ですか?」
眉間にしわを寄せ、怒気の籠った眼力でロイを睨みつけた。
ロイはその怒りを察知することはできたが、なぜ怒っているのかまでの原因までは掴めていない。
「ああ、ただちゃんとモミジにも許可は取ってるぜ!」
にかっと笑って親指を立てるロイ。
とりあえず笑って誤魔化してはいるが、なぜアンがここまで腹が立てているのかは皆目見当がついていない様子。
「私はあなたのやり方に賛成できない」
「勝ったのにか?」
「あのやり方は間違っている。 あなたの実力と知性があればあんなことをしなくてもBクラスに勝てたはずよ!」
アンは控室に備え付けられた机をバンっと叩いた。
普段大人しい彼女が珍しく声を荒げる。
背中越しに大人しく会話を聞いていたヤスケはぶるっと体を震わせ、ゆっくりと後ろを振り返った。
それだけあのモミジの行動には納得できていないのだ。
止められなかった責任を彼女自身も感じているのかもしれない。
「その通りだな」
「だったらどうして……!」
「俺の目的は一年でフラッグ・ゲームの頂点に立つこと、そのために必要なことをやった。 おかげでアンの実力、ヤスケの隠密力を見ることができた」
アンの怒りは収まっていないように、眉間に集まる皴はより一層厚みを増していた。
その表情に目をそらすことはなく、ロイは言葉を続ける。
「勝つことのどこが悪いんだ? 俺は俺の目的を果たすためにやったことだ、確かにモミジを怪我させたのは悪いと思うがそれは事前に許可を取っているし、できるだけ怪我をしないように最大限注意を払った。 それともアンは目的を果たすためにわざと遠回りでもするのか?」
あざ笑うようにして、アンと目を合わせたロイ。
「……あなたとはお話になりません。 私はこれで」
荷物を持って、控室を飛び出していったアン。
その背中を、ロイはクエスチョンマークを貼ったような顔で見つめていた。
「本当にこれが正解なのか?」
残ったヤスケが諭すようにロイに語り掛けた。
「正解なんてフラッグ・ゲームには存在しない。 勝てば官軍負ければ賊軍、俺はそう思っている」
「でも別にあんなことをしなくても勝てたんだろ?」
ロイは少し考えこんだ。
ヤスケの言う通り、ロイの実力があれば連携の取れていないBクラスの連中を軽くあしらえたこともまた事実。
ロイがこのフラッグ・ゲームを快諾した理由は、アンとヤスケの適性を見るためだ。
パーティ候補となる二人の実力をより鮮明にするように、クラスの下から数えてモミジやアキハをパーティに加えたのだ。
モミジに爆弾を取り付けた理由は、どうやったら確実に勝てるかを真剣に考えた結果であった。
第一ラウンド、第二ラウンドですでにアンとヤスケの実力はわかった。
だから第三ラウンドは、ロイがフラッグ・ゲームを勝ちにいくために行ったことである。
Bクラス連中のスキルが全てわからない以上、ロイであっても確実に勝てるかはわからない。
「たぶん勝てる」から、「確実に勝つ」為にロイは最後の作戦をフラッグ・ゲームが始まる前から企てていたのだ。
誰にも予想がつかないであろう自爆という作戦。
だから、一番最初に警戒から外されるモミジに実行役を担わせたのだ。
第三ラウンド、ロイ個人の作戦はカーラの魔力を削る事だった。
それさえできてしまえば、モミジを止められる人物はあの場にいなくなる。
なぜロイがここまで勝ちに拘るのか。
それはブレンとの盤上で繰り広げられたフラッグ・ゲームが大きな要因となっていた。
突飛な作戦を考えなければブレンには勝てなかったから。
戦う前に下剤を飲ませたり、罠を仕掛けてブレンを縛ったり。
結局全てブレンには見透かされてしまい、仕掛けられることは叶わなかったのだが。
けれど、どんな手を使ってでも勝つというロイの信念を培われたのもまた事実。
「知ってもらいたかったんだよ、俺のやり方を」
ロイは勝つ為なら手段を選ばない。
選んで勝てるほど、フラッグ・ゲームは、王立学園は甘くないのも知っている。
ルールの上でどんな手を使っても勝つ、その覚悟を持ってミニゲームに臨んだ。
GLの言う事が聞けなければ、パーティとしては崩壊してしまう。
それを確かめたかったという考えごとあの作戦には込められていた。
「ヤスケはどうする?」
ロイは真剣な表情でヤスケの顔を覗いた。
ある意味、ロイ思いついた作戦は賭けに近い。
これからフラッグ・ゲームを戦っていくメンバー。
GLの作戦にちょっとでも反対するようなことがあれば、ロイは仕方なく別の人物を探す予定だった。
そうしなければ、ロイの目的は絶対に果たせないのだから。
「う~ん、モミジちゃんに傷を負わせたのは良くないと思うが、どんな手を使ってでも勝ちにいくっていう考え方には基本賛成だな。 それにお前を一人にしておくともっと危ないことをしそうだ」
へへっと笑ったヤスケ。
おそらく、普通の考えを持っている人であればロイの作戦には頷けない。
アンもそのうちの一人ということだ。
パーティに入ってくれたのはヤスケなりの優しさなのだろうと、ロイは納得する。
「助かった、お前までいなくなると困る」
「へへ、危ない橋を渡ろうとするダチを一人にはしねえよ」
ロイの目に、今笑っているヤスケはイケメンに映る。
普通にしていればいいのに、とつくづくロイは思う。
「あ、そうだヤスケ。 こんなことの後だが、情報通のお前に頼み事がある」
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