第12話「幸せってなに?」

 BクラスのGLはカーラ。

 一ラウンド目の作戦はロイ・アルフレッドの実力とアン・スカーレットの実力を測ることだった。

 アンが入試ランキング一位の実力者というのは周知の事実であり、カーラが最も警戒していた人物でもある。

 しかし、入学式のイベントによってカーラの中にある警戒人物の優先順位が大きく変わった。

 たった一人で学園の最高戦力と戦い、終いには学園長までイベントに引きずり出した人物。

 ロイ・アルフレッド。

 彼のことを調べた結果、大富豪アルフレッド家の子息でありながらレイド学長の孫という事実まで出てきた。


 だからカーラはロイにフラッグ・ゲームをしようと伝えたのだ。

 同級生で警戒するべき人物を見つけ、学園生活を有利に進めることこそ彼女の目的。

 だが、一ラウンド目大差で敗北をした。

 その事実がカーラの闘争心に火をつける。

 ここでAクラスの連中を潰す、その野望が今彼女の心の火種だ。


「ケイト、とにかくアンさんを止めるわよ」


「承知」


 第二ラウンド、Bクラスは守り側。

 フラッグ周辺は他の生徒に任せて、ケイトとカーラでアンを倒しに行く作戦だ。

 

 

 しかし、その作戦は叶わなかった。

 カーラとケイトでアンを倒す、その作戦を決行。

 しかし、遠くから無造作に放たれる魔力弾がカーラたちの攻撃を邪魔していた。

 魔力弾を放ってきていたのは二人。

 そのうちの一人はそこそこの精度で攻撃していたが、もう一人はアンをも巻き込む勢いで魔力弾を放っていた。

 おそらくそれほどの魔力量を持っているのは、アンを除けばたった一人ロイ・アルフレッドだけである。

 味方をも巻き込む魔力弾の射出。

 一見無策な戦術に見えるが、そのせいでアンへの攻撃が困難なものになってしまった。


 アンへの攻撃に手こずっているうちにいつの間にかフラッグ周辺に奇襲が入る。

 GLであるカーラが現場にいないことで、Bクラスのメンバーの統率がとれていなかったのだ。

 グレネード・グループに分類される手りゅう弾を投げられ、ポケットを守る人物が退避。

 その隙にヤスケ・ガーファンによってフラッグを奪われてしまったのだ。



「さあ、どうしましょうかね」

 

 控室で顎に手をやり、考え込むカーラ。


「俺が一人でスカーレットを止める。 カーラは他の奴らと一緒になってフラッグを奪いに行ってくれ」


「いける?」


「愚門だ、ここまでコテンパンにやられたのは久しぶりだからな」


 珍しく、やる気になったケイトにカーラは期待感を持つ。

 実力だけで言ったら、アン・スカーレットと肩を並べられるほどの実力者。

 入試ランキングは総合順位オーバーロールと一緒の仕組みであり、魔力の実技以外に学業も大きな加点対象となる。

 ケイト本当に勉強ができない。

 幼馴染であるカーラが付きっきりで勉強を教えたところで、彼の成績は上がらずせいぜい現状維持が限界だった。

 しかし、彼には魔力の才があった。

 だからこそ、第一王立学園への推薦を得られたのだ。

 

「頼むわよケイト」


 ケイトの背中を叩き、カーラも戦場へと赴いた。


* * *


「モミジ、ちょっといいか」


「え?」


 攻め側のロイパーティは第三ラウンド開始前、指定の位置についていた。

 第三ラウンド、ロイパーティの配置は前線にヤスケとロイ、それにモミジを配置した攻撃的布陣。

 ロイは近くにモミジがいるにも関わらず、モミジにだけ伝わるように設定しイヤホン越しで作戦を伝える。


「でも、私にできるか心配だよ」


 不安そうで、ギリギリ音声が乗るぐらいの声音。


「モミジにしかできない、やってくれるか?」


 ロイの言葉は重みがあった。

 ロイを陶酔しているモミジ。

 だから彼の突飛な作戦に頷けるのだ。


「え、うんわかった。 ロイ君が言う事だから間違いないね。 それに、私にしかできないことだもんね、頑張るよ」


「頼んだぜ。 それとこれ」


 ロイは来ていたブレザーを脱いで、モミジに渡す。

 

「これは?」


「う~ん、なんていうか俺からのお守りだ」


「え、うん! ありがとう!」


 ロイからのプレゼントにご満悦なモミジ。

 伝えられた突飛な作戦に反抗することも渡されてブレザーに疑問を持つことも一切なく、モミジはスタート位置へと駆け出した。


「ごめんな、モミジ。 俺はこういうやり方しかできないんだ」


 誰もいない場所でぽつりと呟いたロイ。

 彼はこの感情を不思議な現象と捉えていた。

 人に興味がないことは知っていた、人に特別な感情を抱いたことはなかった。

 つい最近知り合ったモミジにロイが抱く感情を、ロイ自身は理解できていない。

 でも、勝つ為に選んだ作戦はフラッグ・ゲームが始まる前から立案していたもの。

 その責任を自分で負わないことに、ロイも少なからず申し訳なさを覚えているだ。


 そして、第三ラウンド開始のサイレンが鳴った。

 ロイとヤスケ、モミジの目の前にはケイトを除いた四人の敵。

 フラッグを全員で取りに来ている陣形のようだ。

 

「どうするGLさん」


 隣にいるロイの顔を見ることなくヤスケが尋ねる。

 緊張感が溢れるこの場で、ロイの顔を見ている暇もないのだろう。


「突撃」


 ロイは迷う事なく、そう告げた。

 そしてロイにが駆け出す。


「……あいよ」


 ヤスケはロイの言葉に躊躇うことはなくロイの背中を追い、迷わずに敵陣へと突っ込んだ。

 モミジはイヤホンに手でしっかりと固定しながら、ロイとヤスケに続いた。

 ヤスケとモミジは周辺を迂回するように左右に曲がり、ロイは敵へと直線的に詰めていく。


「さすがにそれは甘いんじゃないの、ロイ君」


 『ピュア・ベール』。

 ロイが詰めたとき、空に虹色のカーテンが浮かび上がる。

 ロイはそのスキルに迷うことはなく走り続けた。

 

 カーラ以外の三人はガン・グループ、『機関銃アサルトライフル』を両手で担ぎ、ロイに向かって乱射。


 腰に携えた『ソード』を抜き、その銃弾を全て叩き斬ったロイ。

 そして一人を目標に定め駆け出した。

 

「うそ!」


 ロイが最初に狙ったのは、ロイが銃弾を全て叩き斬ったことに声を上げた少女。

 彼が目を付けた理由は、一番魔力量が弱かったからという理由。

 

 ひと蹴りでその少女の元まで辿り着き、胴に剣を入れた。

 すぐさま魔力障壁が展開され、女性がシャボンになって浮かびあがる。

 というところまで、ロイは予想していた。

 ロイの中で斬れたという確信があった、しかし斬ろうとした瞬間眼前から少女が姿を消す。


「なるほどな、そのスキル他のやつも移動できるのか」


 そしてロイが斬ろうとした人物は上空から突然姿を現し、ロイに向かって銃口を向けた。

 

 ロイは瞬時に足に魔力を注ぎ込み、後方へと飛ぶ。


「まだそこは射程内」


 ロイが距離を取ったところで、逃げた先にも空間はオーロラに包まれている。

 そしてオーロラから、カーラを含めた三人が現れた。

 彼女らの作戦は立ち会ったときからロイに照準を定めていたのだ。


 無数の銃弾がロイに浴びせられる。

 剣を振り回し続け、銃弾を叩き斬ろうとするロイだがさすがに三射線から飛んでくる銃弾を防ぎきることはできない。

 一発、また一発とロイの体に魔力弾がぶつかっていった。

 じわじわとヘルスが削られ、気づけば残りヘルスは十となっていた。

 

「俺はここまでか。 それじゃ、後は任せたよモミジ」


 リロードが完了したアサルトライフルは、再びロイの元に銃弾の嵐を降り注ぐ。

 土煙が巻き起こり、ロイの様子は見えない。

 しかしその煙の中心から丸い球体が一つ、ふわふわと浮かび上がった。

 

 

 モミジは何もすることが許されなかった。

 あの場で助けにいけるほど無謀ではなかったし、何よりあのオーロラがカーラだけではなく他の人物も移動できるということに驚き一歩が出遅れた。

 その一歩で、GLであるロイがやられてしまったのだ。

 劣勢を強いられたロイパーティ。

 しかし、モミジの中で一かけらの希望も残っていないわけではなかった。


「はあ、はあ……」


 Bクラスのカーラが片膝をついていることだ。

 『ピュア・ベール』は強力な移動スキル。

 だが、三人の移動をするとなれば魔力はいくらあっても足りない。

 今の攻撃はロイを倒すための一撃必殺の大技であると、モミジの中で一つの結論をつけた。

 

「ロイ君がいなくなればこっちにだって勝機はある」


 疲れが顔にも出ているカーラだが、ふっと笑ってモミジを見つめていた。


「それにしてもさ、どうしてロイ君はこんなにも人を選んだわけ?」

 

 その言葉はモミジの胸にぐさりと突き刺さった。

 それはこのフラッグ・ゲームが始まるまで、いや今でも悩みの種となっていることであった。

 ロイに誘われたのは突然のことだった。

 モミジは戦闘経験がないに等しい、学力だけでこの第一王立学園に入ったのだ。

 第一王立学園の先輩には非戦闘員でも活躍した人物は数多く存在する、だからモミジのように魔力量が少ない生徒もたくさんいる。

 その生徒たちはフラッグ・ゲームではない目的を達成するために入学してきており、フラッグ・ゲームよりも学業などを優先して取り組むのだ。

 例えば、新たな武器の製造。

 例えば、魔力理論の研究。

 生徒それぞれに、それぞれの目的がある。

 

 しかし、モミジ自身には目的などなかった。

 ただ親にこうしろと言われ魔力を学び、親にこの道に進めと言われ勉強する。

 ずっとそうして生きてきた。

 それが正解だと信じていた。


 しかし、時は経ちモミジも学園生となる。

 周りの皆が次々と進路を決めていく中でモミジは何も決まっていなかった。

 ずっと親の言う事を聞いてきたモミジは人生の進み方がわからなくなっていたのだ。

 進むべき道がわからない、歩き方がわからない。

 であれば、決められた道を歩くのが一番簡単で考えなくてもいい道筋。

 何度も何度も自分の心に刷り込むようにして自分に言い聞かせた。

 心がどうにかなりそうでも、それを押さえ続けた。

 

 そんな時に、モミジの目の前にロイが現れたのだ。

 なぜかロイには悩みをすんなりと打ち明けることができた。

 中等部からの同級生である、アキハにもモミジは悩みを打ち明けることはなかった。

 彼が単に聞き上手だからか、それはモミジにもわからない。

 しかし、弾けるようにしてどんどん言葉が漏れ出てきた。

 モミジにの悩みを聞いていてくれる、モミジにしか分からない悩みを理解してくれた。

 それだけでモミジは進むべき道が見えるような気がしたのだ。


 そのときに、ロイの頼みであれば何でも聞くと約束した。

 自分で歩いていていいんだ、そう思わせてくれたロイにモミジ自身感謝しかなかったのだから。


(私にしかできないことなんだ)


「ロイ君がこんな弱い私を選んだ理由は、私にもわかりません」


 モミジは真っすぐな眼はカーラの疲れ切った顔を捉えていた。

 

「でも、ロイ君が頼ってくれたんです、ロイ君が必要としてくれたんです。 だから、私は、自分が決めた道を進みます」


 決意が籠ったような語気で話したモミジ。

 彼女の頭に、ロイを失ったことに対する絶望はなかった。

 

「なにそれ、今の言葉全部ロイ君が作ってくれた道を歩いてるようにしか思えないんだけど」


 カーラの表情にだんだんと怒りが滲んで来た。

 

「そんなことないです。 ロイ君が言う事は間違いないです、全て正解です、全て正しいんです、全て全て全て……」


 モミジの頭はロイ一色だった。

 ロイとの会話がぐるぐると回るように、モミジの頭をかき回す。

 しかしモミジにとってそれは至福の時間だった。

 ロイがいるなら、大丈夫。

 ロイが悩みを聞いてくれるだけで幸せになれる。

 そんな信憑性のない信頼で、見えない赤い糸に絡まれたような愛情だけでモミジは今を幸せに生きれるのだ。

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