第11話「ぼこぼこ」

 ロイのヘルスは残り五十。


「う~ん、俺を守るっていうよりは制服を守らないといけないって感じだな」


 ロイの体には傷一つついていない。

 ただ、服装はすでにボロボロ。

 ロイはケイトの高速攻撃を一ミリの差で躱し続けていたため、制服にはきちんとダメージが入っているのだ。

 だから、ロイ自身の体力は減らずに自身のヘルスが減っていく。

 この現象を戦闘中に考えついたロイはまだまだ余裕ということだ。

 

「でもそんな連発してたら、もうそろそろバテるところだろ」


 ロイは欠伸をして、ケイトを見つめていた。

 そのケイトはロイの言葉通り、ケイトは地面に膝をついて座り込んだ。

 額にも汗が滴り、肩で呼吸をしている。


「はあ、はあ……」


「ほらな」


 ケイトの攻撃は毎回魔力を込めて放たれていた。

 一撃で相手を落とせるように、というようなスタミナ無視の魔力攻撃。

 しかし、ロイはその攻撃を寸でのところで躱し続けていた。

 当たったと思った攻撃がかわされる、その消耗は普通に攻撃を当てるよりも激しくなってしまうことだろう。

 だからこそ、ケイトの消耗が普段よりも早く訪れてしまいスタミナがすぐに尽きてしまったのだ。


「体力不足だな、俺がお前に教えることじゃねえかもだけど。 まだ成長段階ってやつだ、ポジティブに捉えてくれ」


「くそっ……」


 仏頂面のケイトだが、今回ばかりは悔しさを滲ませていた。


 観客席から見れば、この戦いは等しい実力に映るかもしれない。

 ただ、この場にいれば実力差がはっきりとわかる。

 ロイの圧勝、その言葉以外は相応しくない。


「リタイアするべきだな、ゲームになら」


 フラッグ・ゲームは一ラウンドで決着がつくわけではない。

 ここでリタイアし、情報を持ち帰るだけでもこのラウンドには意味がある。

 ましてや新入生同士の戦いという、お互いのスキルなどを知らなければよりリタイアが意味のある行為となるのだ。


 ゲームに勝つためには敵の情報が必要不可欠。

 ここでケイトがリタイアしたところで責めてくるチームメイトはいないはず。

 それでもケイトは全くと言っていいほど、諦める様子がなかった。


「俺はあんたを倒すためにここに来た、それが一ラウンド目の作戦だ」


「へ~、そんなに俺って人気者?」


「さあな、でもカーラがあんたのことを買っているみたいだ」


「なるほどな、お前らの目的が大体わかったよ。 んじゃ、一ラウンド目は俺たちの勝ちってことで」


「まだ終わってない————」


 ケイトの足元からピー!という音が鳴った。

 その瞬間、蜘蛛の巣のように地面に張り巡らされたトラップがケイトの足を地面と接着させる。

 そして遮蔽物からワイヤーが放たれた。

 なんとかそのトラップ・グループの武器、『蜘蛛の巣スパイダーウェブ』、『鉄条網ワイヤー』から抜け出そうとしているケイトだが、動くたびに『鉄条網ワイヤー』が絡みつき体の自由がみるみる奪われていく。


ズドーン!


 そして遠距離からケイトの胸が射抜かれた。


「くっ!」


 ケイトがシャボンになって浮かび上がる。

 試合終了のブザーもそれと同時に試合会場に鳴り響いた。

 一ラウンド目はロイのパーティの勝利。

 アン・スカーレットの実力、ロイ・アルフレッドの知力により圧倒的と言っていいほどの勝利を収めたのだ。 


* * *


「わーお」


 漏れ出たように言葉を出したフウガ。

 笑いながら、大画面のモニター、ちょうどケイトが遠距離から打たれたシーンを眺めていた。

 隣に座るナルカはフウガと対照的に息を飲み込み画面を食い入るように見ている。


「あれは、もちろん狙っていたわよね?」


「そりゃそうだ、君も見ていたはずだよ。 彼があの場所にトラップを設置していたところを」


 ナルカは怪訝な表情でモニターを見つめていた。

 唇を噛みしめ、大画面のモニターに大きく映ったロイを睨みつけるようにして。


「どうしてそんな怖い顔しているんだい、ナルカ。 優秀な一年生が入ってきた、それだけで誇らしいことじゃないか」


 優しく、ナルカの機嫌を損ねないような言い回しでフウガは語り掛ける。


「誇らしい? どこがよ、プロの選手でもできない芸当を学園の一年生がやったのよ! 初見のスキルを躱し続けて、それも自分がトラップを設置した位置におびき寄せていただなんて。 それ以外にもたくさんあるわ、こんなのただの偶然じゃ済まされないわよ」


 ナルカは不安に近い感情をロイに抱いていた。

 だから話すにつれてだんだんと語気が弱くなっていた。

 教師として、人生の先輩として、この生徒をどうやって指導すればいいかに頭を悩ませているのだろう。


「まるでサクヤちゃんのような動きだ」


 今のロイの行動と引き合いに出せる名前は第一王立学園の生徒会副会長サクヤ・スターダスト。

 彼女の特徴は何と言っても視野の広さにある。

 フウガが見てきた中でも、視野の広さでは彼女の右に出るものは向こう十年出てこないと思っていた。

 しかし、その確信はロイの登場によって呆気なく壊される。

 しかもたった一ラウンドだけで。

 

「彼は一体何者なの…?」


「う~ん、ロイ君は少し特別かもね。 レイド学長のお孫さんなんだ、このぐらいできて当たり前だよ」


「もう! 教師って本当に大変な仕事だわ!」


 ナルカは頬を膨らませ、前かがみになって画面を見た。


* * *


「やったねアキハ!」


「うん!」


 一ラウンド目が終了した時点の控室、両手を合わせてハイタッチをしていたモミジとアキハ。

 始まる前の緊張感はどこへ行ったのか、彼女らはすっかり元気な姿になっていることに思わずロイも安堵する。


「よくやった二人とも」


 ロイが労いの言葉をかける。

 蜘蛛の巣型の粘着トラップ『蜘蛛の巣スパイダーウェブ』を設置したのはロイ、遮蔽から『鉄条網ワイヤー』を放ったのがモミジ、そして最後にケイトを打ち抜いたのがアキハだ。


「ううん、私なんてロイ君の指示に従っただけだよ」


「うん、ロイ君の指示があったからドンピシャで敵を打ち抜くことができた」


 ロイが彼女らに行った一ラウンドの指示。

 モミジには『蜘蛛の巣スパイダーウェブ』が起動した瞬間『鉄条網ワイヤー』を飛ばすこと、アキハには動けなくなったケイトを打ち抜く指示を、アンには前線で敵を止めること、ヤスケはフラッグを持ってとにかく逃げること。

 一ラウンド目は全てロイの指示通りに事が運んだ。

 ピンポイントで人物名を当て、しかも事が起きる時間までも指定していた。

 

 ロイはフラッグ・ゲーム未経験ではあるが、父であるブレンと幼少期からずっとボードゲーム型のフラッグ・ゲームで遊んでいた。

 ロイとブレンの戦績は二二〇八試合、六七三勝、一五三三敗、二分け。

 幼少期は負け続けていたせいで借金を返さずに学園に来てしまったのは唯一の心残りでもある。

 しかし、ブレンという怪物じみた思考回路の天才とずっと対局していたため、ロイは未経験でもここまでの展開を予言し実行することができたのだ。


「あ、アンちゃん。 手、見せて?」


「え?」


 アンが驚いたときにはすでにモミジはアンの右手を軽く持ち上げていた。

 そこにあったのは一瞬見落としてしまうほどのかすり傷。


「ちょっと待っててね……」


 それを見たモミジは自分で持ってきていた救急箱を手に取って、アンの右手に消毒液をかける。


「この程度の傷なら……」


「だめだめ! こういうところから負けちゃうこともあるんだから!」


 治療しているモミジはいつになく強引だった。

 普段なら引き下がる場面、しかし怪我となれば話は別のようだ。


(よく見てるな、俺でも気が付かなかった)


 アンの怪我はこの場にいる誰もわかっていなかっただろう。

 近くに座るロイでさえ気づいていなかったのだ。

 おそらくモミジはアンが刀に手をかける動作だけで、彼女の普通とは違うことに気づいた。

 

「ロイ君、これ……」


「ん?」


 アキハがロイに手渡したのは一枚の紙きれに綺麗な文字で書かれたメモ。

 書かれていた内容は、敵の特徴や戦い方の癖、さらには敵の作戦が簡潔に書かれていたものであった。


「私が一戦目を見ていたなかで気付いたこと。 百%は信じなくていいけど、もしよかったら参考にして」


 アキハはどこか恥ずかし気だった。

 その態度を気にすることはなく、ロイはそのメモを食い入るように眺めた。


「いや、これは助かるな」


 一戦目でロイが見た敵はケイトのみ。

 それ以外の敵とは関わっていなかった。

 一戦目の試合映像を見れているわけではない。

 だからこそ、アキハのメモはロイが欲していた情報である。

 敵チームの情報は喉から手が出るほどほしい。

 戦闘中の情報はヤスケによって供給されるが、ヤスケも自身の仕事があるためアキハのようにここまでまとめることができない。

 スナイプという全体を俯瞰視できるロールであっても、こんなにも情報を持ってくるスナイプはいない。

 この短い間にここまで敵を分析できるのはロイ自身も素直に驚いた。


(これは良い収穫だな。 第一王立学園に、才能がないやつはいないってことか……)

 

 ロイは心の中で微笑を浮かべ、席を立つ。


「よし、まずは一本だな」


* * *


「まあ、一ラウンド目だし切り替えて行こ」


 Bクラス選抜パーティの控室、惨敗してしまったパーティの雰囲気は重苦しいものになっていた。


「はいはい、落ち込むのはそこまで! で、ロイ君の実力はどーだったのケイト」


 手をパンパンと叩いて一度場を締め、今回の要注意人物であるロイの話題に切り替えた。


「……すまん、分からなかった」


「はあ? 分からないってどういうことよ、戦ってたでしょあんた」


「……何もできなかった」

 

 普段感情を表に出さない、仏頂面のケイト。

 しかし、カーラの目に映る彼はいつになく活力がなかった。

 まるで生気を吸い取られたような、そんな印象をカーラは抱く。


「いいから何があったか話しなさい、その中に攻略の糸口があるかもしれないんだから」

 

 カーラは弱っているケイトを元気づけることはしない。

 生まれてからの幼馴染。

 酸いも甘いも同時に経験しているからこそ、言葉は選ばない。


「俺は全力を出して戦った、このラウンドで全てを懸けるようにして。 ヘルスも削った、誰かが見ているなら互角だったと言われるかもしれない。 だが、完全に俺の負けだ」


 ケイトは俯きながら、自分に起こったこと、自分が感じたこと、ありのままを言葉にした。

 その言葉は、重く、そして悲壮感が漂っていた。


「今の話じゃロイ君の強さが全くわからないわ」


「……最初から俺に勝ち目はなかったかもしれない」


 カーラはこれ以上ケイトに話を聞くことはしなかった。

 普段から口下手な彼ではあるが、今回ばかりはその下手さがより一層際立つ。

 それだけロイの強さが意味不明のものだったということだろうか。


「……まあいいわ、とにかく切り替えましょう。 ここはBクラスの意地に懸けて全力で勝ちに行くわよ」


 見たことがないケイトの姿にカーラは少し頭を悩ませたが、フラッグ・ゲームは待ってはくれない。

 味方を鼓舞するしかできないのだ。


(まだ一ラウンド目、ロイ君はわからないけれど、アンさんの実力は大体わかった。 次は、負けない!)

 

 この模擬戦はあくまでも実力を図るために仕掛けたもの。

 カーラ自身の目的の為にも、新入生の実力者は知っておきたかった。

 しかし、これだけ劣勢を強いられることは試合前に思ってもみなかったことである。

 負けたくない。

 今は打算的な考えを捨て、勝利に徹する。

 胸に秘めた思いを胸に、カーラは第二ラウンドの試合会場に赴いた。

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