第10話「策略」

 甲高いサイレン音が、ミニゲームの舞台演習場に鳴り響く。

 アンは舞台演習場の中央付近に立ち、目を閉じて静かに始まりの時を待っていた。


「んじゃ、楽しく行こうか」


 ロイの声がイヤホン越しにアンの耳に伝わる。

 一ラウンド目、ロイのパーティは守りからのスタートだ。

 

 今回ロイのパーティの配置は、前線にアン、中盤にヤスケ、モミジ、アキハ。

 そしてフラッグ周辺を守るのがロイという陣形だ。

 

 守りであれば、自然と敵がフラッグを奪いにやってくるのを跳ね返すのみでよい。

 フラッグさえ取られなければ負けることはないゲームだからだ。


 ただ、アンは守備側でも守りに入ることはしなかった。

 これはロイが立案した作戦によるもの。

 彼がアンに伝えた作戦は、守りでもとにかく攻め相手のパーティを壊滅に追い込むこと。

 その作戦にアンは二つ返事で答えた。


(たかが模擬戦でも私が負けることは、許されない)


 アンが位置している場所は守備側が立つことの許されているギリギリのライン。

 

「こんな前線にいるなんてね、アン・スカーレットさん」


 アンの目の前に現れた敵は四人。

 アンを見つけた瞬間、すぐさまアンを取り囲むようにして陣形を組んでいた。

 Bクラスも急造のチーム。

 それにも関わらず、見事なまでの連携ぶり。

 カーラが選んだBクラスの人材は優秀だということだろう。


「行くよ、アンさん!」


 真っ先に仕掛けたのはカーラ。

 彼女は魔力を解き放ち、オーロラのような虹色のカーテンが空に浮かび上がた。

 範囲はちょうどこの場にいる人間を取り囲む程度。

 アンはそのスキルに警戒し後ろに一旦下がろうとしたが、すでに敵はアンの後ろを押さえているためその行動は叶わない。


(やるしかない!)


「遅い!」


 アンが刀に手を懸けた瞬間だった、先ほどまで目の前にいたカーラがアンの上空から突然出現した。

 カーラが装備している武器は刃の部分が魔力で補われた魔力の片手剣ワンハンドと小型のシールド

 片手剣ではあるが、カーラの放つ魔力によって剣よりも長い刀身となっている。

 

 武器としてこの刀身を携帯していたら重さによってバランスが崩れてしまうこともある。

 しかし、魔力に質量は存在しない。

 だから、カーラのような華奢な女性でも軽々と長身の剣を振れるのだ。


「っ!」


 アンは素早い動きで刀を抜き、何とかカーラの攻撃を受け止める。


「さすが入試ランキング一位。 でも私だけ見ていたら駄目だよ!」


パンパン!


 アンの肩に魔力弾がぶつかった。


 刀を振り抜いて、一旦カーラを押し出したアン。

 いくらアンが入試ランキング一位とはいえ、カーラも入試ランキングに入るほどの猛者。

 アンの相手はカーラの他にも三人いるのだ。

 岩の遮蔽物に身を隠し四方八方からガン・グループに分類される武器、『拳銃ハンドガン』を使ってアンを狙っていた。

 そして『拳銃ハンドガン』を撃った者は、すぐに別の遮蔽物へ移動し的を絞らせていない。

 さすがは第一王立学園というべきか、基本的なフラッグ・ゲームの戦い方を知っている者は多いようだ。


「お仲間は来ないの?」


 ふふっと涼しい顔で笑いながら、アンを煽るようにしているカーラ。

 

 俊敏性に優れているアンではあるが、カーラの近接攻撃に加えて四方八方からの銃撃はさすがに避けきれない。

 気づけばアンの残りヘルスは三十まで減っている。


「まあ、来たところで戦力になるのはロイ君だけだと思うけどね」


 カーラの言葉にはアンは反論の余地がなかった。

 ロイが選んだパーティは決して強いとは言えない。

 アンもパーティの実力を生で見たことはなかったが感じた魔力量を考慮しても、ロイとヤスケだけがまともに戦えるという結論になってしまった。


 残るモミジとアキハに関してはお世辞にも強いとは言えない。

 アンはロイに事の真相を聞くことはなかったが、頭の中では疑問が残り続けている。

 ただ試合が始まってしまえば、勝つことに重きを置かなくてはならない。


「だから私がここであなたたちを止める必要がある」


 アンは深い呼吸をした。

 これは昔からの彼女の癖のようなものである。

 

 味方の援護はない、最初からロイに言われていたことだ。

 一対四、援護もなし、カーラのスキルもわかっていないというまさに八方塞がりの状況。

 しかし、アンの頭に負けという言葉は浮かんでいない。

 Bクラスとの模擬戦をする前から、勝ちに拘っている。

 入学式のときに自身の浅慮を受け止め、この模擬戦で改めて身が引き締まった。

 生半可な覚悟では、自分の目的は果たせない。

 どんなに不利な状況でも美しく勝つ。

 それがアン・スカーレットのアイデンティティ。


 周りを睨みつけるように見渡したアン。

 カーラ以外の三人は遮蔽に隠れて、姿を見せていない。

 アンは戦いながらカーラのスキルを探っていた。


(カーラさんが私の認識外から現れたということは…)


 アンが導き出した答えは、オーロラの中を自在に動き回れるもの、と推測している。

 人体移動という魔力のリソースを大きく割く魔力を使っているのにも関わらず、片手剣に注ぐ魔力も強大なもの。


 改めて、カーラという人物への警戒を高めた。

 彼女自身の単体性能はもちろんのこと、即席のチームにここまでの細かい指示を出しながら戦っている。

 彼女の実力が伴っていなければ、チームが統率を取れることはない。

 カーラ・プライムはすでにBクラスでも中心人物なる存在なのだ。

 GLになるにはそれ相応の実力と実績が必要。

 新入生の今、実績はないに等しい。

 となれば、彼女に従う理由は実力のみ。

 この短期間で実力を見せつけた彼女が弱いはずがない。

 

「そろそろ私の『ピュア・ベール』のスキルがわかってきた頃かな。 でも残念、それを見抜いたところで私たちには一人じゃ勝てないよ」


 うすら笑いを浮かべ、余裕そうに片手剣の柄をくるくると回しているカーラ。

 カーラの中で勝ちは確信に変わりつつあることだろう。

 時間をかけているのにかかわらず、アンの元に助けは来ない。

 何発かの銃弾とカーラによる斬撃、カーラの視点でもアンのヘルスが残りわずかだということはわかっているはずだ。


「それはどうでしょう」


 しかし、カーラはアンの心までは読めていなかったようだ。


「……は?」


 カーラが怒りの眼差しでアンを睨みつける。


「顔がちょっと良いからって私に勝てると思ってるの? 入試ランキング一位だとかでいい気になってるの? それともスカーレット家だからって私を見下してるの?」


 まるでスイッチが入ったように口調も語気も強くなっていくカーラ。


「私の家は、私の実力と関係ありません」


「あら、あなたの沸点はそこなんだ。 でもそうよね、あのお姉さんと比べたら誰だって……」


 その瞬間、アンの剣筋がカーラの頬をかすめた。

 カーラがギリギリで避けたから、頬をかすめる程度で済んだからではない。


 アンは今、わざとカーラを生かしたのだ。

 これは、いつでも首を取ってやるぞとでも言うような警告。

 アンはただでさえ冷たかった表情から、深淵のような表情へと変貌していた。


「私の姉は関係ありません」


 姉、という言葉がトリガーとなったようにみるみるアンの魔力は上昇している。


「へえ~、意外に感情の起伏が激しいのね」


 アンの表情に火をつけられたのか、カーラの魔力もアンと同様に上昇していった。

 入試ランキング一位と三位。

 ただそれは入試で決められた順位でしかない。

 彼女らの魔力は拮抗している。

 その事実だけで、入試という物差しは意味をなしていないことが証明された。


 カーラは盾を放り投げ、両手で片手剣ワンハンドを握る。

 込められている魔力は先の倍ほどの長さになっていた。

 空に浮かび上がったオーロラは消えており、スキルに割いていた魔力が片手剣に込められているのがわかる。


 対峙するアンは魔力を右手に注いでいた。

 右手は鞘に仕舞ってある刀の柄を掴む。


 アンは居合の構えのようにして、膝を曲げ左足を後ろに下げた。

 一撃で決めなけれあばおそらくアンは負けてしまう。

 次の攻撃はアンにとって、この第一ラウンドにとっての分岐点となることは間違いない。


「仲良くはなれそうにないわね」


「同感です」


 カーラニヤッと笑みを浮かべたが、目は笑っていない。

 アンは相変わらずの無表情。

 可憐な少女たちからは想像もつかないほどの魔力がこの場に佇んでいた。


 アンの双眸はカーラをじっと見つめている。

 ただ、アンの感覚は遮蔽物に隠れている三人も捉えていた。


「行くよ!」


 先に飛び出したのはカーラ。

 アンは彼女の動きをギリギリまで見て、できるだけ自分の元に引き付ける。

 魔力の剣とアンの刀が激突し、ビリビリとした魔力が周囲にも伝わる。


 遮蔽物に隠れているBクラスの連中も見惚れているわけではなかった。

 カーラとアンが剣と刀でせめぎ合いをしているなか、遮蔽から顔をだして銃撃する。

 

 その銃撃はアンの想定通り。

 カーラの剣で刀を滑らせてくるりと回転して位置を逆転させた。


 銃弾はアンの体を目的地として射出されている。

 そのため銃弾の行く先は位置が逆転したカーラの元に飛んでいた。


「『ピュア・ベール』!」


 瞬時の判断はさすがというべきか、カーラはスキルを展開してオーロラの中へと消えた。

 

 カーラという盾を失ったアンの元に銃弾が届きそうになる。

 しかし、アンは冷静だった。

 幼い頃から、姉であるアートと模擬戦をしてきたのだ。

 銃弾よりも遥かに速いアートの剣劇。

 そんな人物を知っている。

 そんな人物と戦っている。

 そんな人物を追い越そうとしている。

 だからこんなところで、負けるわけにはいかない。


「————トレス・スタイル、『イカヅチ』」


 ここにいる誰もがアンの動きを捉えられていなかっただろう。

 アンの所作全てが洗練され、美しいという感情と共に目を奪われていたのかもしれない。

 だがこと戦闘中においては、そんな暇はない。

 見えていなかったのだ。

 アンが刀を鞘に仕舞い刀を再度振るう所作を、スキルを発動する瞬間を。


 周りに稲妻が落ちる。

 空は雲一つない快晴。

 自然現象の落雷ではない。

 アンが放ったスキルによるもの。

 稲妻は的確に敵の位置に落雷し、カーラ以外の三人はダウン。

 ヘルスがゼロになった時は簡易的な魔力が展開され、上空にシャボン玉のように浮かび上がる仕組み。

 そのシャボンは三つ。


「あぶな~。 やっぱり強いね」


 先ほどまでの怒りはどこへやら、けろっとした様子で姿を現したカーラ。

 

「さっきはごめんね、私も言い過ぎたよ」


 カーラに攻撃の意思はないが、アンは鞘に仕舞われた刀に手をかけている。


「う~ん、やっぱり怒ってる?」


「いえ」


 返事では違うと返したものの、アンは未だにカーラに対して敵対心を向けている。

 もちろん、フラッグ・ゲームの最中だからというのは大前提であるが、アンの琴線に触れた言葉を発したカーラに怒りを覚えていることもまた事実であった。


「ふふっ、まあしょうがないか。 じゃあ、リタイア」


「え?」


 カーラがリタイアを宣言した瞬間、シャボンによって彼女は上空に浮かび上がった。

 シャボンはゆらゆらと揺れ、戦うことの許されないセーフ・ゾーンまで進んでいく。


「フラッグ・ゲームは先があるからね」


 上空からのカーラの言葉に怪訝そうに目を細めて、シャボンを見続けていたアンであった。

 

* * *


「お、来たな」


「うっす」


 試合中だというのに、胡坐をかいているロイ。

 そこにやってきたのは、パーマ頭が特徴的なケイト・アスカクールだ。

 仏頂面のケイトであるが、帯同している魔力はすでに臨戦態勢。

 いつ攻撃を仕掛けてもおかしくないケイトを前にしても、ロイは悠然と構えていた。


「どうする?」


「……どうするとは?」


 ロイからの質問に首を傾げて答えるケイト。


「ここにフラッグはないぜ」


「え?」


 臨戦態勢となっていたケイトは肩透かしをくらったように口をぽかんと開けていた。


「フラッグは別のやつに持たせてある、俺と戦っても意味はない。 それにお前のパーティはうちの特攻隊長にやられたみたいだ。 どうする、リタイアか?」


「リタイアはしない。 カーラにするなって言われてる」


「そうか。 んじゃ、遊ぶか」


 ロイがにやりと笑みを浮かべた瞬間、ケイトは一瞬で間合いを詰めてきた。

 その速度は明らかに人間が出せるスピードではない。

 魔力による加速、ロイはケイトのスキルににやりとした笑みを浮かべる。


 ロイは焦ることなく立ち上がり、腰に帯刀していた『ソード』を抜きケイトの攻撃をガードをする。


「『ディスチャージ・ガス』」


「む?」


 ケイトはロイから離れた瞬間、プシュッ!とした音を立ててロイの周りを跳ね続けた。

 縦横無尽に駆け回るケイト。

 先から聞こえてくる音を発したタイミングで方向を切り替え、ロイに的を絞らせていない。

 つまり移動した方向に魔力を変換した何かを使うことで、急速に進む方向を変えることができているのだ。


「ガスか」


 空気のようなものがケイトの後ろから放出されているのを、ロイは肉眼で捉えていた。

 魔力をガスに置き換えて高速移動を可能にしている、そんな仮説をロイは立てる。

 ケイトは炭酸ジュースのキャップを開けた瞬間に出るようなガスを魔力で再現し、それを体現している。

 スキルを作る、という工程は大変労力がいる行為。

 スキルというのはイメージが現実に近いほど作りやすい。

 なのでケイトもまた現実に起こりうる小さな現象を魔力で再現することで、現実では起こすことのできない事象を発現させているのだ。


「おっと!」


 四方八方からの攻撃にロイは防戦一方。

 ケイトは武器を携帯していない。

 それは忘れた、などではなく単純にそちらの方が強いからという理由であろう。

 武器を持つことによって体のバランスを崩したくない、そういう選手はプロでも数多く存在する。

 ケイトもそのうちの一人ということだ。

 

「楽しそうだな、それ」


 ロイは攻撃をすることも許されず、ケイトの高速攻撃を弾くことしかできない。


 ロイはもう一つ持ってきた武器である拳銃を剣を持つ手と逆の手で打つも、高速で移動し続けるケイトに当たるはずがなかった。

 しかし、表情は至って普段と変わらない。

 あくまでも想定の範囲内と言ったような具合でロイは防御していた。

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