第9話「フラッグ・ゲーム、初戦」

 嵐のように去って行った二人(正確に言えばカーラのみ)に、モミジとアキハは口をぽかんと開けたまま見守っていた。


「ヤスケ、あいつらは?」


「カーラ・プライム、入試ランキング三位。 そして隣にいた男がケイト・アスカクール、入試ランキング五位だ。 どっちも推薦組だな」


 入試ランキング。

 入学前の試験によって決められた順位で、一年生の中でひとまず順位をつけられたもの。

 学園の総合順位と同等のシステムで順位が決められていたものだ。

 推薦組となれば、学園に入学する前から実力を兼ね備えたものであるこの証明ともなる。

 ロイもレイドの熱烈なオファーによって入ったので推薦組と言われれば推薦組になるのだが。


「ちなみに俺は四位」


「へ~」


「…ごほん。 ちなみにうちのパーティのアンちゃんは入試ランキング一位だ!」


「へ~」


「全然興味ねえな!」


 ヤスケの我慢が切れ、ロイにすかさずツッコミを入れる。


「というかロイは入試ランキングに入ってなかったな、腹でも痛かったんか?」


「つまらなさそうだったから、出てない」


「まじかよ……」


 ロイの奇想天外な行動に、おしゃべりなヤスケでさえ言葉を失った。

 入試だけで一年時の成績は大きく変わる。

 それを受けないということは、自分の将来を見捨てるような愚行だ。


 ヤスケとロイの楽し気な会話はアキハとモミジには聞こえていないようだった。

 視線を下に落とし、落ち込んでいる様子だ。

 

「私たちでも勝てるかな?」


「うん……」


 入試ランキングの三位と五位が相手ともなれば、不安になるのも仕方がない。

 彼女たちからすれば明らかに格上の相手。

 いかにパーティにロイやアン、ヤスケがいれど、いざ戦うとなれば足を引っ張らないかなどの不安に駆られるのも無理はない。


 第一王立学園に入ったという時点で素晴らしい実績になるのだろうが、上には上がいるもの。

 実力がわからない想像の敵に対して自分との実力を比べたとき、戦っていなくても明らかな差が存在してしまったら勝手に不安心を掻き立ててられてしまうもの。


「心配するな、俺がいる」


 ロイは彼女らの感情を知っているかのように微笑んで見せた。


「……う、うん! そうだよね、私たちにはロイ君やアンさんもいるからね」


「うんうん!」


 ロイの一言で彼女たちの表情は一瞬で晴れやかになった。

 言葉の力、というのはあり得るのかもしれない。

 ロイの佇まいが、雰囲気が、ロイの言葉を裏付けている。

 ロイとずっと一緒にいたわけではない、ロイの生い立ちなど知らない、しかし彼女はロイの一言で励まされているようにテンションが上がっていた。


「え、俺もいるけど?」


 ヤスケの言葉に彼女たちは緊張の糸が切れたように笑った。

 

 和気あいあいとした楽しい昼食の時間、その中でロイは一人だけ別のことを考えていた。

 

(どうやったら面白くなるからな)


 ロイは心の中であくどい笑みを浮かべて、最後に残った一口を口に入れた。


* * *


「よし」


 フラッグ・ゲーム前の控室。

 カーラ、ケイトを含めたBクラスの者たち戦うために、各々準備を始めていた。


 ロイは自分のデバイスを入念にチェックする。

 味方との通信に用いるイヤホンとマイクが一体となった小型の通信デバイス、そして自分のヘルス状況を確認できる腕時計をまじまじと眺めていた。

 デジタルな腕時計のディスプレイに映し出されているのは百という数字。

 これはフラッグ・ゲーム時の体力を示すもので、これが〇になったときにシャボンとなりそのラウンドでは戦えなくなる。

 それを確認したのち隣に置いていた武器を手に取った。

 フラッグ・ゲームは自身が持ち込んだ武器(学園に許可を取る必要はある)も使うことができるが、学園から貸し出される武器も豊富だ。

 今ロイが手にしているのはソード・グループに分類される剣。

 剣は基本的な武器の一つで、学園から貸し出されている武器の中では一番人気がある。

 その理由は汎用性の高さ。

 魔力を武器に伝えるのが得意ならば剣を強化して戦うこともでき、魔力を飛ばすことに長けているのならば剣を触媒にして魔力を飛ばすこともできる。

 初心者から上級者まで使いやすい武器が剣であるのだ。


 ロイの実力があれば、武器など使う必要もない。

 しかし、試してみたいという興味だけでこうしてフラッグ・ゲームへと持ち込んだ。

 

GLゲームリーダーはロイでいいんだな?」


 確認のようにヤスケがロイに声をかける。

 GLとはパーティにおいての司令塔の役割を果たす人物をそう呼ぶ。

 作戦の立案や、戦闘中の細かい指示を出す役割。

 もちろん戦闘にも参加しなくてはならない立場であるため、実力と頭脳を兼ね備えた人物だけがこの役割を担えるのだ。


「うむ、みんながそれでいいなら」


 アン、モミジ、アキハがこくりと頷いた。

 アンはマイペースに自分の持ち込み武器である刀の剣先を眺めているが、モミジとアキハに関しては緊張で体がこわばっているようだ。


「んじゃ、簡単にミニゲームの作戦を振り返ろう」


 今回のフラッグ・ゲームはミニゲームと呼ばれ通常五本先取のフラッグ・ゲームを三本先取に縮めた簡易的な模擬戦となっている。

 フラッグは一本だけ、そして一本取るごとに攻守を交代する。

 通常であればマップは市街地や森などの多種多様なマップだが、ミニゲームに関しては半径五百メートルの演習場で戦う。

 遮蔽物は簡単に壊される木箱や、人を一人隠せるぐらいの岩などが所々に設置されているだけで、より実力差が出やすいマップとなっている。


「基本的に戦闘中の細かい指示は出さない、個人への指示はさっき話した通りだ」


「わかりました」


「モミジはサポーター、アキハがスナイプだったよな?」


 ヤスケが緊張を和らげるように端に座る彼女らに満面の笑みで話かけた。


「う、うん足を引っ張らないように頑張るね」


 いつもは元気に明るく振る舞う彼女だが、誰が見ても作り笑いとわかる顔を浮かべていた。

 隣にいたアキハは普段から静かだが、彼女を取り巻く雰囲気は重たいものになっている。


「心配するな、負けたら俺のせい、勝ったらモミジたちのおかげだ」


「え、そんなこと……」


「そーだぞ! それに俺たちが負けたときは入試ランキング一位でもあるアンちゃんの責任でもある」


 ヤスケが緊張をほぐすために発した言葉が、控室の空気を凍らせる。

 ヤスケはこの空気感を不味いと感じアンを見つめたが、アンは気にせず準備を整えていた。


「……それで大丈夫です」


 アンは足早に決戦の地へ赴いた。

 

「あれ、俺不味い事言っちまったか?」


「まあ後で土下座して靴でも舐めとけ」


「ロイの目には俺がどんな人物に写っているんだ」


 そしてアン以外の四人も席を立ち、ミニゲームの地へと赴いた。


* * *


「あら、珍しいわね」


 ミステリアスな女性、妖艶という言葉を身に着けているような若い女性は大画面のモニターのみの明かりがついた部屋でミニゲームの様子を見守っていた。

 その暗い部屋に入ってきた人物は女性と同じような年齢の男性。

 

「今年の新入生は面白い子がいるって聞いてね」


 見る者を震わせるほどの魔力量を持ちながら、平然と振る舞う。

 長身で足もすらっとしておりスタイルもよい。

 にこっと笑っており、柔和な雰囲気を持った人物だ。

 

「生徒は皆平等、それがあなたの教師としてのモットーじゃないの?」


「もちろんそれは変わらないさ。 ただ生徒それぞれに教育方針っていうのがあるからね」


「あなたは三年生の担任でしょ、フウガ」


「そういう君は非常勤の講師じゃないか、ナルカ」


 大画面のモニター、それに大きな三人掛けのソファー。

 背筋をピシッと立ててモニターを見ているナルカと長い足を組んで背もたれに深く腰掛けているフウガ。


 そしてこの暗い部屋に似つかわしくない、甲高い試合開始のブザーが鳴り響いた。

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