第8話「パーティを作ってみる」

「ロイ君、私とパーティになってよ!」


「ロイ! 俺とパーティを組んでくれ!」


 屋上でローズと昼食を済ませたロイは教室に戻ってきた。

 それを待ちわびていたかのように、クラスメイトがロイに群がる。

 仲間集めに頭を悩ましていたロイであったが、待ち受けた現実は良い意味で頭を悩ませることになっていた。


「一旦、ストップ。 後から順番に話を聞きたいから、今は御下がり願う」

 

 席を立ち、目を瞑って手のひらを下に向けてロイの元に集まった生徒たちを制止する。


「お、おう……」


「そうだよね、突然来られても困っちゃうよね」


 一国の元首のような雰囲気を醸し出していたロイに、クラスメイトたちは一瞬「何でこんな雰囲気を出せるんだ?」といった表情を浮かべていたが、王立学園の生徒で優秀な彼らはそれ以上にロイを誘わず、それぞれが自席へと帰って行く。

 改めて席に座り目を閉じて腕を組んだ。

 

「人気者だな」

 

 ニタニタと笑いながらロイを見ているのは、隣に座るチャラ男、ヤスケ・ガーファン。

 我関せずと言った具合に野次馬のようにしてロイを煽っている。


「お前のロールって何だっけ?」


 片目を開き、隣に座るヤスケを見たロイ。


「ん、俺か? 俺はアサシンだ、それも戦わないアサシン」


 誇らしげに自分のロールを自慢するヤスケに、ロイは少しだけ頭を悩ませる。


「よし決めた。 最初の一人はお前で決まり」


「だよな、戦わないアサシンなんて希少価値高いし、って俺!?」


 予想にしない答えだったのか、身を乗り出してロイを問い詰めるヤスケ。


「ゆっくり考えるんじゃなかったのか?」


「俺の中ではもう決まってる」


「ほえ~、さすがアルフレッド家の御曹司。 それにしても何で俺なんだ?」


「目立ちたがりの割に影が薄いから」


「なんじゃそりゃ!」


 ロイとヤスケの軽快なやり取りは、昼休憩中の喧騒に包まれた教室で聞いている者はいない。

 だが不思議なもので、ロイとヤスケは互いににやっと笑い、ロイはヤスケという人物を少しわかった気がしていた。


「…あとは、あ、いた。 アン・スカーレットさーん!」


「はい?」


 教室の後ろ側の扉から入ってきたアン呼び止め、ちょいちょいと手をこまねいた。

 

「一回だけでいいから一緒にフラッグ・ゲームをやってくれないか?」


 教室は和気あいあいと生徒同士の会話で溢れかえっているにも関わらず、ロイはなぜか小声でアンに話しかける。


「パーティに入れ、ということでしょうか?」


「そうそう、一回だけ、ちょっとだけ、先っぽだけでいいからさ!」


 手を合わせ片目だけ開きアンに頼み込むロイに入学式の時に見せた威圧感はどこにもない。

 今のロイの雰囲気はどこから切り取っても、うまくいかないナンパ男のようなものだ。

 

「先っぽだけというのはわかりませんが、私で良ければ」


 少し驚いた様子のアンであったが、コクリと頷きすんなりとロイの誘いに答えてくれた。


(意外だな……)


 ロイの目にも堅苦しいという印象が映ったアンが、こんなにも素直にパーティへの承諾をしてくれたのは意外であった。

 たかが同じクラスになっただけの関係値。

 アンの実力があれば引く手あまたなことは間違いない。


(まあ考えたところで結論がつくわけじゃないし、今はラッキーとだけ思っておくか)


「なんか堅いな~、アンちゃん。 クラスメイトなんだがらもっとフランクに行こうぜ!」


 ヤスケはチャラチャラした様子でアンに話しかける。


「はあ……」


 まるで初めて見た新種の生物を見るかのような、きょとんとした顔でアンはヤスケを見ている。

 それでも気持ち悪いというようなネガティブな表情を見せることはないが、ヤスケはアンの表情に心悲しげな表情を浮かべていた。

 

「というか、自己紹介がまだだったな。 俺はロイ、んでこっちの変な生き物がヤスケ」


「せめて人間って言ってくれ」


「アン・スカーレットです。 宜しくお願いいたします」


 ロイとヤスケの発言に捉われることはなく、アンは深々と丁寧にお辞儀をした。

 アンと連絡先だけ交換し、アンは自分の席に戻っていった。


「あくまでも壁を作るって感じだな」


 ヤスケがアンの後ろ姿を見ながら、「はあ」と溜息をついていた。

 

「まあ向こうにも都合があるってことだ、あんま踏み込みすぎるといい事ないぜ」


「それもそうだけどよ~、クラスメイトなんだからもう少しフランクになってくれてもいいと思うけどな~」


 アンの方を見つめ悩まし気なヤスケ。

 ロイもアンの方を見つめていたが、そんなヤスケとは対照的にロイの表情はあくどい笑みを浮かべていた。

* * *


「本当に私たちでいいの!?」


「うんうん」


 学園内の食堂。

 国からの支援も手厚い王立学園は施設も一級品。

 学園生が全員入りそうなほど広々とした空間となっており、天井から釣り下がっているシャンデリアが高級感を演出している。

 机や床も隅々まで清掃が行き届いており、学生には不相応と言われてもおかしくないほど綺麗で立派な食堂となっていた。

 

 机に集まっていたのはロイ、そしてロイがフラッグ・ゲームのために声を掛けたクラスメイトのモミジ・ピアージュとアキハ・ポンガシだ。


「うむ、俺は二人とパーティが組みたいのだ」


「えーほんと!? やったねアキハ!」


「うん」


 テンションが高めな元気娘がモミジ・ピアージュ。

 隣に座っている静かな雰囲気の少女がアキハ・ポンガシとなっている。

 

「でもでも、何で私たちなの?」


 モミジの興奮は冷めやらぬ様子だが、浮かび上がった疑問をきちんとロイに訪ねていた。

 隣に座るアキハも先から発言が多いわけではないが、コクコクと速いテンポで頷きを返している。


「輝きが見えた」


 ロイは真っすぐにモミジの顔を見た。

 冗談のように言ったわけではない、笑みを浮かべることもしない。

 彼は真剣に彼女たちにという抽象的な表現を伝えたのだ。


「輝き?」


 きょとんとした表情を浮かべたのはアキハ。


「アキハ、これはロイ君だからわかることだよ」


 モミジがすかさずフォローを入れる。

 モミジはすっかりロイに陶酔している様子で、ロイの言う事は全肯定といった姿勢だ。


「お待たせしました~」


 まるでバイトリーダーの店員のような甲高い声で四つのカレーライスをトレーに置き持ってきたのはヤスケ。

 ロイに頼まれて、ロイのお金でカレーライスを買って来ている。

 言葉にするならばパシリというやつだ。

 しかし、彼は文句も一つ言わずパシリという役割を全うしていた。

 付き合いの浅いロイでもその理由はすぐにわかった。

 彼は女の子が大好き。

 だから女の子が絡めばなんでも言う事を聞いてくれるのだ。


「え、ヤスケ君お金は?」


「そんなのいらないよ。 と、言いたいところだが、ここはアルフレッド持ちだってさ」


 へへんと、さも自分が買って来たように自慢げにカレーを机の上に並べる。

 まるで自分が出したような立ち振る舞いだ。


「いいの?」


 モミジは申し訳なさそうにロイに聞いたが、ロイの興味はすでに目の前に並んだカレーライス。


「いいってことさ、さあさあ食べよう」


 ロイは平然とした態度で、手を合わせた。

 アルフレッド家の御曹司である彼にとって、食堂のカレーライス四つ分の代金を払うなど造作もないこと。


「——ねえ、ここの席お邪魔しても?」


 ロイがカレーライスを口に運ぼうとした瞬間、斜め後ろから声を掛けられる。

 ロイが見上げた先にいたのは、ショートカットのスポーティな女性とパーマがかかったぼさぼさ髪の男性。

 ネクタイの色は赤、つまりロイと同様に一年生だ。


「どうぞ」


 ロイは特にじっくり見ることもなくカレーを口に運んだ。

 「辛っ! けどうまっ!」とだけ言い、黙々と食べ続けたロイ。

 ロイたちが座っていたテーブルは六人掛けのテーブルだったが、ロイの左隣にスポーティな女性、その女性の隣に男性が座った。

 対面しているモミジとアキハが驚いている様子だったが、この席に座ることを許可したロイは何も気にしていない。


「私たちに興味ないって感じだね」


 仕方ないといった様子で、耳に髪をかけてラーメンを頬張る女性。

 女性の隣に座る男性は、ロイ同様黙々と無心でラーメンを口に運んでいた。

 

「ねえねえ、ロイ君さフラッグ・ゲームできる相手を探してるって聞いたんだけど」


 ごくりとカレーを飲み込んだロイ。

 

「…戦ってくれるのか?」


「ええ私たちでよければ」


 ニコッと笑った女性。

 初めてロイは彼女の方をしっかりと見た。


 ロイの中でフラッグ・ゲームができればどうでもいい。

 彼女の強さなど、今はどうでもいいことだった。


「ちょっと失礼。 確か君たちはBクラスのカーラちゃんとケイト君、だよね?」


 ずっと話を入れるタイミング伺っていたヤスケがここだというタイミングで話を切り込む。

 カーラにカッコいいところを見せたいのか、なぜかヤスケはキメ顔だ。


「それにしても何で俺たちなんだ?」


 そのヤスケを華麗にスルーしたロイは心を見透かすような瞳で、カーラを見つめた。


「それは君がロイ・アルフレッドだからだよ」


 微笑を浮かべたカーラ。

 その意図にどのような意味合いが含まれているのか、ロイはわからない。


(俺なんかしたっけ?)


 頭の中にある記憶を探るが、その答えとなる記憶はなかった。


「じゃあ私たちはそろそろ行くわね。 行くよ、ケイト」


「いや、俺はまだ食べてる途中なんだけど……」


「いいから早く」


 カーラよりも一回り大きい丼を食べていたケイトだが、カーラの圧により丼を食べたまま撤退していった。

 カーラは振り向き、笑顔でロイに手を振る。

 ロイもそれに応じて、軽く手を振った。

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